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ヤンの苦悩

「はー、変な動きしてますね、ヤンさん」

「魔法や遠距離武器を躱しながら近づくにはあれぐらい前傾の方が都合がいい。尤も人間よりも筋力が高いから出来ることだが」


 既に俺よりも上手く動けているように思えるし、ある程度独自の動き……ヤンの身体にあった改良もしてある。

 本当に優秀だな。


「ドロ、必殺技みたいなのはないのか?」

「……必殺技って、ヤン、お前な」


 遊びじゃないんだからそんなのあるはずないだろ。と言おうとしたが、ある程度強い魔族や俺、シユウなどはそういう技を持っていた。


「……ないわけじゃないが、ヤンには使えないぞ」

「練習ならするぞ」

「いや、練習とかの問題じゃなくてな……」


 異空間倉庫から右手に剣、左手に斧、脚の先に短槍を乗せてヤンに見せる。


「空間魔法により、多種多様な武器を使った連続攻撃なんだが……」

「それは無理だな」

「……必殺技というか戦闘ではそういう初見殺しみたいなのはかなり有効だな。だいたいの場合は一回で、一瞬で決着が着く。知らなければ咄嗟には対策が取れない動きをすれば優位に立てるのは事実だ。それを必殺技と呼ぶかはまた別として」


 俺の持つ技の中で一番強い、連なる戦の暦はそれの最たる例だ。練習をすれば防げないような技ではないが、初めて見た場合は対処が極めて難しい。

 剣の速さに対応しようとすれば斧の重さ、斧の重さに対応しようとすれば槍の突き、という具合に相手にやりにくい慣れない動きを強制し、防がせないという技だ。


 ヤンが少し落ち込んだのを見て、口を開く。


「俺にしか出来ないこともあれば、お前にしか出来ないこともあるだろ。さっきも言ったが、基本は初手で決めれるような初見殺しだ。同じ技を使う必要はない」

「そうは言ってもな……俺は魔法とかまともに使えないしな」


 ヤンはボリボリと頭を掻いて、俺はそんなヤンにため息を吐く。


「なんだよ、ドロ」

「いや、お前の身体能力の高さ、動きの素早さは他の奴にはない特徴だろ。実戦でどうこうはまだ早いが……そうだな、全速力で突進してぶった斬るだけで十二分に脅威だ。細かい動きは後にして、しばらくはそれでいい」


 ヤンは少し考え込む表情を見せて、ボソリと言う。


「……技名とか付けるか」

「それは好きにしろよ」


 ただの突進斬りに技名を付けるとか後で後悔するかもしれないが止めてやる義理はないしな。


 ヤンが考え始めたのを見て、カルアが「休憩にしましょうか」と言って用意していた飲み物と軽食のサンドイッチを取り出す。

 一応街中だけど、周りは木ばかりだしピクニックみたいだな。


 三人で座ってサンドイッチをつまみ、カルアはペッタリと俺に引っ付く。


「……ドロってなんでそういう趣味になったんだ? ……いや、カルアちゃんは美人さんだと思うし、みんな綺麗な顔立ちをしてると思うが」

「色目を使うなよ」

「使わねえよ。単に不思議に思っただけだ」

「はぁ……。まぁ大したわけがあるってものでもないけど、シャルが初恋だからその影響だな。優しくしてもらって惚れた」

「……いや、優しくしてもらうなんてこと普通にあるだろ」


 ヤンはバクバクと食べながらそう言い、俺は「ああ……」と思わず声を上げる。


「……ヤンはこの国から出たことがないのか」

「ん、ああ、そりゃな、出る必要もなかったし」

「必要がないなら出ない方がいい。俺たちみたいに魔族の血が混ざってる奴への迫害は凄まじいからな」

「……いや、そんなのこの国でもあることだろ? 最近はマシになってるが」


 ヤンは妙な表情を浮かべて首を傾げ、俺は首を横に振る。


「いや、最近マシになったとかでなく、マシになる以前と比べてもだ。戦争しているからというのもあるが、国教が魔族皆殺しを掲げていて、国もそれを後押ししてるからな。普通に街にいたら殺されるぞ」

「……いや、それは言い過ぎだろ」

「魔族の子を産んだ母は殺された。今はその時よりも過激になっているだろうし、戦果を上げるために国の外に出ようと思っているのなら、紅い瞳を隠す必要を考えておけよ」


 世間知らず……いや、知っている世間が違うだけか。俺もまだまだこの国の常識は知らないしな。


「……そんなにか?」

「獣人との混血だから状況は違うかもしれないが、基本的にオススメは出来ないな。……というか、近場で満足しちゃダメなのか?」


 出来ればそうしてくれ、ギルドの女の子達に恨まれたくないんだ。俺は。


「近場で? ああ、ダンジョン攻略で成果を上げろってことか」

「いや……そうじゃなくて、ギルドの女の子とかどうなんだ?」

「ん? いや、ギルドの年の近い女子って全員産まれた時から一緒にいるんだぞ。姉や妹みたいなもんだからな。歳がまだ近い中で外からやってきた奴だとカルアちゃんやネネになるけど、両方ドロの嫁だしな」


 ……いや、一緒に産まれ育ったとしても血縁関係なかったら姉や妹とは言えないだろ。

 普通、若い男なら周りに女の子がいたらある程度好意を持つと思うが……。というか、これ、ヤンに片想いしてる女の子、もう打つ手がないのではなかろうか。


 俺としては同じ男で、同じように高嶺の花に片想いをしているヤンの応援をしたくなる気持ちもあるが……普通に恨まれたくないという気持ちが勝っている。


 いや、逆に考えるんだ。ヤンのことを好きな女の子を別の男を好きになるように仕向けるとか……。いや、そんな技術はないな。


 そんな技術があったのなら、シャルにフラれたときに毎日泣いて過ごしたりはしていない。


 カルアにどうしようかと目を向けると、カルアは特に気にした様子もなく口を開く。


「でも、ギルドの女の子、ヤンさんが好きだって子たくさんいますよ」


 あまりにも直球な言葉にサンドイッチを喉に詰まらせて咳き込む。カルアは不思議そうな顔をして俺に飲み物を手渡す。


「大丈夫です?」

「……いや、カルア、勝手にバラしたらダメだろ」

「個人名出してないから大丈夫ですよ。全員というわけでもないですし」


 そうは言ってもな……。ヤンの方に目を向けると、目を開いて驚いた表情を浮かべていた。


「……えっ、誰だ?」

「……いや、勝手にバラすわけにもいかないから言わないけどな。……まぁ、そういうわけでな。……俺やカルアがどうこう言う話でもないが……。どうこう言う話でもないが、恨まれたりしたくないから、俺のためにギルドの女の子に手を出してくれ」

「……ドロ、お前最低だな」

「いや、始めは俺もヤンを応援しようと思っていたんだ。思ってはいたんだが……なんか後々恨まれたりしたら怖いだろ。正直、他人の恋愛とかどうでもいいしな」

「その正直さはいらない」


 ヤンは呆れたように俺を見てから、ボリボリと頰を掻く。


「……そうは言ってもなぁ」

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