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裏切り

 いざネネとキスをしようとなると少し気恥ずかしい。

 少し前まで「友達」という感覚だった上に、それからもあまり態度や行動はあまり変えていなかった。


 未だに抜けきらない友達という視点が、キスという性的な行為をすることへの照れ臭さを感じさせる。それはネネにとっても同じようで、緊張や照れを感じさせる誤魔化すような笑みを俺に向けてからゆっくりと目を閉じた。


 シャルの視線が少し気になるが、慣れなければならないだろうと考えて口付けようとした瞬間、再び「ピンポーン」と呼び鈴が鳴り響く。


 びくっと体を震わせたネネの肩を支えながら、呼び鈴の音を無視してそのまま口を付ける。


「んっ……ランド、ロス……」


 一度口を離すと、とろりとした惚けるような表情に変わる。軽くベッドに押さえつけるようにしてもう一度唇を触れ合わせて、ゆっくりと舌を伸ばすとネネの唇に舌が触れる。


 ほんの少し口が開いてその隙間に俺の舌が入り込むと、ネネの唇がふにふにと俺の舌を挟む。

 拒否をされたのかと思ったがどうやら様子が違い、俺の舌の感触を確かめるような動きだった。


 それから舌を侵入させるとネネの舌先と触れ合い、少し絡ませようとした瞬間に、トン、とネネに肩を押される。


「っ……誰か、きたみたいだぞ」

「……そうだな」


 俺とネネのキスを見て顔を真っ赤にしているシャルの頬を撫でてから扉を開くと、怒った表情のトウノボリがトスンと俺の頭にチョップを落とす。


「なんかミエナがきたんだけど……」

「そりゃ、来ることぐらいあるさ」

「距離の詰め方がおかしくないかな? ちゃんとそっちで制御していてほしいんだけど」

「いや、ミエナは別に俺の保護下にいるわけじゃないし……。むしろ、ギルドの先輩なわけだからなぁ」

「保護者でしょ?」

「保護者じゃないぞ。まぁ、仲良くしてやってくれよ。悪いやつじゃないし、エルフで長生きなのはトウノボリにとってもいい要素だろ」

「私からしたらエルフも人間もすぐ死ぬよ。……とりあえず避難させてもらっていい? 追いかけられてるから」


 そんなにミエナが苦手か。

 トウノボリは俺の傍を通り抜けるように部屋の中に入り、顔を赤く染めているふたりを見て何かを察したような表情を浮かべる。


「……定命の者の営みだね」

「いや、別にそういうわけでもないが……。あー、椅子出すな」


 流石に家主を追い出すわけにもいかず、仕方ないので椅子と机を出して並べると、トウノボリは椅子に座ってから机に項垂れるようにもたれかかる。


「あー、エルフって苦手なんだよね」

「自分で作った種族なんじゃないのか?」

「いや、それはそうなんだけど、変態が多くて……」

「自分で作った種族なんじゃないのか?」


 というか……ミエナ以外もそうなのか。ハーフエルフのイユリはマスターラブの勢力ではあるが、別にロリコンというわけではないし、恋愛感情ということでもないしな。


 迷宮で拾ったメナはまだ幼い子供だし、純粋なエルフの大人の知り合いはミエナしかいないので、変態が多いかどうかは分からないか。


 トウノボリは「んー」と口元を押さえながら言葉を探す仕草を見せる。


「そうだね。おさらいみたいな感じなんだけど、魔族は何のために作られたかは分かってるよね」

「人間を食う化け物が繁殖しないように、餌となる人間を間引くことで人間を守る……でいいのか?」

「うん。大正解だよ」


 トウノボリは「ピンポーン」と口で言った後、ネネの方をチラリと一瞥する。


「その役割の都合上、たくさんいて人間の代わりに化け物に食べられたりしたら本末転倒だから、少数でも人間と戦えるように強くした。でも、人間を滅ぼしてしまうような性能であっては困るから、持久力に欠けていたり、組織だった行動は苦手になるようにしたね」

「……魔族の女性が小さいのもそれか?」

「それは私の手が離れてから変化した感じだね。組織だった行動が出来ないという魔族の男性の性質は伴侶や家族を作るのに向いていない……というか、誰に対してでも警戒心が強すぎて結婚どころじゃないんだよね。で、そんな草食系男子ばかりでも、背が低かったり顔付きが穏やかだった女の子になら多少は安心が出来たみたいで、そういう女の子ばかりが子孫を残したことで、魔族の女性は小さくなったって感じかな」


 はぁ……そういうものなのか、とトウノボリの説明に頷きながらシャルの方に目を向けると、シャルは興味津々といった様子でこちらに耳を傾けていた。


「ランドロスもそういうところがあるでしょ? あまりグイグイこられたら怖いとか、小さくて穏やかな女の子が好きとか」

「まぁ……否定は出来ないな」


 めちゃくちゃグイグイとくるクウカは苦手だしな。

 あと、声の大きい女性とかも少し怖い。


「獣人は、人間と魔族のどちらかが滅びることがないように調整する役割だよ。森とかそういう感じの人が移動しにくい地形を得意としていて、それによって人間と魔族双方の行軍出来る道を限定する感じ。森を迂回したり山を避けたりするようにね。まぁ他にも細かい役割もあるけど」

「……なるほど」

「それで本題のエルフだけど、ちょっと特殊で戦争後の滅びかけた時に再興させるのが役割なんだよね」


 再興? と俺が首を傾げるとトウノボリは深く頷く。


「そりゃ、数は減らしたいけど、一気に減ったら文化とか技術とかが維持出来ないでしょ? それの対策で、寿命が長いエルフが人間や魔族の中に混じっていることで世代が代わって文化が途切れることを阻止してる感じなの」

「……なんで変態になったんだ」

「単純に、他の種族の中に入り込むにはその種族の伴侶や子供を持つことが基本だからね。人間でも魔族でも、獣人でも、もっと他の種族でも、自分と大きく形が違ったりしても性的に見れるような種族にする必要があったの」

「……こわあ」

「別に変態として作ろうとしたわけじゃなくてね、六万年の試行錯誤の結果そうなったんだよ」


 ……ミエナも苦労していたんだな。俺の嫁には絶対に触れさせないが。


「まぁ、それでも個人差の方が大きいけどね。魔族も一様の性格をしてるわけじゃないでしょ」

「まぁ……そうだな。それにしても、本当に創造主だな」

「……そうだね。一応責任があるから、色々と頑張って存続させてるよ」


 トウノボリは俺から目を逸らして、ポツリとこぼす。


「シルガのこと……ごめん。いや、シルガのことと同じことはずっとやってきてるし、これからも繰り返すんだけどね。だから反省も後悔もしてないし、そんななのに謝るのなんて口だけでしかないんだけど……」


 トウノボリは早口でそう言ってから、顔を俯かせてもう一度言う。


「……ランドロスが優しくしてくれたから、謝りたくなったの。ごめん」

「……あー、ひとつ訂正を頼む。これからは、繰り返さなくていいようにする。夕食の時に言ったろ、助けると」

「……うん」


 トウノボリはそう言ってから、俺から逃げるように立ち上がって部屋から出て行く。そして次の瞬間に廊下にいたミエナに捕まった。

 俺はそれを見て、ゆっくりと扉を閉める。


「ら、ランドロス!? 助けてくれるって……!」

「寂しがり同士仲良くしたらいいんじゃないか。おやすみ」

「信じた瞬間に裏切られたよっ!?」


 いや……別に風呂に入るぐらいはそんなに嫌がらなくていいだろ。

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