神殺し
見透かすような灰色の瞳。
その奥に見える昏い色の瞳孔には妙な既視感が湧く。
クルルと同じ目をしている……などと、そんな評価をしたくはないが、事実として似た容姿をしているのは確かだった。
「……仲間を売りにきた?」
同じ言葉を返すと路地裏に肌が冷えるような風が吹く。クルルの叔父、猟犬のギルドマスターであるメイタークは肌寒そうに上着を動かしつつ不気味にニヤリと笑みを浮かべる。
「そう、裏切りと言ってもいいかな? まぁ、何にせよ君には悪い話じゃないよ。得にしかならないようにするから……ちょっとお茶でも飲んでいかない?」
メイタークはそう言いながらピッと猟犬のギルドを指差す。意味がわからない……が、こうして見つかった以上は逃げることも無意味だし……もしこれが罠で囲まれたとしても負けることはないだろう。
「……まぁ、飲みはしないが」
「じゃあ話は決まりだね。ちょっと上がっていきなよ」
まさかこうやって会うとは思っていなかったが……まぁ望むところではある。猟犬のギルドに入ると、先程空間把握で見つけていた人物が暗い中で俺達を出迎える。
「ギルドマスター、灯りをつけましょうか?」
「いや、いいよ。奥に行く。そっちの方が彼にとって信用出来るだろうからね」
以前ギルドマスター達の会議でメイタークの護衛としていた男……あの中だと多少戦闘能力で劣っているように見えたが、この暗い中で気にした様子もなく動いているのを見て評価を改める。
ネネやクウカのような隠密やらが得意な人のようだ。
そのままメイタークに着いていくと、彼は軽い口調で護衛の男を説明する。
「ああ、あれは僕の右手のようなものだから気にしなくていいよ。正確には鬼食い猟犬の部下ではなく、メイターク家の方の部下だからね」
「……クルルの母のいた……か」
「うん。まぁ貴族とかってわけじゃないけど、結構歴史にも関係している家柄でね。まぁ、いくら成果をあげようとも、どうにも子供が少ない家系のせいで上手くはいかないんだよね」
「子供が少ない?」
俺が尋ねると、メイタークは扉を開けながら頷く。
「正確には未婚のまま終わる人が多いんだよね、うちの家系は。僕もこの歳で未婚だしね」
「……はぁ、そうか」
「多分クルルに明かされてると思うけど、僕らの灰色の目は人の性根を暴く。大体の人間なんてゴミみたいな性格をしているからね、気持ち悪くて結婚なんか出来ないんだよね。だからおおよそ、メイターク家は成果をあげても子供に引き継がれないか、引き継がれても孫までは生まれない。その代わり、結婚出来た人は子沢山だから血筋はなんとか繋がるって感じかな。まぁ僕もこのまま結婚は出来ないだろうと思う」
「そりゃ、運がなかったな。俺の嫁は天使ばかりだ」
俺がそう言っていると、先程空間把握で見つけた謎の広い部屋に連れてこられた。
メイタークは近くにあったランプをつけて中を照らす。
「……これは、魔法の術式?」
どこか見覚えがあるような……どこだ? いや、確かこれは……迷宮の扉を繋げる魔法に似ている……?
「これは空間転移の魔法陣だよ。空間系統の魔力を流したら発動するんだけど、試してみる?」
「こんな得体の知れないものに魔力を流せるか」
「まぁ、この状態だと意味ないんだけどね。転移先といくつもある中継地点にも空間魔法の魔力を流さないと発動しないんだよね」
カルアの話していた迷宮の扉の範囲を広げるための物と似ているな。いや……形は違うがやっていることは同じか。まさかカルアの考えていたことを先んじてしている者がいるとは思わなかった。
だが、そんなことはどうでもいい。
「……これは、自白と見て構わないか?」
返事によっては拘束をするつもりで尋ねると、メイタークは壁に寄りかかりながら首を横に振る。
「前にも言ったけど、僕はただの使いパシリでしかないんだよね。今回のクルル達が飛ばされた件には関与してない……というか、所属としてはメイターク家の方が中心で、こっちは小銭稼ぎだから、今回の件に関しては僕としても不服なんだ」
「……一枚岩ではないと言いたいのか?」
「そうだね。メイターク家の数少ない子供にもしものことがあったらギルドとかそれどころじゃない」
「……一応聞くが、危険があるのか?」
「どこまで把握してるのか分からないけど、元々は君を飛ばすって作戦だったみたいだからね。襲いかかられるとこっちに損害が出るから近くに人がいないところのはずだよ。もちろんのこと、魔物とかの被害や、食料の問題はあるけどね」
おおよそ予想通りか。不快さにガリガリと頭をかきつつ、信用出来るかは横に置いておきながら尋ねる。
「俺を飛ばそうとした理由は?」
「多分察しているとは思うけど、勇者とその元仲間を仕留めるためだね」
「その理由は?」
「知らない。正確には確実なことは分からない。嘘になるかも知れないし、嘘を吐いたときの君が怖いから話したくない」
「…………予想でいい」
「僕らは、というか、猟犬のギルドはめちゃくちゃ大きい組織の末端なんだよね。各国にも似たような組織がたくさんあって、それを束ねる組織があるんだけど、その組織の目的がさ」
昏い目が俺を見据え、自嘲するように頬をあげる。
「神殺し……ってことらしくてね、その神の尖兵である勇者達は邪魔ってわけだ」
神殺し、その言葉にトウノボリの顔を思い浮かべる。否……この男の前で思い浮かべてしまう。
まずい、と思ったときにはもう遅い。メイタークは灰の目を見開き驚愕の表情を浮かべて口を開く。
「えっ……神って実在するの?」
クルルと同じ目……人の心を見透かす目は、俺が【神殺し】という言葉から知人の危機に結びつけて反応してしまった心を見抜く。
俺の反応を見たメイタークは「ハハ」と乾いた笑いをあげて、頰を搔く。
「その様子だと、本当に神の実在を知っているみたいだね。……正気?」
「……神殺しとかを口にする方が、よほど正気を疑う。……いや」
管理者の存在はほとんど知られていないはずだ。
魔族の王である魔王は代々トウノボリと接触しているはずだが……だとしても人間の組織がそれを信じるというのも妙だ。
いや、そもそも魔王は多かれ少なかれトウノボリの思想に賛成しているから魔王になっているわけで……。というか、神とは思っていないはずだ。
ふと目線を下げて魔法陣を見ると、脳裏に「空間魔法使いが多数いる」ことが浮かぶ。
……空間魔法を含む希少属性は、トウノボリがこの世界に放出した現代人や亜人は持っていないはずだ。そのためトウノボリは自分が失敗したと思っていたようだが……そうではないとしたら……。
トウノボリの存在を、この世界を創造した存在を知っているもの……六万年前にいたトウノボリの仲間の一部が死んでおらず、子孫を残していたとしたら……。
トウノボリの仲間である古代人には希少属性の因子を持っているはずなので、その関係の者に希少属性持ちが多いことにも、トウノボリの存在を知っていることにも説明がつく。
……と、一瞬で考えてしまう。
「……あー、狂信者の世迷言かと思っていたけど、本気だったのかな」
俺の思考全てを見抜かれたわけではないだろうが、メイタークの言葉によって俺の疑問が解消されたことは、見抜かれてしまったようだ。
……無駄に考えてしまう悪癖のせいで、無駄にコイツに情報を与えてしまっているようだ。……どうしたものか。
……表情が読めないようにフルフェイスの兜でも被るか?




