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成功体験

 酒をゆっくりと飲みつつ、シャルの頭を髪を梳くようにゆっくりと撫でる。

 小さくて可愛いなぁと思っていると、シャルは照れたような表情を浮かべてポコポコと俺の胸を叩く。


「も、もう。他の人もいるんですからダメですよ」

「……頭を撫でるぐらいいいだろ」

「その、触り方がえっちですもん」


 そんなことはないだろ……と、思っていると、商人が俺達のムードを壊すようにバリバリと音を立てて菓子を食べる。


「いやー、この調子ならお子さんもすぐですね」

「そういうのマジでやめろよ……。そういや、商人と院長と二人で話していたみたいだけど、どんな話をしたんだ?」

「あー、説教をされましたね。誤解されるし恨まれるから露悪的な態度は止めろと」

「間違いないな」

「いや、そのお茶目さがアタシの可愛いところでは?」


 商人に可愛いところなんか存在しない。

 俺は菓子をつまみつつ、商人の方に目を向ける。シャルを見た後だと余計に不快な笑顔だなぁ、コイツ。


「……この歳にもなって子供扱いされるとは思いませんでしたね」

「院長からしたら子供ぐらいの年齢なわけだしな。商人も、俺なんか普通におっさんなのに子供扱いしてるときあるだろ」

「まぁ、アタシに子供がいればランドロスさんぐらいの年齢でしょうからね」

「そういうもんなんだろ。多分な」


 かなり酔いが回ってきて、ふわふわとした感覚のままシャルの手を握る。


「商人は嫁をもらわないのか? 可愛いし、一緒にいるだけで幸せだぞ」

「いやぁ、こんな男のところには誰もきませんよ」

「……ごめん」

「急に本気のトーンになるのやめません? ……やめません?」

「いや、そのな……悪い」

「まぁ、世の中ランドロスさんみたいな何人もたらし込んでるような人がいるからアタシのような人も出るんですよ。そこのところ分かってます?」

「いや、戦場でバタバタ死んでるから、この国は女性の方が明らかに多いだろ。嫁がいないのは商人自身のせいだ」

「ロジハラやめましょうや」


 ただの事実ではないだろうか。


「まぁ、院長の言う通りに露悪的な態度をやめて、ちゃんと真っ直ぐに人と向き合った方がいいだろ。結婚とか抜きにしても」


 机の下でシャルの手を握ってすりすりとしていると、シャルは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。


「この歳になって生き方を変えるなんてこと、難しくて出来やしませんよ。旦那もそうでしょう? 今から戦いを辞めて普通に生きるなんてこと考えられますか?」

「いや、俺はもう積極的には戦うつもりはないぞ。巻き込まれたり襲われたりする可能性もあるから力はつけておくが」


 俺がそう答えると、商人はぼうっと呆けたような表情を浮かべて俺を見る。


「……本気ですか?」

「ああ、まぁな。シャルもカルアもクルルもネネも嫌がるし、シャルにばかり家事を任せていられないからな。あと、なんだかんだと頼み事を引き受けることも多くて忙しい」

「……やっぱり、旦那はすごいですね。アタシだったら、魔王を倒したなんてことがあれば、その自負を一生引きずりますよ」


 シャルようにチョコレートを出しながら首を傾げる。


「魔王を倒したことと、戦い続けることに関係あるか?」

「成功体験からは抜けれないってことですよ。その体験が強烈であればあるほどね」

「……成功体験か。……いや、まぁ……どうだろうな。正直、倒したときにあったのは虚しさだけだし……成功というのなら、シャルとかクルルを口説き落としたときの方が……」

「口説き落とされてはないですよ。ランドロスさんの行動とか考え方とか内面が好きなんです。おべんちゃらで好きになったりしません」

「あ、はい。ごめんなさい」


 シャルに謝っていると商人はニヤニヤと笑う。


「……なんだよ」

「なんでもないですよ。まぁ、達成感みたいなのはあるでしょう。自分は相手よりも強いとか、上手く出来たみたいな」

「そういうのは当然感じるが……」

「普通はそういうものに縛られるんですよ。アタシもそうです。……旦那は特別ですよ。強いとか、珍しい魔法が使えるとか以前にね、そういうところは尊敬しますよ」

「……褒められると気持ち悪いな」


 達成感に縛られるか……ネネのことを思い出す。


「なぁ商人、例えば戦うのが嫌でも、それを辞められなかったりするものなのか?」

「そういう人は多いとは思いますよ。それに、別のことをするというのはやっぱり大変ですからね」

「……直し方みたいなのはあるのか?」

「んー、まぁ、他に達成感を得たり、出来ることを増やすのが一番じゃないですか? 行動を変えるモチベーションはあっても、成功体験がなければ続かないですよ」


 ……ネネは結局探索でも暗殺者のようなことをしているしな。そういう理由もあって引きずっている可能性もあるか……。

 基本的にひとりで潜っているようだしそうなのかもしれない。


「誰か心当たりがあるんですか?」

「……あー、自分がいないところでそういう話をされるのを嫌がるだろうから、あまり考えないでくれ」

「まぁ探るのは辞めておきますよ。あ、お酒どうぞ」


 商人に酒を注がれて口を付ける。

 一瞬だけ呆けてしまってから、商人を見る。


「……高い酒か? これ」

「あ、よく分かりましたね。酔ってるから気が付かないかと」

「……商人、マジでめちゃくちゃ面倒くさい奴だな……友達いないだろ」


 まぁ確かに美味いが、そこまで変わった物のようには思えない。……まぁ、普通に生の獣肉とか食っていたような食生活だったので、飽食に舌が慣れていないのだろう。


「それは置いておいて、他の役割を得たら案外上手くいったりはしますよ。なんだかんだ言って、自分で変えるのは難しいですけど、環境に合わせることは難しくないですからね」

「……そんなもんか」


 ぼりぼりと頭を掻いてから考える。


 商人の話を考えると、ネネに何かをしてもらってそれにやりがいを感じてもらう……とかか?


 ……あれ、これってクルルがやろうとしてたな。


 まぁ、責任感もつよいし、年齢もあってクルルと同じことは出来るとは思うが……。


 ……まぁ、流石にそこまで思い切れないし、帰ったら家事を一緒にするのを手伝ってもらおうかな。不器用そうだが、俺とシャルでフォローしたら出来るだろうし。


 もしくはサクさんの代わりに料理を手伝ったり……。まぁ、無理にはさせられないが、頼むだけ頼んでみてもいいかもしれない。

 何年も前から同じ状況なのだし、環境を変えるのはいいかもしれない。

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