各々の考え
「……俺としてはあまり遠回りになることはしたくない。さっさと実力行使に出て、カルア達の場所を聞き出したい」
「つっても、こういう組織は基本的に情報を持ってる奴が限られたりしてるんだよな。細かい情報管理があるから、適当にしばいても本体には逃げられるぞ」
「それはお前がどうにか出来ないか?」
「そう簡単に個人がどうにか出来たら闇組織とか裏社会なんか出来ねえよ」
俺が歯噛みすると、グランは真面目そうな表情で口を開く。
「基本的襲ってくるとは思われるからそれを待つか……。あとは……レンカがこの国にいたとしたら、アイツの性格上どこかに引きこもっているってことはないだろうし、見つけられたら問い詰められるだろ」
「……流石に、この国にいるかどうかも、いたとして変装してないとも限らないし、変装していなかったとしても普通に広すぎるし、反対にこちらが先に見つけられたら逃げられるだけだし、無理だろ」
「お前の空間把握でどうにかならないのか?」
「そこまで細かいのは無理だ。狭い範囲ならいけるが、まぁ市街地のような雑多なところではそんなに都合よく使えない」
人なんて手足と胴体と頭があるのは共通だ。愛する嫁ならばまだしも、レンカの顔のパーツや体型など細かく覚えているはずがないので判別は難しいだろう。
種族ぐらいなら分かるが、レンカは普通に人間なのでそれだけでの判断は無理だ。
触手型の空間把握ならもっと高精度に見れるので分かるとは思うが、あれは範囲が絞られているので一人一人判別するには向いていない。
まぁ、よほどおかしな行動をしていたり、変な行動をしていれば分かるだろうが……そうでもなければ難しい。シャルとかカルアとかクルルとかネネなら分かると思うが……。
「まぁ、猟犬のギルドの中に入らずにでも、空間把握である程度は見れるから明日はそうするか」
「明日? 今すぐじゃなくていいのか?」
「……ああ、無理に急いでも倒れるだけだろ。……だが、お前は動けよ?」
「人使いが荒いな……」
「俺からぶんどった金、あれを給料ってことにしてやる。その分働け」
「取ったのはシユウ達だが……まぁ、それでお前からの敵意が減るなら安いもんか。ちゃんと好感度上げておけよ」
殺そうと腹を刺してきた奴の好感度なんていくら上がってもマイナスが大きすぎて意味ないだろ。
カルア達は心配だ。グランが言うように今すぐ動きたいが……カルアとクルルの身はメレクや初代を初めとした迷宮鼠の探索者達によって守られている筈だし、事を急いても遠回りになるだけだ。
それに……シャルは母代わりだった人を亡くしたばかりで、その上安住の住処すら奪われている。……シャルを守らないとダメだ。
グッと歯を噛み締め、手を握り込むと、強く握りすぎて手から出血してしまう。
……まぁ、シユウのせいで胸の辺りが凍傷になっているから回復薬を飲む必要はあったし、別にいいか。
「じゃあ、ちゃんと働けよ」
「……ああ、あー、ちょっと待て、俺の泊まってる宿を教えるから、何かあればそこに頼む。お前の泊まってるところは……まぁ、教えてはくれないよな」
「あー、まぁ、教えてもどうやっても辿り着けない場所だから気にするな。今後は、進捗と予定を聞きに夜にはその宿に向かう。何かこちらに伝えることがあればその時に連絡しろ」
グランから手書きの簡単な地図と部屋の番号の書かれた紙を渡され、それを確認してしまってから別れる。
グランが見えなくなってから、深くため息を吐く。
ルーナの葬儀か……どうしたものだろうか。
ハッキリ言ってしまえば「クソ喰らえだ!」と言いたい気持ちはある。だが……院長ならどうしただろうか、という考えが頭によぎる。
シユウは人に頭を下げられない奴だ。どうしようもないクズでプライドばかりが高い男だ。
だから頭を下げる価値が高いとは一切として思わない。価値の有無ではなく……シユウも変わろうとしているのではないだろうか。
変わったら今までの行動が許せるわけではない。けれども、俺はシユウを殺せない。あの日カルアが止めてくれた手を……過去の怨嗟で再び汚すことは出来ない。
だったら…….シユウが変わる事を認めてやるしかないのではないだろうか。それが正しい事なのかは分からないが……きっと院長なら許した筈だ。
シャルなら……怒りながらも、これから変わるのならと認めるだろう。クルルは人の心が分かるから、悩むこともなく正しく判断出来るだろう。
ネネは……まぁ、被害が出ないように殺すか、関わらないようにするだろうな。
ミエナは、メレクは、商人は、イユリは……と考えていくが、きっとみんなバラバラの意見を言うことだろう。
……俺はどうするべきだろうか。そんな事を考えているうちに、迷宮の最新部である居住区に移動していた。
まず管理者に会って戻ってきた事を伝えてからミエナを迎えに……いや、まずはシャルとネネに会うべきか。一時間と少し程度の時間だが、きっとシャルは不安がっているはずだ。
借りている部屋の扉を開けて中を覗き込むと、シャルとネネが隣に座り合って俯いているのが見えた。
「っ、シャル! 悪い。遅くなったな」
「あ、ら、ランドロスさん、い、いえ、大丈夫です」
シャルは俺の顔を見てにっこりと笑みを浮かべるが、明らかに無理をした様子だ。
「約束通りすぐに戻ってきてくれましたし、全然、大丈夫ですよ」
「……無理、させてるだろ」
「ん、不安じゃないと言えば嘘になりますけど、大丈夫ですよ。ランドロスさんのことを信じてますから」
それは理屈の話で、気持ちのことではないだろう。
シャルの手をぎゅっと握りしめると冷えていて、ネネの方を見ると俺の顔を見てホッとしたような表情を浮かべていた。
「ネネ、街の人間は思っていた以上に協力的だった。初代に感謝だな」
「……まぁ、人助けをするだけの生き物だからな。初代は」
「あと……協力を取り付けた奴がいるが……」
シャルの方を見て、この場では言えないと判断する。
「……まぁ、その辺りは後でまとめて話す。それより……ネネも大丈夫か?」
「生きるのに必要なものはいくらでも倉庫にあった。……むしろ、何もかもの質が良すぎるぐらいだ」
「はい。えっと、贅沢を出来るぐらいなので、ランドロスさんは僕のことは気にせず……」
シャルはそう言いながら誤魔化すように笑い、その笑顔の痛々しさに耐えられずに目を逸らすと、部屋の内装が目に入った。物自体は違うが、なんとなく見慣れた景色に感じ……。
ふと気がつく。
「……この内装、俺とシャルとカルアの三人で寝ていたときの部屋と同じだな。……今の寝室に比べて狭いから、少し前の部屋の内装と同じにしたのか」
「そういう……わけでは、その、たまたまで……」
「寂しいなら、それでいい。言ってくれたらいい。全部頷けるとは言えないし、きっと断ってしまうことも多いだろうけど……それでも善処するから」
シャルは俺を見て首を横に振る。
「ランドロスさんは、みんなのために頑張ってるのに……邪魔をするわけには……」
「そのみんなの中に、俺の中のみんなの中心に、シャルも入っている」
シャルは俯きながら俺の手を握り、ポツリと呟く。
「さみしいです。院長先生も孤児院のみんなも、ギルドのみんなもクルルさんもカルアさんもいなくて」
「……一度、孤児院に帰るか? その、少し待てば両親とも会えるだろうし。俺は……あまり一緒にいてやれないかもしれない」
俺がグッと歯を噛み締めながらそう言うと、シャルは首を横に振ってから俺のことを抱きしめる。
「……僕は、とっくの昔に、ランドロスさんと一緒にいると決めました。僕までいなくなったら、ランドロスさんが寂しくて辛くなってしまいますから……大丈夫です。その、この部屋に帰ってきたら僕がいます。ランドロスさんを寂しくはさせません」
「……俺のことを気遣うなよ」
「気遣います。大好きですもん」
「……そうか」
「そうです」
本当に……本当に優しいいい子を嫁にもらったな。俺は。寂しく辛く思う心を少し癒されながら、シャルの身体を抱き返す。大切にしよう。大切にしたい。この子を。




