勇者見習い
シャルは顔が綺麗な美人さんだからシンプルな格好でも可愛いなぁ。と、デレデレしていると突然背後からスコンと頭を叩かれる。
「なんだよ、ネネ……」
「……なんとなく腹が立った」
ネネはいつも通りの服装ではあるが、何か運動はしていたのか額から汗をかいていたり、肌に服が張り付いて体の曲線がよく分かってとても良い。
デレーっとしていると、背後からシャルに突かれる。
「……あー、二人とも朝から運動してるのか。何かあったのか?」
「えっと、ネネさんが身体を動かしたいと言っていたので。僕もやることがなかったのと、体力を付けていないと、いつも背負われてばかりなので。デートの時も気を遣われてましたし……」
背負うのは体が引っ付くのでむしろ嬉しいんだが……。まぁ、体力を付けた方がいいのは確かなので、邪魔はしないが少し残念だな。
「怪我はしないようにな」
「ネネさんが先生をしてくれてるので大丈夫ですよ」
俺とシャルが話していると、ネネは無言で俺達から離れてかなり重そうな物を上げて鍛えていく。……小柄とは言えど、純粋な獣人の探索者だから筋力は人間とは比べ物にならないな……体格が小さいので重い武器や長柄の武器は向いていないだろうがかなりのものだ。
「……あー、ここにいたらいつまでもいたくなるから、そろそろ出るな」
「あ、はい。……無理はしないでくださいね? 心配なんです」
「分かってる。シャルもいい子にしてろよ?」
「ん、もう、僕は子供じゃないですよ。お嫁さんです」
「大丈夫、分かってるって……」
よしよしとシャルの頭を撫でると、目を細めて気持ち良さそうにする。それを見てにやけながら、ネネに目を向けてシャルを頼むように視線で伝える。
離れたくないと考えながら廊下に出て、魔道具で迷宮から出た。
空を見上げると既に昼近く、かなり遅くまで寝ていたのだと思い知る。
まぁ、なんだかんだと話し込んでいたし、ふたりが寝た後も、寝ているなら触ってもバレないのではないかという欲望を戦っていたせいで寝るのが遅くなったのでこんなものか。……爛れてるな。……カルアとクルルと再会出来たあとは謝ろう。
あ……そう言えば、シャルの両親に言伝を頼んだが……どうしようか。……もしすぐにきたら管理者のところに住まわせてもらうように頼む他ないか。
などと考えているうちに、ギルド組合の方にたどり着く。
軽く見回してグランが見つからなかったので、空気が冷たい方へと歩いていき、一番冷えている部屋の前で、扉を開けずに声をかける。
「俺だ。……開けてもいいか?」
「……ああ」
部屋から聞こえてきたシユウの弱々しい声に、少しばかり調子を崩しながら中に入る。
昨日ほどではないが魔力が漏れ出していて、中にいたシユウは椅子の上で俯いたまま顔を上げる素振りを見せない。
昨日の時点でかなりやつれていたが、より一層にやつれて弱々しい。
もっとキツく声をかけるつもりだったが……用意していた言葉が出て来ず、目を逸らしながら尋ねてしまう。
「……飯は食っているのか?」
「……分からない」
「分からないなんてことはないだろ。……その様子だと食ってなさそうだな。……冷気を垂れ流しで店には入れないし、何か買ってこようか」
「……いい」
「いいってことはねえだろ。……あー、もう適当に用意するぞ」
異空間倉庫の中に適当に突っ込んでいる保存食を取り出して適当に細かく砕いたり切ったりして水に浸けて、ガンガンに薪を配られている暖炉の前に置き、適当に調味料を突っ込む。
雑にも程がある、若干灰まで浮いているスープを器に移し替えてシユウの前の机にドンと置く。
「味は不味いだろうが、食え。グランから今日には葬儀をするとは聞いてるだろ」
「……ああ。ランドロス……俺はどうしたらいい」
「食えと言っただろ。顎の動かし方も忘れたのか」
「……これから、何をしたらいい。ルーナは死んだ、レンカはいなくなった。何も残っていない」
「……とりあえず、食えよ。すぐに凍るぞ」
本当に調子が狂う。……死ねと言えば死にそうな顔色、それもどんどんと悪化しているのが目に見えて分かる。
「……俺は、どうしたらいいんだ。何のために生きればいい」
「……お前さ、戦う意思のなかった魔族も殺してたろ。そいつらにも大切な奴はいただろうよ。お前の仲間だった俺も同罪だけどな」
シユウは黙りこくる。
「……俺がずっと好きだった女の子のシャルは、孤児で多くの人からどうでもいいゴミのような扱いを受けていたが、俺は大切に思っていた。ルーナは多くの人から聖女として尊敬されていて、けれども多くの人から憎まれていて、お前からは大切に思われていた」
返事はなく、弱々しい瞳が恐ろしいことに気がついたみたいに揺れていく。
「そんなもんなんだろ。お前が散々繰り返してきたことと、お前の身に降り掛かってることに、何ら違いはないんだよ。因果応報とすら言えない、当然すぎるほど当然の帰結だろ」
「……間違っていたのか」
「ああ、間違っていた」
「どうすれば、いいんだ」
「……何をしたいかによるだろ。ちゃんと償いたいなら、ちゃんとした勇者をやり直せばいい。もう一度旅に出て困ってる人を見つけて、どうすれば幸せになるかを考えて助けていく、それを繰り返すしかない」
シユウの目は俺に向く。
「聖剣がない」
「そんなものいらないだろ。……罪とか罰とか考えずに、お前自身が幸せになりたいなら、しがらみを捨ててどっかに行けよ。そんで、あの炭みたいなクソ不味いクッキーを焼いて、それを食ってくれるような頭がおかしいぐらいのお人好しの友人を見つけて、そいつを大切にして生きていけばいい」
「……クッキーか」
「ああ」
俺が頷くと、シユウは俺の用意した雑なスープをガツガツと腹に詰め込み、死にそうなままの顔を俺に向ける。
「……あのクッキー、不味いと知ってるんだな」
シユウはほんのかすかに笑ってから、ふらりと立ち上がる。
「…………どこに行くんだ?」
「全部が全部、グランに任せてはいけないだろ。ルーナは、俺の妻だ。あれでもな」
「……そうだな」
シユウは俺の隣をフラフラと歩いた通りすぎながら小さな声で言う。
「……俺は勇者になれると思うか?」
「全くもって思わないな。……だが、勇者になろうとしてる奴ぐらいにはなれるんじゃないか」
シユウは口元に微かな笑みを浮かべて、そのまま通り過ぎていく。
「飯、ありがとう。不味かった。……少しだけ、懐かしいな。つい、この前まで食ってたのに」
……シユウとは、もう会うことはなさそうだな。
今生の別れということが、理屈でもなく分かってしまう。悲しくも辛くも寂しくもなく、けれども晴れやかな気持ちには到底なれない。
……反省出来るなら、一年以上前にしておけよ。クソ野郎が。




