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パジャマパーティー

 途中からシャルを背負いギルドへの帰路に着く。

 シャルはまだまだ悲しさが抜けていないのか俺の服をぎゅっと握り、べったりと背中に張り付く。


「……ランドロスさん、泣いていていいですか?」

「ああ」

「その、涙とか鼻水とか汚いと思いますけど」

「大丈夫だ。気にしない」


 シャルはそれから「うるさいかもしれない」とか「気が滅入るかもしれない」とか、泣かない理由を探すように言葉を繰り返し、それからやっと俺の背中を濡らしていく。


 ……頼ってくれている。と、思っていいのだろう。

 この人の前では我慢しなくても大丈夫と思えるぐらいに信頼してくれているのだろう。


 無粋に声をかけることなく、ゆっくりと歩いていく。


 しばらくして、泣き疲れたらしいシャルがずるりと背中から落ちそうになり、俺は慌てて地面に膝をついてシャルを下ろしてから、おんぶをやめてお姫様のように抱っこをして持ち上げる。


 泣き腫らした赤い目元を指先で拭って、ふにふにとした頬を撫でる。


「……頑張ったな」


 素直に泣いていたのは、院長が死んですぐの時だけだった。それ以外はずっと遠慮して、見栄を張って……側から見れば痛々しさの伴うような振る舞いだったが。


 それはシャルが孤児達の「お姉ちゃん」でいようとしたからだ。きっとそれは、俺が無理をしてでもシャルを守ろうとしているのと同じような誇りと愛情からだろう。


 心配ではあるが……無理をしていることを叱るのではなく、褒めてやるべきなのだろう。


 髪を梳くように撫でながら繰り返す。


「頑張ったな、シャル」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あの、クルルさん何してるんですか?」

「えっ、いや、三人が帰ってきたときのためにお風呂とか着替えを用意しておこうかなって」

「心配だから早く帰ってきてほしいのは分かりますが、多分今夜は帰ってきませんよ? 早ければ明後日のお昼頃、遅ければ一週間は帰って来ないです」

「そ、そんなに……いや、その、仕方ないんだけど……」


 シャルとランドロスとネネが孤児院へと立った翌日の夕方、カルアとクルルがリビングで向き合う。

 彼女らの付き合いは短く半年ほど前に会ったばかりで、その上基本的にランドロスとシャルがいる場でしか会話をしていない。


 お互い苦手意識はなく家族と認識しているが、二人きりで話すことは稀だ。

 クルルは今はいない三人のことを思いつつ、本を読んでいるカルアに目を向ける。


 本当に綺麗な子だ……と、同性な上に見慣れているはずの顔を見て見惚れる。白いサラサラとした髪に涼しげな青い瞳。


「どうかされましたか?」

「えっ、あっ、そ、その……こうしてカルアとふたりきりなのは珍しいと思ってね」


 見惚れているところに声をかけられて、クルルは慌てて誤魔化す。

 カルアは誤魔化していることを察してか、クスリと笑ってから本を閉じる。


「そうですね。ランドロスさんのお嫁さんという繋がりですから、ランドロスさんと一緒にいるときにクルルさんもいるということが多くて……。シャルさんとは、ギルドでも一緒のことが多いので、むしろランドロスさんとよりもよく行動してますけど」

「あー、私はギルド長室に引きこもってることが多いもんね。もっとみんなとお話ししたいけど、お仕事が……流石に書類を食堂で書いたりするのはダメだし」


 クルルはカルアから好意的に見られているのはわかっているが、距離をどうやって詰めたらいいのか分からずに迷う。


 普通のギルド員ならまだしも、お嫁さん同士というのはかなり特殊な関係性だ。お互い仲良くしたいと思っているからと言って、適当なことは出来ないだろう。


「……あ、クルルさん。誕生日っていつですか?」

「えっ、再来月の10日だよ。カルアは?」

「その6日後なので、結構近いですね。……ん、歳を取るのが怖いですよね」


 クルルはカルアの言葉を聞いて首を傾げる。


「えっ、どうして?」

「……ランドロスさん、小さい女の子好きじゃないですか。私、年齢の割には大きいですから……」

「ネネもいるんだし、大丈夫だと思うよ?」

「……ネネさんは種族上小柄じゃないですか。もう少し伸びたらネネさんの身長超えちゃいます。……魔族の女性はかなり小柄な方が多いみたいなので、種族柄小柄な方が好きな場合はどうしようもない気がして……」

「そこは大丈夫だと思うよ。ヤンのお父さん魔族だけど、奥さんは中型の獣人だしね。他の魔族の男の人も別に小柄な女性の方が好きというわけでもないし。心配しすぎだよ」



 クルルがそう言ってもカルアの不安そうな顔が晴れることはない。

 少し考えたクルルはパッと立ち上がってカルアに言う。


「よし! 他の子も呼んでパジャマパーティーをしよう!」

「へ?」


 しばらくするとクルルがイユリとメルを連れて戻ってくる。


「お、お邪魔しまーす」

「ささ、上がって上がって」


 ハーフエルフのイユリと、混血が進みすぎて種族が判別出来ないメルという珍しいふたりが部屋に入り、カルアはだらけていた姿勢をしゃんとしたものに変える。


「あ、カルアちゃん、お邪魔します。……本当に一緒の部屋に住んでるんだね」

「あ、はい。えっと、何か飲み物とか用意しますね」

「あ、お気遣いなく……。なんか夜に会うのは珍しいから不思議な感じだね」


 カルアの隣にイユリが座り、カルアは彼女の服装を見て思わずパチクリと瞬きをする。

 少し露出のあるワンピース型の寝巻きで、女の子同士なら問題はないだろうが……。


「え、えーっと、イユリちゃん。その格好でここまで来たんです?」

「えっ、うん。そうだよ?」

「そ、その……それはよしておいた方がいいかと……。寮には男の人もいるんですし……せめてもう一枚羽織るとか……」


 シャルではないが、カルアでもはしたないのではないかと思う姿である。うすらと下着の線が見えてしまっている。


 エルフとのハーフのため具体的な肉体年齢は分かりにくいが、おそらくカルアより少し高いぐらいの年齢の少女がそんな格好で出歩くのはどうだろうかと思ったのだ。


 イユリは不思議そうに首を傾げ、カルアに言う。


「別に大丈夫だよ?」

「ん、んー、イユリちゃんは産まれたときからここの育ちですもんね。まぁ警戒心というか、異性として気にならないというのは分からないこともないですけど、年頃の女の子なんですからもっとちゃんと……あれ、何歳でしたっけ」

「46歳だよー」


 イユリの言葉にカルアの口が止まる。今まであまり考えずに仲良くしていたが、自分よりも三倍以上歳上とは思っていなかったからだ。


「……思ったより歳上でした。私のお母さんより上ですね……。というか、祖母の方が近いです」

「まぁ半分とは言ってもエルフだしね」

「……そう言えば、ご両親は今どうしてるんですか?」

「お母さんはエルフの里に帰ってて、お父さんは寿命でもういないよ」

「あ、すみません」

「十年も前のことだから気にしないで、あ、おばさん扱いしないでよ」

「……世代的に、ヤン君やメルちゃんの両親の方が近いですよね? どんな感じなんです?」

「あー、エルフとかエルフ混じりあるあるなんだけど、基本的は誰に対しても同年齢ぐらいの気分で接してるよ。ミエナとかもそんな感じでしょ?」


 イユリとカルアが話していると、トンとメルが座って、真剣そうな表情でカルアを見つめる。


「そんなことより……三人とも、本題に入ろうよ」

「……本題?」


 カルアからするとクルルが突然呼んできたのだから本題とやらが分かるはずもなく、クルルに助けを呼ぶように目を向ける。


 するとクルルもソファに座って深く頷く。


「……女の子が四人集まってパジャマパーティー。もうやることは一つしかないよね?」


 メルはそう言い、イユリとクルルとカルアは首を傾げる。


「普通にお菓子でも食べようと思って呼んだんだけど……」

「近所の人懐こい猫の話とか?」

「あっ、魔法の研究会ですか?」


 三人の答えを聞いたメルは机をバンと叩き、他の三人は驚いてビクッと肩を震わせる。


「恋バナだよっ! 恋バナを聞けると思ったから、お父さんとお母さんに隠れて、後で怒られるリスクを負ってでも抜け出して来たのっ!」

「え……えぇ……いや、私とクルルさん、相手が同じなので若干気まずい感じの話題ですよ。割と地雷ありまくりの話題ですよ、それ」

「うるさいっ! この既婚者めっ!」


 それははたして悪口なのだろうかと思いながら、カルアは目を逸らしてイユリの方に目を向ける。

 メルの想い人のヤンが好意を抱いている相手が自分の古い知り合いであることや、ランドロスがその恋路に少し協力をしていることもあって気まずい。


 純粋に恋バナとして盛り上がることが出来そうなのが、婚活中のイユリぐらいのものだったので助けを求めるようにイユリへと話題を振ろうとし……。


「あ、そう言えばメルちゃんの好きなヤンくん、最近ランドロスくんと仲良いよね」


 と、イユリが絶妙に地雷を踏み抜いた。

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