アルカナ王国
ロリコンがロリを崇めるギルド【迷宮鼠】……という認識は、異常者や危ない亜人が集まる怪しいギルドという認識よりもいいものなのか悪いものなのか、絶妙に判断がつき難く四人で神妙な表情をする。
「まぁ、私は感謝してるよ。普通にみんなが街中を歩けるようになったのは二人のおかげだしね。……そうじゃなくても、二人とも大好きだもん」
「クルルさん……私も……」
カルアが少し感動した様子で頷きかけ、言葉が止まる。
「いや、ミエナさんは微妙に苦手でした。ランドロスさんと妙に距離が近いですし」
「カルア、ミエナは割と誰に対してもあんな感じだよ?」
「それは分かってますけど……でも、ベタベタしてますし、一緒にお酒飲んだりとか出かけたりとかして……むぅってなります」
「まぁまぁ、ランドロスも気を使わなくて大丈夫な相手がいた方がいいんじゃないかな」
カルアは少し納得いかなさそうに眉を顰めながらもコクコクとお茶を飲みつつ、不思議そうに首を傾げているメルを見て口を開く。
「あれ、メルちゃんどうかしたんですか?」
「いや、外を歩いてる人がいたんだけど、ギルドの前で立ち止まってて……」
「耳いいんですね。……ん、まだいるんですか? 見に行きましょうか?」
「まだいるね。何してるんだろ……ここからじゃ見えないし……」
二人が話しているとイユリがパッと立ち上がる。
「ッ!? ま、魔法──!? しかもこの魔力は……」
「……へ? か、カルア! メレクを呼ん──」
イユリとクルルが急いで対応しようとするが、それが間に合うことはなかった。
イユリの全身に感じる強大な魔力と、緻密な魔法の術式。到底ただの放火魔のような存在とは言えないような明らかな実力。
「ッ!? ランドロスくんと同じ……空間魔法!?」
イユリはその驚きながら魔法の主導権を奪い取ろうとするが、術式を書き換えた瞬間に再び書き換えられる。
「い、イユリちゃん! ど、どういう魔法ですか!?」
「分かんない! 見たことない複雑な術式! 範囲はギルドと寮ぐらい! ……だ、だめ……! お、押し負けるっ!」
イユリがそう言った瞬間。強烈なプレッシャーが四人を襲い──大きな揺れと轟音に身を縮こませた。
カルアはいち早くその揺れから立ち直って三人の無事を確認し、メレクなどの戦える人を呼ぼうとして足を滑らせる。
「あ、あ痛っ!?」
「カルア! 大丈夫……って、部屋が少し傾いてる?」
クルルがカルアに手を差し伸べながら立ち上がって気がつく。立ったり歩いたり出来ないほどではないが、立つだけで分かるほど傾いている。カルアは急いでいたからそれに気がつかずにこけたのだろう。
「イユリ、その魔法使いは?」
「……魔法の反応はないけど……今の、何だったんだろ」
クルルはイユリに尋ね、続いてメルに目を向けると、メルが顔を青ざめさせていることに気づく。
「メル、大丈夫……」
「……大丈夫じゃ、ないかも」
顔を引き攣らせたメルは窓の方に目を向けて、クルルとカルアは窓の外に顔を出し、ぱちくりと瞬きをする。
「……外? えっ……街の中じゃ……」
クルルが目にしたものは、珍しくもない草原……だが、そんなものが街中で見えるはずもない。意味が分からずに何度も瞬きを繰り返しながら見るが、やはり街の外に見える。
「……メル、今いる大人全員起こしてきて! イユリは魔法の解析をお願い、カルアは自己判断で何かお願い!」
「は、はい!」
メルは上着だけ上に羽織ってから廊下に出ていき、イユリは近くにあった紙とペンとインクで先程見た魔法の術式を書き殴っていき、カルアはそのまま外に目を向け続ける。
危険は感じられない。それどころか何となく懐かしい香りがして……草原の植生などを見て気がつく。
「……アルカナ王国?」
◇◆◇◆◇◆◇
「シャル、そろそろ街に着くから降りるか?」
「ん、んぅ……」
シャルは俺の腕の中でもぞりと動いて、頬をすりすりと動かす。
可愛いなぁと思いながら、そう言えば門兵に無許可で外出したことを思い出し、仕方ないので空間魔法で隠れて入ることに決める。
シャルは甘えて起きる気配がないのでそのまま空間縮小を使って壁の上に飛び乗り、適当な路地裏に移動してから大通りに出る。
もうすぐ帰って三人にも会える……と、思っているとギルドの前の道で妙な人だかりと数人の衛兵がいることに気がつく。
誰か何かをやらかしたのだろうかと思いながらギルドの方に足を進め、ギルドを見て……否、ギルドを見ることが出来ずに声を上げる。
「…………は?」
そこには何もなかった。ギルドも、寮も、仲間達の姿も何もなく、パックリと切り取られたような地面だけが残されていた。
思わず人混みや衛兵を押し退けて進み、ギルドの前に来たが……ない。何もない。
「どう……なって……! カルア! クルル! ネネ! いたら返事をしてくれ!」
全力で空間把握の範囲を広げて見つけようとするが、それらしい姿がない。知らないうちに引っ越し……なんてことがあるはずもないし、あったとしてこんな建物自体なくなるなんてことがあるはずもないだろう。
俺が慌てふためいていると、腕の中で眠っていたシャルが目を覚まし、不思議そうに俺を見る。
「ど、どうしたんですか?」
「ギルドが……ない。なくなっていた」
「へ?」
とシャルは声を上げてキョロキョロと見回し、俺の顔を見つめる。
「……あの、ギルドのあった場所ですよね?」
「ああ……意味が分からない」
夢か何かかと思ったが、夢の中の感覚とは違う。
慌てふためいて狼狽しそうになるが、シャルを不安がらせるわけにはいかないので必死に頭を巡らせる。
情報の収集から……いや、シャルのために宿を……そもそも何が起こったんだ?
まさかメレクがいるギルドで滅多なことが起こるとは思えないし、火事や倒壊でもない完全な「消失」など聞いたことも……。
不安そうなシャルの手を握って、とりあえずは衛兵に話を聞こうとしたとき、人混みの中から少し華奢な黒い装束の猫耳の少女、ネネが出てくる。
「ネネ! 無事か! ……これは一体何が……!」
「……落ち着け。とりあえず、ここを離れるぞ。……何者かの攻撃の跡だったとしたら、危険だ」
落ち着けるか! と言いたいがグッと堪える。
……まるで意味が分からない。……突然大きな物がなくなるなんて、それこそ俺の異空間倉庫ぐらいしか……。
そう考えて、ルーナを殺した奴等にも空間魔法を使えるものがいる可能性が高いことを思い出す。
まさか……と、思ったが……空間魔法以外にこんな芸当が出来そうな物は思い浮かばない。
……とりあえず、先に戻ってきていたネネから話を聞くのが先決か。この場で考えてもどうしようもないだろう。




