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台風

 カルアとだらだらと過ごす。

 最近、カルアとふたりきりだと誘惑されてばかりで変に興奮して落ち着かなかったが、今日は格好が可愛いらしいぐらいのものなのでよかった。

 少し見惚れる程度で済んだ。


「……ランドロスさん、言いたくなかったら言わなくていいんですけど」


 そろそろ夕飯時と思っていると、カルアが俺の方に目を向けることもせず、本を手にしたままポツリと口を開く。


「……あの遺体、誰だったんですか?」


 一瞬心臓が鳴る。けれども俺の鼓動は俺の思いに合わせるように、一秒もしないうちにゆっくりとしたものへと戻っていき、間を置くこともなくカルアに返事をする。


「いや。誰かは分からないな。腐敗も進んでいたしな。身元の確認を取るためにも、ということで衛兵にも色々と聞かれて……」


 俺がそう話すと、カルアは俺の方に顔を向けないまま「そうですか」と口を開く。


「……言いたくないならいいです」


 上手く隠せたつもりだったが、あっさりとバレてしまう。……俺の家族は俺を含めてみんな嘘が下手なくせに見抜くのは得意だな。


「……いや、その、悪い」

「危ないことですか?」

「いや、放置していた方が危ない。おそらく実力としては負ける要素もないと思うし、それに直接戦うつもりもない。可能な限り安全策は取る」

「……じゃあ何で言えないんですか?」


 カルアの問いに言葉が詰まる。窓が風に揺らされてカタカタと鳴って、遠くで強い風の音が聞こえる。


「……風、強いな」

「この辺りの地域は、この季節は強い風や台風がやってくるみたいです」

「……食料とか買い溜めしておくか」


 カルアの目が俺に向いて、誤魔化そうとした世間話を続けられなくなる。再び何かを言おうとして、口が上手く動かなくなる。


「…………ルーナだ」

「へ……? あのランドロスさんの昔の仲間の?」

「ああ、そのルーナで間違いない。それで仕方なく、事情を知っていそうなグランと連携を組むことになったから、話したくなかった。……シャルには言わないでくれ」

「グランさんと協力することで怒られるのが嫌なんですか? 事情が事情なので仕方ないですが……私も一緒に話してあげましょうか?」


 カルアは不思議そうにこてりと首を傾げた。

 俺はその提案を魅力的に感じつつも、窓越しに聞こえる風の音に耳を傾け、窓を補強した方がいいかもしれないと考えて壁に手を当てる。


「……ルーナは、教会の権力者だ。それも教会のしていた孤児院への寄付を打ち切った張本人であり、シャル達からすれば仇とも言えるだろうな」

「……恨みに思っているかもしれませんね」

「いや、恨みというか……今もルーナのせいで飢えている孤児は多くいるだろうからな。シャルも気にしていた」


 カルアはよく分からないと言った表情で俺を見る。


「ルーナが死んだことで助かるかもしれない。多くの子供達が助かるかもしれないと喜んでしまうかもしれない。……仇敵であろうと、人の死を喜んでしまえば……シャルは自分を深く責めるだろう。深く深く、長く長く。そういう子だ」


 俺はゆっくり立ち上がりながらカルアの頭に手を伸ばす。


「だから、シャルにだけは教えたくない。誰に対しても優しいというのは、ひどく矛盾をしている。人同士は争うし、片方に助力をすればもう片方には損害を与える。飢えた人を救えば、飢えた人が他の人を襲うかもしれない。……そんなの、たくさんだろ」


 カルアは頭に乗っかっている俺の手に手を重ねて俺を見る。


「……過保護ですよ」

「かもな」

「シャルさんは私たちよりもずっと大人ですし、心も強いです」

「知ってるよ」

「……まぁ、分かってるならいいです。協力してあげます」

「黙っていてくれるだけでいいんだが……グランとの連絡もかなり簡易ではあるが、気付かれないような方法を取ってるしな。調査はグラン任せだし、気にしなくて大丈夫だ」

「じゃあしばらくはのんびりするんです?」

「まぁ……シャルの婚姻衣装が出来次第、院長のところにはいくけどな。いつまでも生きてるというわけでもないだろうし。けど、まぁ謹慎中の一月は多分何もしないな。交換日記も、ただのヤン観察日記になりそうだ」

「まぁ私のもイユリちゃん観察日記になりそうなんですよね……」


 二人で別の人物の観察日記を交互に付けていくというのは交換日記として成り立っているのだろうか。

 まぁ……文字の練習と俺の監視が目的なのだから内容自体はどうでもいいのだが。


 そう考えながらカルアの手を引いてギルドの方へと戻る。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 寝ていると、腕が強く握られて薄く目が覚める。

 ガタガタと震える窓と、それに合わせるように怯えた様子のクルルに気がつく。


「……あ、ご、ごめん。起こしたよね」

「……いや、大丈夫だ。急に風が強くなってきたな」


 軽く抱き寄せる。

 魔物や人間の戦士も怖いが、こういう台風のような災害も対抗手段がなくて恐ろしいというのはよく分かる。


「……明日は本当に何も出来そうにないな。ギルドは開くのか?」

「一応開くけど……依頼とかも届かないから、仕事は出来ないかな」

「じゃあ、明日はみんないるのか。ネネも出ていけないだろうしな」


 いや、迷宮の中なら天気は関係ないか。……まぁ、行こうとしたら止めるか、迷宮の中に入るまでが危険だしな。


「……クルルには俺がいるから大丈夫だ。せっかくの休みなんだから、またボードゲームとかで遊ぼうか」

「……うん」


 クルルはきゅっと俺に抱きついて、胸に顔を埋める。


「……いや、よし、じゃあちょっと今から遊ぶか」


 不安そうなクルルを抱き上げたままベッドから出ようとすると、視界の端でもぞりと誰かが起き上がる。


「……マスターがいくなら私もいく」

「あれ、ネネ、いつのまに。……まあいいや、飲み物用意するから、リビングの方で待っといてくれ」


 たまにはこういう夜更かしもいいだろう。俺は頻繁に徹夜しているが。

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