誰かの代わりでも
院長の葬儀まで、数日かかるという見通しのようだ。
何故だか一瞬だけ晴れた天気はすぐに戻って、こんな荒れ方では出来るはずがないというのが一つ。
もう一つは……そういうことを仕切れる商人の姿が見えないからだ。
流石にしっかりしているとは言えどシャルに任せることは出来ないし、商人の部下も商人を放置してさせるわけにはいかないだろう。
この街に来てから新しく孤児院の職員となった人たちも泣いている子供の世話で手一杯のようだった。
……そういや、結局……あのお粥は院長に食わせてやれなかったな。
窓の外の雨を見つつ、ただぼうっと過ごす。
隣に座っているシャルは泣き疲れてフラフラとしているが、感情が昂りすぎていて眠ることも出来ていないようだ。
「……ふたりとも、ホットミルクをもらってきたから……ここに置いておく。飲まなくてもいいが」
「ネネ……悪い」
「……別に」
もらってきたってどこでもらってきたのかと思いながら口をつける。……ああ、これ、砂糖とか蜂蜜とか入ってないな。完全にただ牛乳を暖めただけだ。
今、孤児院がそんな困窮してるはずもないし、作り方を知らないはずもない。
そもそも、今作るような奴は多分いないだろう。
「……ネネ、火傷とかしてないか?」
「そんなに不器用じゃない」
「……ありがとうな」
「大したことはしてない」
「いや……一緒にいて、こうして気遣ってくれている嫁なんて、こんな得難いものはないだろう」
「嫁じゃな……」
ネネはそう言いかけてから、こてりと俺の肩に倒れたシャルを見つめて言い直す。
「今日だけなら……そういうことにしてやってもいい」
「……もうちょっと長く出来ないか?」
「一週間」
「……百年ぐらいで」
「図に乗るな」
ぽすりと俺の隣に腰掛けて、深く息を吐き出す。
「……泣けばいいだろう。他の人のように」
「シャルがいるからな。俺が動じていれば、シャルが安心して泣けないだろ」
「……シルガの時も、一人で走り回っていたな」
「別に、アイツと俺は仲間だった期間はないしな。そんなもんだろ」
ネネは反論することすらなく、俺の頭をぎゅっと抱えて自分の胸に抱く。
「……母親が死んだときは」
「泣く暇なんかなかった。逃げて森に入ったが、連日町人たちが探しにきたしな」
「殺されかけたときは?」
「それも、泣いてる場合じゃなかった」
暖かいし柔らかくいい匂いがする。
なんとなく落ち着くと感じながら目線を上にしてネネの顔を見ると、憐れみ同情をするような、泣きそうな目が俺を見ていた。
「……ネネも、シルガの時、泣いてなかったろ」
「……ボコボコにされた挙句、髪の毛を持って引きずられたからな」
「……まあそうなんだけどな」
だがシルガは……あの時、何故ネネを殺さなかったのだろうか。殺す方が楽だったろうし、そうでなくても生きてる状態のネネを引きずってくる意味はなかった。
起きて反撃される可能性もあったのだしせめて倒した場所で放置をするのが自然だ。……むしろ、引きずってきたことによって街を襲っている魔物の攻撃を受けずに済んだ。
……ネネがシルガを殺す気だったが、シルガは殺す気はなかった。むしろ魔物から庇うために引きずってきた……などと考えるのは、あまりにもアイツを買い被っているか。流石に現実的ではないな。
だが……一番厄介かつ、殺そうと思えば事前に殺せていたイユリを放置していたりと……ああ、まぁ……何を考えていたとか、今更か。
「……今日だけは、これからしばらくだけは……お前のことを好きでいてやる。だから、泣いていい。先生も寝ているんだ」
「……前から俺のこと好きだろ」
「離すぞ、バカ」
「いや、もうちょっと頼む。……泣くのは無理だが。目を腫らしたりしたら、心配かけるだろうしな」
「……先生も、そこまでランドロスに完璧であって欲しいなんて思ってないと思うぞ」
そんなこと知っている。けれど……そうでなくては、シャルは安心して泣くことも出来ないだろう。
親元や孤児院から引き離して自分の手元に置いているのだ。せめて、健やかに子供でいられる場所でありたい。
「俺が泣けばシャルが泣けないだろ。大人の代わりに毅然とした態度を取らせるのなど……すべきではないだろう」
俺がそういうと、ネネは困ったような表情を浮かべる。
「……ランドロスとは、つくづく気が合わない。マスターの時もそうだ。意見がいつも反対だ」
「いや、いつも同じことばかりしてるだろ。俺とネネは」
「お前ほど身勝手じゃない」
「……どの口で」
いつもいつも、俺やみんなを庇っているのに、俺が少しでも同じことをすれば文句ばかりだ。
こうやって胸に抱かれている俺が情けないからそうなっているというのも分かるが……心配なのは俺も同じだ。
シャルに膝枕しながらネネのふとももに顔を埋める。
「……気持ち悪い」
「……退かそうとはしないんだな」
「今日ぐらいは……」
「……寂しいから、シャルが起きてないときはめちゃくちゃ甘えるぞ」
こくりとネネは頷いて、俺の動きを待つかのように気恥ずかしそうな表情で俺の頭を撫でる。
「……ど、どうだ」
「……カルア以上、クルル未満と言ったところだな。カルアにはない丁寧さはあるが、手付きの不慣れさがあって……あだだだ!? やめ、引っ張るなっ!」
「せっかく人が甘やかしてるというのに……」
「言葉を間違えたら髪の毛を引っ張られるのって、言うほど甘やかされてるか……?」
俺がそう言うと、ネネは「ふん」と俺から顔を背ける。
「別に……俺は女性に甘えることばかりを求めてるわけじゃないぞ?」
「嘘つけこの糞ロリ下衆野郎。ロリでゲスな変態が」
「そこまで言わなくていいだろ……。俺が言いたいのはな、ネネ」
「何だ。ロドリゲス」
「原型がほぼないぞ……。俺が言いたいのは、いつものネネが好きだってだけだ。シャルの真似をしなくても、クルルのフリや、カルアの代わりをしなくても……お前のことは、ちゃんと好きだ」
ネネは俺の方に目を向けて、ぽすりと俺の腹に拳を落とす。
「泣きそうなお前が見ていられなかったからだ。好かれたいから真似をしてるわけじゃない」
「知ってるよ。……悪い、やっぱり、ちょっと……我慢出来そうに……ない」
ネネは呆れたような、けれども優しい声色で話す。
「秘密にぐらい、しておいてやる」
大した会話もなかったとか、長らく祖母であることも知らなかったとか、最期はちゃんと別れられたとか、泣かなくとも大丈夫な理由ならいくらでもあった。我慢出来る理由もたくさんあった。
けれど、それでも今は人の肌が恋しく、芯の底が冷えるような感触を温めてほしかった。
声を殺し、涙を堪えつつも、自分よりも小さなネネの身体を押し倒すように抱きしめる。
抵抗はなかった。無粋だと思ったのか言葉もなかったが、けれど受け入れるような手つきだけは、鮮明に分かった。
「……泣いてはないからな。これは……その、あれだ。魔族汁だ」
「はいはい。分かっている」




