友達から
子供とは会わない方がいいだろう。
あまり怖がらせたくはない。俺は人を殺せるし、悪事も出来る。
おおよそ善良なものとは言えない。……だから、会わない方がいい。
……言い訳である。俺を怖がるシャルを見たくないのが……一番の理由だ。
街から少し離れたところで合流し、商人がどこかから借りてきた馬車に乗った。
子供達は別の馬車に乗っているらしい。急な話で大変だろうと思ったが、子供は存外に楽しそうにしているのか、話し声が聞こえてきた。
歩くのと変わらない速さの馬車の中、カタカタと揺れる音を聞く。少しかびた木材の匂い、舌先に感じる破壊した建物から舞ったチリの感触。
ざり、と歯で噛み潰す。
空間魔法で水を出して口に含んで、気色の悪い味を胃の奥に流し込む。
帰ったらマスターに頭を撫でてもらおう。
今度こそ、完全に怖がられて……失恋をしたが、それもきっと忘れられる気がする。
まぁ……シャルが幸せならそれでいいと思おう。未来では会話ぐらい出来るかもしれないし、今度はそれを楽しみに生きよう。
俺がそう思いながら溜息を吐くと、カルアが読んでいた本をパタンと閉じる。
「溜息がうるさいですよ」
「仕方ないだろ。……好きな子に怖がられるのなんてそうもなる。……はあ、辛い」
「……別に、女の子がシャルさんだけという訳ではありませんよ。院長さんでいいじゃないですか、院長さんで」
「年齢差を考えろよ」
「それ、ランドロスさんが言います? ……別にそれ以外にも知り合いの女の子ぐらいいるでしょう」
知り合いといってもなぁ……。俺は交友関係が広くないので孤児院とギルドのメンバーぐらいしかいない。
そりゃマスターみたいな女の子と結婚出来るなら大喜びで結婚するけど、マスターからしたら俺はギルドの仲間だから優しくしているだけで……どちらかというと子供に優しくするような感覚だろう。
年齢差は、俺が大人でマスターが子供だけど。
ミエナとも仲良くやっているが、ただの友人だし、マスター推し仲間というだけだ。
「シャル以外の孤児院の子供は別に恋愛的に興味があるから優しくしてるんじゃないからな? 別に俺は子供にしかそういう目で見れないという訳でもないし」
「そ、その別に孤児の女の子を推している訳ではなくてですね……」
「マスターは無理だろ。高嶺の花だ」
「……やっぱりロリコンなんじゃないですか。……そ、その、私が言いたいのはですねっ」
カルアが膝の上に本をポンと置いて、少し赤らんだ顔を俺に向ける。
何を怒っているのかと思っていると外から高い少女の声が聞こえてきた。
「あ、あの、す、すみません。ちょっと、動いている馬車には上手く乗れなくてですっ!」
「……しゃ、シャル?」
「は、はい。その、えっと、お話しをしたくて……ちょっと開けていただいても……」
少し迷う。少しの時間でいいからシャルの顔を見ておきたいという気持ちもあるが、怖がった顔を見てしまうと……助けたことを、後悔してしまうかもしれない。
「……話なら、このままでも出来るだろ」
「い、いや、それはその……そうなんですけど……あの……」
「……この状態でもちゃんと聞くから」
「えと、でも……その……」
俺とシャルのやりとりを聞いていたカルアが膝から本を落とす勢いで立ち上がって、馬車と外を区切っている布を開ける。
「ええい、まどろっこしいです! ウジウジしないっ! さっさとフラれてこいってんです!」
いや、フラれたくない……。そう思っていると、急に馬車が開いたことに驚いたシャルが石に蹴躓いて転倒する。
「お、おいっ! 大丈夫か!」
頭から行ったように見えて馬車を飛び降りたが、シャルは全然平気そうで、立ち上がって俺を見ていた。
目が合う。俺の魔族と同じ紅い目が、幼い少女の目と。
誰もが恐怖を覚えるだろう、人間の敵対種族の瞳。けれど、シャルはいつもと変わらない優しげな視線で、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
馬車が俺とシャルを置いて、ゆっくりと進んでいた。
「……よかった……。よかったです。お怪我は、なさそうで」
思っていた、俺の存在に怯える姿はなかった。
俺の湿気の篭った息やカビくさい匂いは風に流されていく。馬車が進んでいき、車輪が地面を擦る音が聞こえなくなる。
シャルと俺だけが世界に取り残されたような、不思議な感覚がそこにはあった。
体の中に籠る熱が、言葉となって、息と共に漏れ出る。
「……俺が、怖くないのか?」
「えっと……あの、もしかして「最初は怖かった」って言ったのを気にして……」
「いや、そうじゃなくて……その……俺が、剣を振り上げていて……。怖く、なかったか?」
シャルが土の付いた服のまま、とてとてと俺の方に向かって歩く。
手を伸ばして、俺の前髪を退かした。
「……泣きそうな顔を、していました」
シャルは孤児達に見せるような優しげな「姉」のような微笑みを俺に向ける。
「怖いですよ。剣も、怪我も、血も……怖いに決まっています」
「だったら……それに塗れた俺はっ!」
思わず感情的になって大きな声が出るが、シャルはそれにびくりと怯えるようなこともなく、心配するように俺を見る。
「泣きそうな顔をしていました。剣を持って、あの人達の怪我から目を逸らして、今にも逃げ出したくて仕方ないように、目の端に力を込めて泣かないように……腕を上げていました」
シャルはギュッと俺に抱きつく。甘い少女の匂い、温かな空気、そして柔らかい感触。
初めて会った時に比べて、少し大きくなっていることに気がつく。
「怖いです。剣も、怪我も、血も……。それはランドロスさんも同じだったんです。ランドロスさんは、怖くないです」
ドクリ、ドクリ、と、心臓の音が聞こえる。俺のものかと思ったけれど、俺のものに混じって小さな音が響いていた。
「初めて僕と会って、果物を食べさせてあげようとしても、僕が食べる分が減るからって食べようとしなかったですよね。無理矢理、口の中に押し込んだのを覚えてますよ」
「……ああ」
「二回目会った時は、反対に僕が押し付けられましたね。えへへ、もしかしたら僕たち、似たもの同士かもしれないです」
「……口下手で、悪かった」
「孤児院で一緒にいたとき、子供達に優しくしてましたよね。色んなことを教えあったり、ただ笑いあったり」
「……楽しかった。ありがとう」
シャルは、ギュッと抱きしめていた身体を離して俺の顔を見つめる。明らかに俺よりも小さい身体。けれど……とても暖かくて、とても大きい。
「ずっと同じ、ずっと優しいランドロスさんです。剣を握っていても、優しいままでした。怖がるはずなんて、ありませんよ」
「……でも、俺はっ!」
俺の言葉を遮るように、シャルは俺の手を引いた。
前に倒れそうになる身体が、シャルに支えられて転けずに留まる。
可愛い少女の顔が目の前にあって、湿った吐息が俺の唇を撫でて、頬を抜けていく。
俺のガサついた唇に、少し濡れた柔らかい感触のものが微かに触れる。
それがすぐに離されて、真っ赤な顔を隠すように下へと向けたシャルの姿を見て、遅れて気がつく。
キスをされた……と。
「そ、その、ぼ、僕の答えですっ! 約束しましたからっ! その、考えるって!」
「え……あ……ああ、その、そう言えば……そういう、話があった……な」
顔を真っ赤にしたシャルは赤くなった耳を手でぐにぐにと弄り、隠すようにして続ける。
「で、でも……その……お、お友達からですっ! 急に結婚だとか、不健全ですっ! お友達から始めて、恋人になって、結婚はそれからですからっ!」
「あ、ああ……」
俺が呆気に取られて唇を抑えていると、シャルがもう一度、真っ赤にした顔を俺に近づけて、必死に背伸びをして口付けた。
「……で、では……の、後ほどですっ!」
シャルは既に小さくなっていた馬車へと走っていき、俺はその姿を見て、追いかけることも声をかけることも出来ずに……ただぼうっと見ていた。
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