暗号
「まぁ不仲なのはそうなのかもしれないが、仲が悪いってだけだと……いや、殺そうとしたな。お前らは」
俺がそう言うと、グランは首を横に振る。
「一応言っとくと、別に不仲だからってわけじゃないぞ。あれは確か……レンカの提案で、シユウとルーナが乗った形だ」
「……自分は関係ないと?」
「いや、普通に喉に槍を刺しただろ。ちゃんと殺す気はあった。俺からしても、魔王を殺すのに半魔族の協力があったとなると面倒くさいから隠しておくのには賛成だったし、レンカが提案しなければ俺がしていた。不仲だからではなく、利益として合わないからだ」
どっちにせよゲスなのには変わらない……というか、改めて最悪だな、四人とも。
「が、まぁ……そこは大きな問題ではなくてな」
「問題にも程があると思うが。一度でいいから自分の言動を見直すことを勧める」
「問題なのは、お前に対して明確な殺意を持っていたのは俺とレンカだったということだ。シユウとルーナは感情的な奴だが、レンカはそうではないだろ」
「はぁ……いや、普通にお前と同じ理由じゃないのか?」
「俺とレンカは立場が違う。俺の場合は責が問われる可能性や、功罪相半ばとして栄誉がなくなる、あるいは最悪処罰を受けることも考えられる。だが、国の管轄外……あくまでも協力者の立場であるレンカはそれがなく、ランドロスからの反撃の方が恐ろしいはずだった」
俺は獣人の女性の手から食わされそうになる菓子を避けつつ、グランを見る。
「つまり、俺どころかお前も知らないような秘密がレンカにはある……と」
「そもそも、騎士としての立場を上げたい俺と、教会内での立場を上げたいルーナ、聖剣に選ばれたシユウは魔王を倒しに行く目的がハッキリしていたが……お前とレンカはよく分からず不気味だ」
「……惚れた女を守るために必要だと思ったからだ」
俺が軽く目を伏せながらそう言うと、グランは一瞬だけ驚いた表情を浮かべてから微妙な表情に変わる。
「……一瞬かっこいいことを言ったように見えたが……女って言うか……子供……」
「……性別は女性だ」
「いや……子供……。というか、あの妙に怖い子供が好みって、性癖が尖りすぎじゃないか?」
「いや、シャルは優しくて気の弱い女の子だが」
「どこの気の弱い女の子が俺に啖呵切るんだよ……」
優しさがいきすぎて気の弱さを押し殺して立ち向かっていただけである。別に気の強さからの行動ではない。
……シャルが勇気を出して追い払ってくれたのに、こんな風に話すのは非常に申し訳ないな……。いや、まあ裏切る可能性を除けば話し合って協力出来る相手だなら仕方ないが……。
「まぁ、お前の目的はそれでいいとしてもレンカはよく分からないだろ。その上、あの状況では不必要だったお前の殺害をリスクを負ってまでやった。今更だが、あんなチャンスは滅多にないからな。もう少しでも体力があれば返り討ちだし、そうでなければ魔王と戦うことになっていた。裏切ると仲間内で事前に決めておくのは危険だ。普通、やれそうなタイミングがたまたま回ってきたらやるぐらいだろ」
「……やっぱりお前が一番の悪党な気がしてきた。……が、まぁそうだな。指一本、呼吸一つ、魔力が少し、それだけあれば一人ぐらいには反撃出来たし……あんな状況が巡ってくると事前に判断は出来ないだろうしな。本来ならかなり無理をして俺を殺す感じだったのかもな」
「ハッキリ言って無茶だ。成功しかけたのは運が良かっただけで、普通に危険すぎる手だ」
獣人の女性達は俺たちの会話の血なまぐささにか、あるいは殺人未遂の加害者と被害者が普通に話しているというおかしな状況にかドン引きして距離を置き始めている。
まぁ、近くにいられると警戒してしまうので好都合である。
「……つまり、レンカは何か大きな目的があって魔王を殺し、その目的のためには俺が邪魔だったと」
「その可能性が高い。お前の視点では勇者パーティが殺されたのはルーナで一人目かもしれないが、視点を変えれば二人目だ。それにルーナを一方的に殺せる奴なんか少ないだろ」
「……ルーナの腹部には色々な大きさの刃物で刺された傷があった。レンカの場合は水魔法で溺死だろ」
「いや、普通にひとりで殺すってことはしないだろうから妥当だろ。前衛に何人も雇って、自分は後衛にいるのは。それに、せっかくなら刺したいだろ、あんな奴」
「……ひとを斬ったり刺したりする感触は嫌いだ」
俺がそう言うとグランは「あれだけ人を斬りまくっといて何言ってんだ」とでも言いたげな視線を俺に向ける。
「はいはい。……まぁ、俺はレンカを一番に疑っている。……というわけで、俺もお前のところのギルドに入っていいか?」
「いいわけないだろ。意味が分からない」
「いや、このまま国に戻るのも危ない。化け物と戦わされることになるし、人間に後ろから撃たれるかもしれない。英雄という称号を失うのは勿体ないが……流石に命とは釣り合わない」
「……いや、じゃあなんで俺の近くだよ。俺が復讐するだろ」
「ランドロス……お前がわざわざ自分から人を殺そうとするとは……」
そう言ったグランの口にナイフを入れる。
「……お前、馬鹿か? ……俺は必要があれば殺す。憎い相手なら尚更だ。お前のような平気で人を裏切るような奴が嫁の近くにいると危険だから、そうするつもりなら今すぐにでも殺す」
グランは俺が本気で言っていると分かったのか、冷や汗を流してふがふがと口にする。
ナイフを引き抜いて異空間倉庫に仕舞う。
「大方、お前がルーナ殺しの犯人に襲われた時に守ってもらえるかもしれないと思ったのかもしれないが、お前は死んだ方が好都合だ。分かるか? 俺がお前を今生かしているのは、役に立つと考えているからだ。さっさと情報を吐いて、足を使って情報を集めろ。迷宮内に埋めにいけるのはデカい組織だ。お前なら見つけられるだろ」
「っ……いや、今回は本気で命の危険を感じているんだ。ここには仲間も部下もいないし、レンカと複数人で襲われたら殺される。ランドロスに代わりに戦ってくれとは言わない。だが、せめて近くにいたら牽制に……」
「却下だ。信用出来ない」
「……いや、そんなことを言っても……」
「……三択だ。俺からも国からも逃げて遠くの国に行く、俺に従う、俺と戦って死ぬ。好きなのを選べ」
「っ……」
グランは俺が本気なのを理解して、ぎりっと奥歯を噛む。
「人を雇ったりすることは邪魔しない。適当に金で仲間でも作って対抗しろ」
「……ああ」
「どうやっても勝てない場合は考えてやる。が、嫁に知られたくはないから連絡方法は限らせてもらうぞ。……そうだな。ギルドに依頼を出せ、他に誰も受けないような安値でな。魔石の納品依頼で、納品するのが魔石一個なら報告情報、二個なら敵に見つかった、三個ならその他連絡や相談、四個なら緊急事態。依頼報酬が銅貨一枚ならグラン自身でどうにか出来る、二枚なら俺の助けがいる、三枚なら対応不能。という具合でいいだろう」
グランは軽くメモを取ってから口を開く。
「それ、どこで依頼を出せばいいんだ?」
「俺も出したことはないが、迷宮鼠に出すならギルド組合の本部か迷宮鼠の受付だな。まぁ、余程の場合でもなければギルド組合の方でギルドを指定して出せばいい。金も大してかからないしな」
「断られる可能性は?」
「手数料を取るのが主な収益だから、金を払えば引き受けるはずだ。まぁそんな依頼を引き受ける奴はいないから無駄になりますよ、と止められるかもしれないが、構わないと言えばいい」
グランは軽く頷く。
「じゃあ、その場合どこで落ち合う?」
「衛兵の詰所でいいだろ。衛兵とも情報を共有しておきたいし、時間に関しては魔石の産出階層を指定したらいい。特記事項で1階層で取れた魔石に限るって書いたら、一時に合流という具合で」
グランに呼び出されて嵌められる可能性も考えたが、集合場所を衛兵の詰所に限定すればそれも出来ないだろう。
まぁこれ以上の話は不要かと考えて立ち上がる。
「じゃあな」
「ああ」




