デコピン
「何か辛いことがあったら相談乗るよ? 話を聞いてもらうだけで気持ちはマシになるし……」
「急に優しくするのやめろ」
イユリが俺の頭をよしよしと撫でて、俺はその手を払う。
「それで、四つ目はなんだ?」
「知っての通りの魔力感知。まず自分の魔力以外も感じられるようにならないと話にならないからね。目を閉じて本を読むことが出来ないのと同じだよ」
「……覚えられるような技術なのか?」
「時間はかかるかもしれないけど、大丈夫だよ。ランドロスくんの前に教えていた人は一週間ぐらいだったけど……まぁ一ヶ月もあれば覚えれると思う」
前に教えていた人……シルガのことか。
お世辞にもコミュニケーションが得意とは言えず、人見知りをしているイユリが少しの期間しかいなかったシルガと交友があったのが少し不思議だ。
まぁ、イユリの技術は有用なものだし、シルガの戦闘方法でもメインの武器になっていたぐらいだ。
必要と思って仲良くしていたのかもしれない。
その考えは、少し寂しそうな表情を浮かべたイユリの目を見たことで「そうではない」と理解する。
「……クルルは悲しませないと言ったが、イユリのことも絶対に悲しませない。もう泣くようなことがなくていいように」
俺がそう言うと、イユリは少し呆気に取られた表情を浮かべてから、真剣にイユリを見ている俺の額をデコピンでパチンと弾く。
「なーに言ってるの。私を口説いてるみたいだよ?」
俺がデコピンを食らった額を抑えるとイユリはくすくすと笑う。
「……そういうつもりじゃないが……」
「分かってるよ、そんなの。もし口説かれたらマスターに告げ口して別れさせてマスターをもらうよ」
「……本当にクルルのこと好きだな」
少し呆れを含んだ目でイユリを見る。炙られたばかりだが、怒りはもうとっくに止んだようで、くすくすと笑って俺を見る。
「ランドロスくんってかっこいいしモテそうだよね。実際モテてるけど」
「……なんだよ急に、口説いてるのか?」
イユリはおどけた表情で俺の真似をするように「……そういうつもりじゃないが……」と言って、俺が顔を顰めたのを見て再び笑う。
「……ランドロスくんがモテるのは何となく分かるんだけど、ランドロスくんを好きになる人の気持ちは一切として理解出来ないよね」
「どういう意味だよ……」
「いや、腕っ節が強かったり、変に優しかったり、勉強は習ったことないけど頭は切れてたり、そりゃモテるよねとは思うんだけどさ、小さい女の子に縋りついたり、マスターのミニスカートに鼻の下伸ばしてたり、コミュ障だったり、ロリコンだったりとダメな部分が致命的すぎてね……」
「それ全部師匠にも当てはまってんだよなぁ……」
俺が反論すると額にデコピンを喰らう。理不尽な……。
「まぁ、腕っ節が立つのなんて、ただの徒花にすぎないと俺は思うがな。……結局、やれることなんて相手を打ち倒すことぐらいのもので、本当に必要なのはカルアやイユリがしているようなことだ」
「意外だね。いっつも修行したりなんだりって感じなのに」
「価値のあるものを守ろうとしたら必要になることもあるだろ。みんながみんな、人から物を奪おうと思わない奴ばかりじゃないからな」
水を口につけて、小さくため息を吐く。
「……話が逸れたな」
「あ、うん。五つ目はこれだよ」
イユリは手提げ袋から何かの宝石と魔石を取り出して机の上に転がす。宝石ではあるが、装飾用に加工されたようなものではなく、原石を荒く削ったようなものに見える。
「……宝石?」
「うん。宝魔法って古びた魔法があってね。簡単に言うと、魔石から取り出した魔力を宝石に通すことで特定の属性の魔力を抽出して吐き出すみたいな感じ。言ってしまえば、魔道具と魔法の間みたいな技術だね」
「……自分以外の魔力を操る練習か」
「そういうことだね。実戦で使えるようなものじゃないし、完全に練習と割り切ってやってね」
「分かった。それでどんな訓練をしたらいいんだ?」
俺がイユリに尋ねると、イユリは俺の後ろを見て「あっ、ま、またね」と口を開いてそそくさと逃げていく。
何かと思って振り返れば、頬を掻いて申し訳なさそうな顔をしたヤンが立っていた。
「あー、会話中悪いな。邪魔をしたか」
「いや、人見知りして逃げるイユリが悪いだろ。……ギルドの仲間にも人見知りしたりするんだなイユリも古参だし、ヤンもここで産まれたんだからかなり付き合いは長いだろ」
「あー……ガキの頃、悪戯でカエルを見せた時からずっと避けられてる」
「ヤンお前な……」
「いや、反省はしてるけど、もう十年以上前だぞ……」
ああ、ハーフエルフのせいで時間感覚が違うからか。人見知りというか、極端に人が苦手なのかもしれない。
「一度出直そうか? イユリさんも俺が離れたら戻ってくるだろうし」
「いや、昨日は俺の都合で訓練を休んだから、今日は真面目にやるよ。……あ、今謹慎中でひとりで外出するの禁止されてるから、ちょっと嫁を呼んでくるから待っていてくれ」
「……謹慎って何をしてんだよ……。まぁいいけども……」
ひとりで勉強中のカルアの方に行き、ヤンの訓練に着いていくことを伝えるとカルアは本を閉じてパタパタと荷物を持って俺の横につく。
「あれ、カルア、それはなんだ?」
「あっ、軽食とお飲み物ですよ。気が効くお嫁さんですからね。まったく、ランドロスさんは幸せものです」
……いや、何もかも否定出来ないが、無性に否定したい気持ちに襲われる。
カルアが気が効くのも、俺が幸せ者なのも確かだが。
ヤンに呆れたような表情で見られてから三人で果樹林の方に向かい、まずはヤンの動きを確認する。
人間よりも感覚に優れた獣人の血のおかげか、短い期間だというのに動きはかなり良いものになっていた。かなり特殊な戦い方のはずだが、体幹はしっかりとしていて動きに淀みがない。
「……よく出来ているな」
「そうか? まぁ多少マシにはなったが」
「やっぱり種族的な要因があるな。単純な身体能力と感覚の鋭さは大したものだ。代わりに魔法があれだが、それを余って補えるだけのものがある」
この調子なら、本当に戦果を上げて騎士爵をもらったり出来そうだな。……そうすると協力した俺がギルドの女の子達から恨みを買うことになる。
……うん、早めにこの修行にギルドの女の子達も呼ぼう。チャンスは与えたとなれば、恨みも買わないだろう。




