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 シャルの手を撫でる。

 綺麗なきめ細やかな肌は、ここ半年で農作業やらをする機会が減ったからだろう。ここの子供ではなくなった……そんな感じがしてしまい、強い責任感を覚える。

 俺が連れ去ったのだから、何としてでも守らなければならない。


 そう考えて夜が明けるまでずっと抱きしめていると、途中でネネが目を覚ました。


「……風も去ったようだな。……先に帰っていいか?」

「いや、可能ならいてほしいが……。まぁ、どうしても帰りたいというのなら……止めることは出来ないな。いてほしいが」

「……これ以上、ワガママ言うな。カルアやマスターも心配してるだろうから、連絡も必要だろう。このままいて、いつ帰れるかも知れないしな」

「……まぁ、それはそうだが……」


 ネネはそう言ってから、シャルには聞こえないようにか、俺の耳元で囁く。


「それに、ランドロス、掲示板で何か見てるだろ。代わりにやっておいてやる」

「……あー」


 グランに合わせたくないんだよなぁ。

 少し考えて、シャルに聞こえないように小声で囁く。


「……魔石の納品依頼があったら、内容を覚えておいてくれ」

「それだけでいいのか?」

「ああ、というか、帰らないで一緒にいてくれる方が助かるんだが……」


 ネネは俺とシャルが繋いでいる手を一瞥して、ぽつりと言う。


「……普段から、嫉妬心がある。でも、今の先生に、嫉妬したくない」


 ネネの言葉と表情を見て、あるいはシャルの手を離さない自分を考えて頷く。


「……夜が明けてからな。あと、荷物を用意するから待ってくれ」

「歩いて数時間だぞ。必要ない」

「喉も乾くだろうし、ぬかるんでいるから疲れるだろ。出来る限り負担にならないように軽くするから」

「……別に、邪魔にならない範囲なら構わないが」


 いつもより素直だな。と思ったが声には出さずに水や軽食などを用意して袋に詰める。あと念のために回復薬や布なども入れておく。


「道に迷うこととかはないだろうが……あまり寄り道とかはするなよ。あと、国の壁の周りにいる難民とかに絡まれないようにな」

「ああ」

「帰ったらカルアとも仲良く過ごすんだぞ。俺たちもあまり長居をしないようにするから」

「ああ」

「それと俺やシャルがいなくてもご飯はちゃんと……」

「なぁ、もういいか?」

「いや、あと、床で寝るのはやめて……俺がいないところでカルアと寝るのが嫌なら、別室の俺のベッド使っていいから」

「……私は小さい子供ではないんだが」

「最後に……」


 ネネはぎゅっと俺の鼻を摘み、不満そうな顔を俺に向ける。


「お前よりも歳上だし、ちゃんと生活している」

「いや……ネネの年齢って、おおよそこれぐらいって感じであって実年齢分からないだろ? もっと低いかもしれないし……」

「子供っぽく見えているのだとしたら、それは種族的なものだ。猫とか小型の獣人は幼いように見えやすいだけで」

「……いや、容姿ではなくて中身が……まぁ、小言はやめておくとして……本当に無理はしないでくれよ。あと、やっぱり残っていてくれた方が……」


 ネネは呆れた表情をして、シャルの涙を拭う。


「……邪魔はしたくない。部外者が、こういう時に我が物顔でいるものではないだろ」

「……俺とシャルの家族なんだから、部外者ではない」

「子供達からしたら知らない亜人の女だろ」

「……まぁ、ネネがどうしても帰りたいなら止められないが」


 荷物を手渡すと、ネネは窓を開けて身を乗り出す。


「もう行くのか?」

「もうすぐ夜明けだ。人に見つかる前に出たい。……お前も迷宮国に慣れてて気にしていないようだが、獣人も人に見つかるとまずいからな」

「ああ……まぁでも、あと少し……」

「お前も帰ってきたら、話ぐらいは聞いてやる」

「……ネネがいないとちゃんと寝れないかもしれないぞ?」

「子供みたいな引き止め方はやめろ。……ばーか」


 ネネはそう言ってから窓から出て行く。

 空いたままの窓をしばらく閉める気になれなかったが、シャルが肌寒そうにしているのを見て窓を閉める。


「……いっちゃいましたね。……いてくれた方が、良かったのに」

「まぁ……ネネも色々と思うところがあるんだろ」

「……思うところ、ですか?」

「…………そりゃ、自分の好きな奴が他の女性とここまで引っ付いていたら見たくないだろ」


 俺の言葉に、シャルはちいさくコクリと頷く。

 浮気ばっかで本当にごめんなさい。


「……ランドロスさん、寒いです」

「窓は閉めたけど……布団も被るか」


 ベッドの上で壁を背にして、シャルを膝の上に乗せながら布団を被る。

 シャルは俺の上でモゾモゾと動いて、布団の中で俺の服の中に手を入れてぴとりと腹に手を当てる。


「……嫌いにならないでください」

「俺がシャルを嫌うわけないだろ。どうかしたのか?」


 俺が尋ねると、シャルは泣き腫らして充血した赤い目を俺に向け、ぼろりと涙を溢す。


「……もう、悲しいのに、耐えられないんです。院長先生のことを思うと、悲しくて、耐えられないんです。薄情です。最悪です。でも……もうダメで……だから、考えなくてもいいように、してください」


 シャルの悲痛な表情も、訴えもよく分かった。

 というか、俺も現実逃避のように人の面倒を見ようとしているのだから、どうこう言えるはずはなく、シャルの頼む通りにキスをしたり、抱きしめたりして誤魔化してやるべきなのだろう。


 大切な人の死に、素面で立ち向かえるほど俺たちは強くない。

 受け入れられないし、耐えられない。


「……シャル、引きずるぞ。気持ちを誤魔化して生きていたら」

「……でも」

「……母親が死んだ時に、ちゃんと悲しまなかった。だから……事あるごとに、かつての幻影に縋っている。もう十年も経つのに、本当は生きているんじゃないかと馬鹿なことを考える」

「……今、耐えられないんです」

「……まぁ、泣くのにも体力使うよな。……これ、院長がくれた、俺の母の日記なんだが……読むか? 俺もまだ途中なんだけど」


 シャルは俺の方を見て、不思議そうな表情を浮かべる。


「……今、院長は俺の母と再会してる頃だろうからな。どんな人と一緒にいるのか知ったら、シャルも安心出来るだろ」


 これが正しいのかは分からない。

 けれど……悲しみから逃避するために、寂しさを紛らわせるために、外からの強い刺激……。他のことを忘れてしまうような行為に耽溺するのよりかは幾らか健全だろう。


 ……流石に、気持ちを誤魔化すためにシャルを襲うなんてことはしたくない。

 人肌恋しさに押し倒して、生き物としての欲を吐き出すことで現実を忘れたくなるのは分かるが……多分、きっと……それは良くない。

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