にゃ
流石に大の大人が二人夜の街頭で立ちっぱなしで話をするわけにはいかないので、店に入るのは必然である。が、なんでだという気持ちが心の奥底から湧き出てくる。
「どうしたのにゃ? 機嫌悪そうにゃー」
「……えっ、あっ、すみません。悪くないです。とても楽しいです」
尻尾にリボンを付けた猫の獣人が甲高い声を出してくるが、正直めちゃくちゃ怖い。なんで語尾に「にゃ」とか付けるんだ? そんな獣人初めて見た。
ネネが「にゃ」などと言っているところは見たことがない。ネネの語尾は「馬鹿」か「死ね」である。
思わず敬語で返してから、グランを睨む。
「……飲み屋しか開いてないのは分かるが、何故こういう接客のある……しかも猫の獣人の店に」
「いや「お前の好みに合わせてやる」って言ったろ?」
「……猫の獣人が好きなんて一言も言ったことがないだろ」
「お前が仲良くしてる女、人間か猫の獣人かエルフぐらいみたいだから好みなのかと。エルフなんて希少種族のいる店なんかないしな」
「調べるなよ気色悪い……。というか、別に仲良くしてるのと好みは関係ないだろ」
獣人の中でも猫の獣人は小柄な女性が多く、一見してロリコン受けがいいように見えるが……正直なところ顔付きはそこまで幼くないし、普通に胸や尻も膨らんでいるので子供には到底見えない。
そもそもネネの方が可愛いのでわざわざこんなところで金を払ってまで話すような必要性は一切としてない。
密談には向いていないような場所だが……いや、グランのことだから、俺の気が変わって殺害されることを恐れて、女子供のいる場所を選んだのだろう。
俺が女子供の前だと血生臭いことを避けることを知っての行動だ。
「グランさんも、今日はなんだかムッツリしてるにゃ?」
「……今日は?」
……えっ、もしかして常連なのか? 純粋に猫耳娘が好きだからきたのか……?
俺達の間に微妙な空気が流れる。
「……それで、ランドロス」
「今の空気感でよく本題に戻る方向に舵を切ったな。宿に泊まるのは偽名のくせになんでここだと本名なんだよ」
「……偽名で呼んでもらっても嬉しくなくないか?」
「国命を受けている奴が女の子のいる店で喜びを得ようとするな」
……どうしよう。ぶん殴りたい。
「それでランドロス」
「かつてない強引さを感じる」
「それでランドロス……犯人は誰だと思う」
「いや、他のやつならまだしも、ルーナだと動機があるやつの人数が数百人はいるだろ。特定は無理だ」
「動機がある奴が数千人いても、こっちの国と交流がある奴は少ないだろ」
「そうは言ってもな……それでも該当する奴が多すぎる上に、一時的な入国なら一時期前までならかなり緩かったしな」
前のミエナに連れられてきたときもそうだが、俺はなんでこんな店で真面目な話をしているのだろうか。
猫の獣人の女性も俺達を引いた目で見ている。
「気になるのは、何故迷宮内に捨てたのかってところもだ。普通に街道から外れた森にでも捨てた方が見つからないだろうしな」
「それは、この国で殺したからだろ。死体なんか持ってれば門で止められる」
「それは迷宮も一緒だ。むしろ行商人のフリが出来ない分迷宮の方が厳しいだろ」
「まぁそこら辺の手口までは分からないが、この国で殺された可能性は高そうだな。というか、そうじゃないと不自然だ」
まぁ……それはそうだな。外からこの国に持ち込む意味はない。普通は迷宮と国外なら迷宮に入れる方が難しいが、特殊な事情があればその限りではない。
ルーナがこの国で殺されたことは間違いないと思う。
「だが……なんで何日も放置したかだな。普通ならもっと早く、匂う前に捨てにいくだろ」
「計画的なものではなく、揉めて衝動的に殺して、処理の方法はあとから考えたとか?」
「……アホらしい話だが、ルーナの性格の悪さだとあながちあり得なくないのがな」
俺の言葉にグランが頷く。
「あと気になるのは、生きた状態でこの国に来たのは何故かって話だ。贅沢好きなルーナが意味なく旅行に来たとは思えないことか」
俺が続けてそう言うと、グランは眉を顰める。
「……俺と同じじゃないか?」
「国命で戦える奴を探すか? ルーナがそんな指示に従うとは……」
「いや、そうではなくお前が生きていたことに気がついたとか」
「……それで、トドメを刺そうとか」
「いや……いや、まぁそれでもいいか」
深くため息を吐いたグランはゆっくりと指を二本立てる。
「当然他の奴の可能性も高いが、今思い浮かんだのはふたつの可能性だ。一つはルーナの雇った使用人、これはルーナと共に行動しているだろうし、まぁルーナと行動していれば恨みは持つだろうからだ」
「……足の着きにくい他国で殺した……か? だとしてもこっちの奴らと通じている理由が分からないな」
「まぁそういう使用人は結構な割合でそこそこ家柄がいいからな。普通に繋がりがあっておかしくない」
まぁ……そういえばカルアの元侍女も貴族の娘だったな。王女と英雄では立場は違うだろうが、身分が高ければそれに応じて使用人も身分が求められるのだろう。
「もう一つは?」
「レンカがやったとしたら説明がつく」
グランが酒を飲みながらそんなことを口にして、俺は思わず素に返って否定する。
「いや……いやいや、それはないだろ。仲間だし、ルーナもレンカもシユウと結婚したんだったら家族だろ。殺すわけないだろ」
「いや……普通、そういう関係は仲悪いだろ」
「うちは仲良しだぞ? むしろ俺とよりも仲がいい」
「……いや、まぁ…………お前が言うならそうなのかもしれないが、普通はめちゃくちゃ仲が悪いもんだろ」
そうだろうか……? いや、まぁ……そういうものか? だとしても、かつての仲間だったレンカが殺すというのは……。
「……それに不仲以前に……いや、何でもない」
グランがそう言うと、猫の獣人がグランに甘えるように言う。
「何の話をしてるにゃ? それよりお酒飲んでもいいかにゃ?」
「……あの、その「にゃ」って語尾なんです?」
思わず尋ねると、猫の獣人は首を傾げる。
「獣人はこんなもんにゃ」
「いや……知り合いに獣人もいるけどそんな奴初めて見たんですが……」
獣人が語尾に自分の種族の鳴き声っぽいものを付けていたらヤンとかどうなるのだ。語尾に「マゾ」とか言い出すことになるのだろうか。
あとメレクとかはもはやめちゃくちゃな語尾になりそうである。
「獣人はこんなもんにゃ」
「ええ、いや、声帯は人間と変わらないんだから語尾が変わるのは……」
「獣人はこんなもんにゃ」
「……あ、はい。すみません」
早く帰りたい……。何が悲しくて、寝不足なのにおっさんと話したり知らない女性に怒られなければならないのか。
今すぐシャルに抱きついて寝たい……。




