貴方がいつかきっと、救われますように
急いで服を渡して部屋から出て、扉の前で鼻を押さえながら蹲る。
……俺はもうダメかもしれない。
シャルの保護者になって守り支えていきたいのにどうしても女性として意識してしまう。
ダメだと分かっていても、頭ではまだ子供と理解していても、どうしてもそういう目で見てしまうのをやめられない。
俺はシャルの親にはなれない……。血の止まった鼻を布で拭きながらため息を吐く。
「ああ、強い心がほしい」
ガリガリと頭を掻きつつ、まぁちゃんとした大人になれなくてもそのフリをすることはきっと出来るだろう。
少し待つとシャルの声が聞こえて、中に戻る。
「あ、ランドロスさん……えっと、その……す、すみません。お見苦しいものをお見せしました」
「……いや、そんなことは。まあ、夫婦なわけだからあまり気にしなくても……」
「そ、そうですよね。その、い、いずれは、全部見られるわけなので、その練習と考えたら……」
シャルはそう言いながら恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「……あー、シャル、今日もまだここでゆっくりと過ごすか?」
「えっと……皆さん待ってますし、帰った方がいいのでは……」
「まぁそれはそうなんだけど……。多分、シャルの両親にも危篤の知らせが行ってるだろ。出来たらまた会いたい。……また戦争や別大陸の化け物が暴れるより前に、多少強引にでも迷宮国に連れていきたいしな」
俺の言葉を聞いたシャルはぺこりと頭を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……その、難民の人がたくさんいました。僕の両親だからと、順番を抜かしてなんてこと……」
「いや、順番の問題じゃない。国からすれば、難民を支援して自国民が飢えることや貧乏になること、治安の悪化を心配しているから受け入れることを渋っているんだ、時間の問題じゃない。国の兵士から信頼されてる俺の家族を受け入れるのとは別問題だ。順番を抜かしているわけでもなければ、卑怯なことをしてるわけでもない」
シャルは俺の言葉を聞いて、縋るような目を俺へと向ける。
「そうなの……ですか?」
「ああ」
その問いに頷いてみせるが、まぁ実際のところ内部事情なんて当然ながら知りはしない。
おそらくはそうであろうという予測程度のものだし、それも俺の都合の良い方へと捉えてのものだ。
……嘘ぐらいは仕方ない。卑怯なのは好きじゃないが、シャルのためなら幾らでも自分の信念を曲げよう。
「まぁ孤児院の人に伝言を頼んでもいいけど、待ってるのは待ってるので利点があるから、遠慮せずに決めていいぞ」
「ん……んぅ、帰った方がいいと思います。その、ご迷惑になるでしょうから」
「そこまで気を遣わなければならないとは思わないが……」
「えっと、忙しい時期ですし……その、変な言い方にはなるんですけど、多分今の財政上、ランドロスさんを無下には扱えないので……」
「あー、変に気を遣わせるか? そういうものか」
そこらへんの感覚は本当に分からないのでシャルの言う通りにしていた方がいいか。
「あ、でも、その……出る前に体を拭いたりしたいです」
「歩いて数時間だし、挨拶してから出ても昼前には着くぞ? それからクルルに風呂を借りた方が……」
「む、むりですっ! だ、だってまたランドロスさんとくっつくことになるんですよ? に、臭いとかしたら……」
「匂いぐらい気にしないが……」
「ぼ、僕は気にしますっ! そこは譲れないですっ!」
シャルが必死そうなので、そういうものかと思って頷く。
「あー、じゃあ、朝飯を食べたあと……」
「い、今すぐがいいです。臭いと思われたら、耐えられないです」
「さっきまで一緒に寝てただろ……まぁ、いいけど」
「ね、寝ていたとき臭くなかったですか?」
「いい匂いだった」
「そ、そこまでは聞いてないです。……く、臭くなかったなら、いいです」
シャルは恥ずかしそうにしているので諦めるとするか。本当にいい匂いがするんだが……何を嫌がっているのだろうか。
体を拭けるようなものを取り出してシャルの近くに置いたあと廊下に出る。
本当にこんなに直ぐに帰ってシャルは寂しくないのだろうか。
……まぁ、結婚式を挙げるならこっちに来いと商人から言われているのでまたすぐに来ることにはなりそうだが。
部屋からシャルが出てきたので孤児院の子供達と朝食を食べてから、商人にシャルの両親への伝言を頼みに行く。
「あ、商人。もうそろそろ帰るんだが……シャルの両親にも危篤の知らせとか出したよな?」
「ええ、もちろん出しましたが……ランドロスさん達よりかは遠方ですし、台風などもあったので、まだ来られるかは……」
「悪いけど伝言を頼めるか?」
「伝言ですか?」
「ああ、また戦争が始まるかもしれないから……こっちに来させたい」
商人は少し驚いた表情を浮かべてから難しそうな顔をする。
「少ししか話したことがありませんが、自分を犠牲にしようとする方々でしたから……難しいかもしれませんよ? あと、そちらで住むところなどとかあるのでしょうか?」
「家なら用意する。流石に亜人ばっかのギルドの寮はシャルの両親にはキツいだろうしな。……娘を大切に思っているのも確かだろうし……なんとか言いくるめてくれないか?」
「まさかのアタシ任せですか……? いや、まあいいですけど」
それだけ言ってから商人と別れると、シャルは少し不思議そうな顔で俺を見る。
「もっとちゃんとバイバイしなくていいんですか?」
「どうせまたすぐに来ることになるしな。こんなもんだろ。それよりシャルはいいのか?」
「僕はさっきちゃんとしてきましたよ。……帰りましょうか」
シャルは俺の手を引き、俺はそれを握り返す。
指し示したわけでもなく二人で手を合わせて、院長の冥福を祈ってから孤児院を出る。
「……ランドロスさん、帰ったらどうします?」
「まぁ、色々やりたいことはあるけど……。シャルの隣にいるから、ちゃんと泣いていいぞ。ずっと、他の子の前だからと我慢してただろ」
「……そ、その……そう言うことを言われると、今泣いちゃいそうになるので」
「あとは……急ぐ用事じゃないけど」
シャルが小首を傾げて俺を見る。
まだ湿気の残った冷たい風を頬に浴びて、色々な恨みつらみを忘れようとしながら口を開く。
「……塔の管理者、トウノボリチヨに謝るか。いや、謝るというか、許すというか……まあ、そんな感じだな」
シャルは少し首を傾げてから、よく分かっていないだろうがコクリと頷く。
「仲直りするんです?」
「あー、それが一番正しいか。……母さんの遺言だからなぁ。まぁ、相手はどうせ不老不死だから急いでってわけでもないが」
神様、あなたがきっと、いつか救われますように……。なんて、めちゃくちゃなことを言う親だ。
……その手助けぐらいはしてやろう。恨みは一度、忘れてしまって。




