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雨の匂い、風の音

「ほら、危ないから火には近づくな。そこ、病人に食わせるつもりなんだったら具はもっと細かく切れ。というか、本当に体調悪いだろうから多分食えないぞ。用意するのはいいが」


 何で子供の面倒を見ながら料理しているのか。まぁ、ついでにシャルとネネの分も作るからいいんだが……。


 そうしている間にほんの少し外が明るくなった気がする。台風の影響で雲がかかって暗くはあるが、太陽は雲の奥で登っているようだ。


「多分院長は寝てるから、院長の分を残して他の人に持っていきな。……危なっかしいから、両手に持つんじゃなくてひとつずつ持っていけよ」

「はーい。……先生達には秘密にしてね? 忍び込んで作ろうとしたの」

「持っていく時点でバレるだろ。諦めて叱られろ」


 子供達は口々にぶーぶーと俺に文句を言うが、俺は悪くないだろ……。「けど、まぁ……」と口にしてから、少し腕を捲って腕に深く刻まれた古傷を見せる。


「この傷は前に旅をしていたときに、人を庇って出来たんだが……俺にとっては名誉の負傷だ。どんな賞状やトロフィーよりも価値のあるものと思っている。……違うか?」


 子供たちは首を横に振って俺を見る。


「じゃあ、そういうことだ。人のために動いて、それで傷を負うのも叱られるのも、名誉のあることだ。潔く、ドンと構えて叱られて半泣きになってこい。まぁ、子供だけで火を使ったり刃物を使ったりするのはやめろよ?」


 覚悟を決めた目でコクリと頷いたのを見て、子供たちを連れて院長のいる部屋に向かう。

 両手で器を持った子供が入れるようにドアノブを捻って開けてやると、中には先程の人たちに加えて何人かの子供が増えていた。


「……増えてる」


 シャルも席を立って、端の方で涙を拭っていた。俺が連れてきた子供も合わせて、部屋の中が人ですし詰めになっている。


 先程の女性はどうやら孤児院で子供の世話をしていることもあるようで、お粥を持ってきた子供たちを叱っている。


 ……まだ暗いというのに……好かれているな、院長は。


「シャル、朝飯というわけでもないけど、身体もあったまると思うから」


 そう言ってお粥を手渡すも、シャルは首を横に振る。


「……あの子達が作ったものだから、後でちゃんと礼を言えよ」


 喉に通らないかもしれないが……手に器を持っていれば温石の代わりにはなるだろう。


「ネネにも渡してくる。すぐに戻ってくるから、待ってろよ」

「……ランドロスさん」

「どうした?」

「……孫だったって、本当なんです?」

「ああ、状況と母の名前の一致を考えると、まあ間違いはないだろうな」

「……大丈夫ですか?」

「ああ、別に、何か変わったわけではないよ。元々義母だったわけだしな」


 俺を心配してる場合だろうか。もっと自分のことを気にしてほしい。

 軽く頭を撫でて、院長の方に目を向ける。


 ……怪我ならまだしも、歳と慢性的な飢えによるダメージは回復薬や治癒魔法であっても表面的にしか治すことが出来ない。


 初代のように絶え間なくかけ続ければ老いも止まるし死ぬことはないだろうが、そんなことはとても現実的なものではない。睡眠すら取れないような状況になるわけだし、そもそもあれは初代の膨大な魔力ありきだ。


 無限にかけ続けられているのは自然回復する魔力が回復魔法で消費する魔力よりも多いという意味の分からない状況になっているからだ。普通程度の魔法使いなら、一日に二、三度が限界なところを数秒おきにかけていてやっと老いなどから逃れられているようだし、まぁ無理だろう。


 院長は死ぬだろう。数日も保たない。


「ランドロスさん、ネネさんに渡してこないんですか? その、僕が持っていきましょうか?」

「……いや、大丈夫だ」

「……やっぱり、僕も一緒に行きます。あんまり大勢いたら、院長先生も落ち着かないと思うので」

「……ああ」

「僕はもうちゃんと話せたので、次に目が覚めたとき、他の人に譲らないとです」


 遠慮ばかりしているのも良くないだろう。後悔してほしくないと思いはするも……シャルはそういう子だ。


 ネネのところに行ってお粥を手渡す。


「……どうだった?」

「……大人にも子供にも慕われているなと思った。まぁ、いい人なのは分かっていたが」


 ネネは毛布に包まりながら俺から粥を受け取る。


「……あまりに人が多いと良くないだろうから、しばらくはこの部屋にいる。俺も身体が冷えてるしな。シャルは……少しここにいた方がいい。疲れてるだろ」

「……眠れそうにないです」

「眠れなくても、飯を食って暖かくして目を閉じていたら体は休まる。……また起きたとき、今にも倒れそうな姿は見せたくないだろ」


 シャルを軽く抱きしめて、シャルは指先を震わせながら匙でお粥を掬って口に含む。

 なかなか喉に通らないのか。苦戦するように口をモゴモゴと動かしてゆっくりと嚥下する。


「……いい子だ」

「……いい子、でしょうか。院長先生が無理をしてるのを知って、ずっと頼りきってました。こうなることも、分かっていたのに」

「……シャルも、これ以上無理をしたら同じことになっていただろ」

「……ランドロスさんにも無理をさせていました。……僕は、人の命を奪いながら生きながらえています」

「……奪ってはない。シャルがいなければ孤児の子供達はもっと辛かっただろうし、院長の心も救われない。もちろん俺も、絶望の末に死んでいただろう。……院長の誇りだろう、シャルは。だから……送り出すときは、胸を張ってやれ」


 ゆっくりと食べ終えたシャルは、俺を見て口を開く。


「……あの、僕に食べるように言っていましたが、ランドロスさんは……?」

「あ、忘れてた」


 院長やシャルやネネ、あるいは商人や子供達と心配な人が多すぎて完全に自分の身体が冷え切ったままなことや何も食っていないことに気がつく。


 どうしようかと考えていると、ネネの手がポスリと俺の頭を叩く。


「だろうと思った……半分残してる。……頭も濡れっぱなしだし、ほら、こっちこい」

「こっちって……」


 ネネはベッドの上に座って、自分が纏っている毛布の端をつまんで持ち上げる。


「……デレてる?」

「……分かった。外に放り出してやる」

「いや、それは勘弁してくれ……いや、まさかネネから言われるとは思っていなくてな……」

「先生も、体冷えてるだろう。……気は利かないと思うが、湯たんぽ代わりぐらいにはなる」


 ……ネネなりに気を遣ってくれているのだろう。

 俺はシャルと一緒にネネの毛布の中に潜り込んで三人で毛布に包まってベッドに倒れる。


 雨の匂い。風の音。


 ……ああ、シャルのドレス姿や……曾孫の顔を見せたかったな。母の話をしたかったし、娘の話を聞きたかった。


 もっと急いでいれば……と後悔はしてもしたりない。

 ネネが俺の頭を拭きながら撫でる。

 ……しっかりしないとな。俺は、シャルを支えないと。

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