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深夜の訪問

 ランプを付けてリビングの机の置く。

 ネネは眠た気にパチリパチリと瞬きをしながらクルルの手を握る。


「……風で壊れたりはしないから大丈夫」

「わ、分かってるよネネ。……ちょっと寝れないだけで」


 窓の外に雨粒が当たり、パチパチと音を立てる。

 コップを三つとミルクを取り出して、順に注いでいく。


 何か菓子も取り出そうかと思ったが、一応夜ということも考えて自重しておく。食べカスとか残ってしまったらシャルに叱られるしな。


 俺とネネとクルルの三人という珍しい組み合わせだ。ネネは俺から距離を置いているし、クルルは仕事で忙しい。


 まぁネネはクルルを慕っているので変なことにはならないか。今も寄り添ってあげているようだしと思いながらコップに口を付ける。


「……ランドロスは台風苦手じゃないの? 森で一人暮らししてたなら、結構怖かったんじゃないかな」

「いや、そんな原始的な生活をしてたわけじゃないぞ? 普通に家は作っていたし、食糧も溜め込んでいたから普通にぼーっと過ごしていただけだ」

「じゃあ苦手じゃないの?」

「まぁ……どちらかと言うと好きな方だな」


 俺がそう言うと、ネネが「コイツ子供だな……」という目で俺を見てくる。


「男の子って、台風とか雷とか好きですよね……。何でなんです?」

「いや、男がみんなそうなのかは知らないんだが……。俺の場合は……」


 少し記憶を辿り、クルルの問いに答える。


「……子供の頃、台風の日だけは外出を許されてたからかな」

「普通は逆じゃないのか……?」

「普通は逆だからこそというか、台風の日は外出する奴なんかいないから、出てもいいということになっていたんだ。まぁ家のすぐ前だけだけどな」

「それは……」


 クルルが少し同情するような視線を俺に向けて、俺は首を横に振る。


「ただの楽しかったことの思い出だ」

「ランドロスさんってマザコンですよね」

「……まぁ否定はしないけどな。……クルル、仕事はしんどくないか?」

「ほとんど書類を見てハンコを押すだけだよ?」

「時間が取られるだろ。そりゃ大人の労働時間に比べたら短いし、やってる内容もその通りなのかもしれないけどな。クルルぐらいの年齢ならもっと適当に遊んでるだろ」


 俺がそう言うと、ネネが「余計なことを言うな」とばかりに俺を見る。


「……ネネ、クルル離れしろよ。マスターでいてほしいのは分かるが、選択肢は本人にあるべきだ」

「マスター離れ出来ていないのはランドロスの方だろう。どうせ一緒にいる時間を増やしたいからとか、そういうしょうもない理由だろ」


 俺とネネが睨み合うと、クルルはクスリと笑う。


「二人とも、仲良しなのはいいけど、シャルとカルアは寝てるしほどほどにね?」

「あ、悪い。……副ギルドマスターみたいな役職を作るのはどうだ?」

「そこに就任して仕事中のマスターにちょっかいをかけるつもりか」

「違えよ。そもそも明らかにまとめ役は向いてないだろ。人の好き嫌いが激しいぞ、俺は。……少なくとも補佐官みたいなのは作った方がいいと思う」

「……前も話しただろ。ランドロス」

「強く言うつもりはないけど、続けるのはあまり賛成もしてないしな。まぁ、心配いらないと言うなら無理には言えないが」


 ネネが「ふんっ」と俺から目を逸らし、クルルは微かに笑いながら頰を掻く。


「まぁ年末に向けて少し仕事は増えてるけど、年が明けたらまたのんびり出来るよ」

「……そうか」

「それに、ランドロスも手伝ってくれるでしょ? 今度の探索者学校の生徒の合同試験」

「まぁ手伝ってもいいが……やることあるのか?」

「例年通りなら私は面接担当だから、隣にいてもらうだけになるけど……。ほら、私はこんな見た目だからどうしてもだらけた空気になりやすくてね。みんな私よりも年上だしさ」


 ああ、ある程度、顔の売れている俺が置物としているだけでいいということか。それならミエナやメレクのようなベテランかつ有名な探索者でも良いとは思うが……いや、ミエナは威圧感がないし、メレクはありすぎるか。


 俺としてもあのクルルの叔父は気になるし、いざというときにクルルを守るのには丁度いいか。


「ギルドマスターの件はいいとして……あと、ネネも一人で探索行くのは危ないと思うぞ」


 ネネは俺の言葉を聞いてじとりとした目で見てくる。


「ランドロス、お前……束縛きついな」

「いや、束縛なんてしてないだろ。ただ、危険なことや負担が大きいことを避けた方がいいと……」

「先生も「ランドロスさん、いつも僕に家事をさせたがらないんです。下手でご迷惑をおかけしているんでしょうか……」って落ち込んでいた」

「……えっ、い、いや、そんなつもりは……」

「お前がどう思おうが、能力を低く見られているという事実は変わらないだろ」


 そういうことではなく、ただ気楽に楽しく生きていてほしいだけで……と考えていると、クルルが俺の頭をよしよしと撫でる。


「まぁ、私はランドロスが心配してるってことは分かってるよ?」

「く、クルル……」

「マスター、甘やかさないで。すぐ付け上がる」

「分かってるよ」


 と、クルルは言ってから俺の耳元で囁くように言う。


「ネネが言いたいのは「みんな心配いらないからランドロスも無理しないで」だから大丈夫だよ」


 ああ、そういう意味なのか……分かりにくいよネネ。ネネの方を見ると、クルルの声が聞こえていたからかムッと不機嫌そうな表情で俺達を見ていた。


「私はバカのランドロスを心配したり労ったりなど……」


 ネネの言葉が途中で止まり、部屋の扉の方に向く。

 どうかしたのかと思っていると、俺の耳にもびしゃびしゃと足音が聞こえてきた。


 こんな深夜に訪問者……? 怪訝に思いながら空間把握を伸ばして確認しようとすると、扉がノックされる。


「ろ、ロスくん! ごめんなさい、寝てると思うけど、ちょっと起きて!」

「……クウカ?」


 思わぬ訪問ではあるが、知人であることに少し安堵を覚えて扉を開けると、全身がびしょ濡れになって寒さでガタガタと震えているクウカが目に入る。


「うおっ! 大丈夫か!? っ、クルル、悪い。風呂を入れてきてくれ」

「えっ、あ、うん。タオルとかは……あ、ランドロス出せるよね」


 クルルも冬に近い秋の深夜の冷たい雨に濡れているクウカを見て、血相を変えて部屋から飛び出して隣のクルルの部屋に行く。


「とりあえず、えーっと……毛布渡すから、それ脱げ」


 体温の保持の妨げになる服を脱ぐように言いつつ、裸が見えないようにクウカに毛布を巻きつけ、濡れた頭にタオルを被せる。


 冷たい水に濡れそぼった頭は非常に冷たく……こんな天気に何しているんだと呆れの感情が湧いてくる。

 とりあえず部屋の前に置いておくわけにもいかないのでリビングに連れていき、クウカはガチガチと震えながら、身体に纏った毛布の中でモゾモゾと動き、床に濡れて重くなった衣服をびちゃりと落としていく。


「……大丈夫か? お前な、ストーカーは良いとしてもこんな天気の深夜はやめとけよ……」

「ご、ごごご、ごめん」


 何か温まるものを用意した方がいいかと思っていると、ネネが机の上にホットミルクをトンと置いて、無愛想な表情を浮かべながら濡れたクウカの服と下着を回収していく。


「そ、そ、それより、ロスくん、その、さっきうちのギルドに知らない人がきて、あ、えっと、ネルと夜更かししていて灯りが付いてたから入ってきたみたいなんだけど、その人がランドロスを探していてね……」

「いや、世間話は後でいいから、ここまで冷えてたら風邪を引くどころか体壊すぞ」


 風呂に入れさせた後は回復薬を飲ませるか。

 そんなことを考えていると、クウカは寒さに震えながら言葉を続ける。


「こ、孤児院の関係者って言ってたんだけど、その孤児院の院長って人が……危篤だって。その、詳しくはその人も体を冷やしていて話せなさそうだったんだけど、その、大切な人なんだったら急いだ方がいいんじゃないかと思って……」

「……は。……え? 院長が?」

「詳しくは聞けてないんだけど……」


 思わず目を見開く。

 この前会ったばかりで、まだ大丈夫そうに見えたが……歳は歳だ。風邪のひとつでも引けば致命的な年齢なのは確かであり……。


「シャル……っ、シャルを起こして、今から……!」


 俺がそう言った瞬間、壁から衝突音が響く。どうやら台風で吹き飛ばされたものが壁に当たったようだ。

 ……この天気で、シャルを連れていく? ……俺一人ならまだしも……シャルには無理だ。背負って行くにしてもこんな冷たい雨で体を冷やして何時間もいるなんて、回復薬を飲ませてもシャルでは保たない。

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