その瞳が
「まぁ俺からグランに話すのはこれぐらいか。あと他にも多少は話したが、こっちの話だしな」
「何で狙われているのぐらいは知りたかったが……」
「それはメイタークも具体的には知らないようだしな」
「……最悪他国に逃げればいいかと思っていたが、七大ギルドの長がそれならかなり大きい組織だな……逃げられると思うか?」
「さあ? まぁ、勇者パーティという名前の影響力のないところまで行って大人しくしていたら狙われる理由はなくなると思うが」
「……死ぬような思いをしたのにそれか」
俺も死ぬような思いをしたけど仲間に裏切られて殺されかけたけどな。とは言わずにグランの様子を見る。
「シユウはどうするんだ?」
「さあ……アイツは俺と違って権力とかにはそんなに興味ないからなぁ。別に一緒に行動することもないだろうし、あとレンカが行方不明だしな。どうするかは分からない」
俺としては、二人ともあまり顔を合わせたい相手でもないのでさっさと逃げてほしい。逃げられるのかは分からないが。
「あと、葬儀のときに襲ってくるつもりらしい」
「……それ先に言えよ。あーじゃあ葬儀をせずに……いや、しなかったら別のタイミングで襲われるだけか」
「日程によっては近くにいてやる」
「……参加はしないのか?」
「…………どうだろうな。シユウが何を考えて俺に頼んだのか分からない」
頭を下げてきたことは驚いたが……何故頭を下げてまで俺に参加をしてほしいのかが分からない。
シユウの性格からして、むしろ俺には来させないぐらいが自然なように思う。
「……じゃあ、明日にでもするか、葬儀」
「……は? いや、急だな。というか、シユウが決めるんじゃないのか?」
「アイツに任せていたらいつまで経ってもやらないだろうからな。それに、情報を集めるにしても襲われるのは手っ取り早い」
「……まぁ、それならそれでいいが」
グランはそう言ってから、俺の顔をじっと見つめる。なんか気持ち悪いな……と思っていると、灯りのランプに視線を移しながら口を開く。
「シユウと話す気はあるか?」
「……あまりないな。今更話すようなこともないだろ」
「そうか。じゃあ俺から言うが……シユウがお前に頭を下げたのは、ルーナのためだ」
「……それはどういう意味だ?」
「そこは重要じゃない。……アイツは、俺とは違って少しは変わったらしいとだけ」
「興味ないな。もうそんなに深く関わることはないだろうしな」
グランはほんの少しだけ頭を下げる。
「……悪かった」
「今更だろ。謝るとか、どうとか。許せるはずもないが、俺も家族がいるからそれを置いてまで復讐しようとは思っていない。それだけだ」
グランはまだ情報を集められていないようだし……もう帰るか。
立ち上がってからグランに向けて言う。
「明日、葬儀をするにしても、シユウに話をして聖職者に頼んだらどれだけ早くても夕方になるだろ。少し早めに昼過ぎあたりにまた来るが、どこに行けばいい?」
「ああ、そうだな。多分ギルド組合の方にいると思う」
「分かった」
部屋から出て、外の風に息を吐き出すと、その息が白く染まる。空を仰げば月が逃げるように雲に隠れて、街が黒く染まる。
今更、謝るなよ。謝られても気分が悪いだけだろう。
頭を下げられることで溜飲が下がるような性格じゃない。不幸な目に遭えども「ざまあみろ」と言えるような人格じゃない。
……院長なら許したのだろうか。今の謝罪を聞いて。
まぁ、俺はそんなに人が出来ていないから許せないが。
言葉にし難い不快な気持ちのまま、トウノボリに借りている居住区に戻りすぐに部屋に入る。
ネネはベッドの上で壁の方を向くようにしながら丸まって眠っていて、シャルはネネの頭を撫でていたようだがその手を離して俺に目を向ける。
「あっ、おかえりなさい。……あ、あまり大きい声出しちゃダメですよね」
「……寝てるなら静かにした方が良さそうだな」
シャルがネネにかかっている毛布を少し引き上げながら小さく笑みを浮かべる。それから立ち上がって音を立てないようにとてとてと俺の方にきてギュッと俺を抱きしめる。
「今日は甘えん坊だな」
「ち、違います。ランドロスさんが悲しそうな顔をしていたので、何かあったのかと思って」
心配そうにシャルが俺を見上げる。
グランと会っていたなんか言ったら叱られそうだな。その前のメイタークと話したのはクルルに叱られるだろうし……怒られそうなことばかりしているな。
シャルはパチリパチリと瞬きをして、俺の手をギュッと握る。
「……知りたいです。ランドロスさんが、何で悲しそうにしているのか」
そういうシャルの顔はとても悲しそうで、思わず口が開きかける。
……怒られるのはいい。甘んじて受け入れるべきだが……シャルに話すことで、シャルが辛い思いをすることは良くない。
「……僕は、ランドロスさんが好きだから、結婚しました。助けてもらうためでも、恵んでもらうためでもなく……ランドロスさんを支えるために、結婚しました」
「……知ってる。だから大切にしたいんだ」
「そんなランドロスさんだから、支えたいんです」
くいくいと袖を引かれてベットに腰掛ける。
小さな灯りの中、パチリとした瞳がじっと俺を見つめる。宝石のような綺麗な目は少し寂しそうに揺れて、何かを言われなくともその視線に釣られて心が揺れる。
薄桃の唇が少し開いて何かを言おうとして、閉じてと繰り返す。
シャボンの匂いに混じって微かに香るシャルの匂い。
いつの間にか見惚れてしまっていたことに気が付いて、誤魔化すように頰を掻く。
「……俺はダメなやつだから、節度もなくシャルに甘えたら困らせてしまう」
「僕は困らせられたいんです」
「……いや、多分シャルが嫌がることとかしてしまうからな」
「例えば、なんですか?」
例えばと言われても…….グランとの話をシャルにするとか、誰彼構わず世話を焼こうとしてしまったりとか、人前でシャルに甘えようとか……それに……。
寝巻きのパジャマの襟元から覗く、シャルの鎖骨に目が引かれる。
さらさらとしたシミのない白い肌と綺麗な形をした首筋から胸元にかけての線を見てしまう。
思わず見つめてしまったが、シャルは嫌がる素振りも見せずに、顔を赤らめながら俺に尋ねる。
「……え、えっちなこと、ですか?」
「まぁ、それも含めてな。そういう節度のないことは、好かないだろう」
「……へ、平気です。恥ずかしいですけど」
「いや、そのな、シャルが望んでいるような子供を作るためのものじゃなくて、欲望を満たすためのものもあるというか……」
子供を作るための行為は教会の教えとして禁じられていないが、欲望と快楽のためだけの淫らな行為は良くないものとなっていたはずだ。
シャルは俺の言葉を聞いて、きゅっと袖を摘んで上目遣いで俺を見つめる。
「……いいです。しても。それで、今の悲しそうな気持ちが、寂しい思いが解れるなら」
言葉の意味が分かって言っているのだろうか。
カルアやギルドの女の子達に聞いた言葉をそのまま言っているのではないのだろうか。
その疑いをするまでもなく、シャルは少女の顔を少し綻ばせて、その内に微かな色を見せ始めていた。
思わず飲み込んだ唾液の音が、静かな部屋の中で嫌によく響く。




