高潔
ルーナが馬鹿なことは否定しない。
グランは俺に顔を向けて、けれども歳で皺の寄った瞳を逸らす。
「……てっきり、俺たちの誰かが死んだらもっと喜ぶかと」
「…………まぁ、利益とかの話をするなら、全員死んだ方がいいに決まってる。だが、まぁ……遺体の横で喜ぶ気にはなれないな」
俺の言葉を聞いたグランは軽く歯噛みする。
「チッ……高潔ぶりやがって。お前のそういうところが、シユウから憎まれていた原因だろうが」
「……そんなこと知るかよ」
「半分魔族がどうこうとか、そういう話じゃねえんだよ。少なくとも、俺とシユウの馬鹿は、初対面の敵対していたとき以外は……心底どうでもよかった。お前の人格がただただ不快だった」
その言動に嘘はないのだろう。
けれど、意外に思う。あの効率やら合理やらのために倫理観や道徳心を捨てている男が、自分よりも強い俺に毒を吐いていた。
俺がシユウに殺されかけたときでさえ、反撃を恐れて少し離れたところに立っていたあの男が……。
「……頭を冷やせよ、グラン」
「……ああ」
「話は後でしよう。外の空気でも吸ってこい」
ルーナの死が原因なのは間違いないだろう。いくら不仲だったとは言えど、一年……いや、グランが加入したのは俺よりもだいぶ前だから二年近く共に寝食をしていたのだ。
嫌いだったとしても喪失感は大きいことだろう。
グランは手に持っていた指輪を俺へと向ける。
「……返そうか? これ」
「いらねえよ……。ボロボロになっている上に、腐乱死体の口から出てきたものを嫁に渡せるわけがないだろ」
「……そうか。よかった」
「よかったって……お前、それ欲しいのか? 露店の安い奴だぞ。指輪の大きさもかなり小さいし、誰かに渡すにしても……」
もしかしてロリコンか? シャルと同じぐらいの体格の女の子に指輪を渡そうとするとか……明らかにロリコンである。捕まらねえかな、コイツ。
「違う。コイツと一緒に埋めるってだけだ」
「別に構わないが……」
こんな安物よりももっといいのがたくさんあるだろうと思うが、まぁ俺が気にするようなことでもないか。
グランはそう言ってから部屋から出ていく。
どうしたものか。……このことはこれきりにして無視をしてもいいかと思ったが、ルーナはこれでも勇者パーティにいた女だ。
近接戦闘は不得手だが、それでも適当な暗殺者程度であれば油断してしたとしても返り討ちにするだろう。
可能性は高くないが……魔族が恨みを持って復讐してきたのだとしたら、俺が狙われるかもしれない。放置は下策だろう。
まぁ……俺の存在は魔族の方にもほとんど知られていないはずなので大丈夫だとは思うが……気をつけるのに越したことはないだろう。
俺もこの部屋にいる理由ももうないので部屋から出て廊下で佇んでいると、俺の側にいた新人の衛兵が少しいつもよりも好意的な視線を俺へと向けていることに気がつく。
「異空さん、勇者様の仲間だったんですね。道理で強かったんですね……!」
「いや……まぁそうなんだけど、言いふらしたりはやめてくれよ?」
「なんでですか? すごいことじゃないですか」
「…………お前さ、あの勇者の仲間だって言いふらされたら嫌じゃないか?」
俺が新人の衛兵にそう言うと、彼は「ああ……」と勇者のことを思い出して遠い目をする。
「でも、勇者さんも異空さんの仲間って言われたら嫌がる気がします」
「と、唐突に辛辣だな……。えっ、俺何かしたか?」
「いえ、まぁ……よく通報を受けて、話を聞いてみたら異空さんであることが多くて肩透かしを食らうことが多いですね」
「……通報?」
「不審な男が幼い少女を誘拐しようとしているとか、無理矢理言い寄っているとか、毎日のように複数人の少女と結婚している変態がいることを説明する身としては、尊敬半分軽蔑半分ですね……」
新人らしい衛兵は少し疲れた表情でそう言う。
「いや……妻なんだから仕方なくないか……?」
「私は知っていても、全員が知っているわけではないので」
「そうなんだが……いや、なんか悪い。……先程吐いていたようだが、あまり吐かない方がいいぞ。酷い死体を見るたびに吐いてたら、戦争が起きたら歯が溶けてボロボロになる」
「吐きたくて吐いているわけでは……それに、ああいうものを見るのは時々ありますし、吐いたりはしてませんよ」
いや、吐いてただろ……と俺が疑う視線を向けると彼は首を横に振る。
「いえ、そうではなく……死んだ後に何度も刺されていましたし、結構な人数にされているようでしたから、どうにも……」
少し驚いて顔を見ると、思い出したのか青い顔をしていた。
「……あんなに酷いのは初めて見ましたよ。状態がではなく……殺され方が」
「複数人とか……分かるのか?」
「えっ、ええ、まぁ……刺し傷の大きさがまばらだったので別の刃物でしょうし、方向も違ったので」
「……他に分かることは?」
「検死結果を聞いた方がいいとは思いますが……ああ、少し不思議なのは化粧の跡がないのに、服は外に出るようなものだったことですかね」
「時間が経って落ちたとかは?」
「ありえなくはないですけど、生きている時と違って皺などが固まりますから、その隙間に残ったものはなかなか落ちないですね」
つまり……殺した後に顔を拭ったか、あるいは服を着替えさせたか。
それに腹をズタズタにされるほど恨まれていたのに顔には傷がなかったことも不思議だ。
「……ありがとう。参考になる」
「大丈夫ですか? ……仲間だったんですよね?」
「……まぁ、親しくはなかったしな。俺も嫌いだったし、ルーナからも嫌われていた……というか殺されかけたしな。まぁ思うところがないわけでもないが」
それよりも、ルーナを殺した奴等が気になるのが本音だ。
死人を悪く言うつもりもないが、悼んでやるつもりもない。
これからどうするべきか……流石にギルドの仲間にはこういう勇者パーティ時代の問題を頼むわけにはいかないが、ひとりで動くには流石に手が足りない。
色々と考えていると、外とつながる扉が開いてグランが入ってくる。
「……ランドロス、時間いいか」
「……嫁を待たしているが、仕方ないか。眠いし、食事もまだだが」
「それならどこか店に……ああ、まぁ一応お前の好みに合わせてやるか」
グランはそう言ってから建物の外へと出ていく。
「俺はランドロス、お前のことが嫌いだ。高潔ぶっていて見ていて気分が悪い」
「……高潔ぶってねえよ。お前達が勝手にしょうもないゲスになってるだけだろ。俺が気高いんじゃなく、お前が卑しいだけだ」
続いて外に出ると、腐敗臭のない清浄な風が流れる。
「……協力してやる。協力してくれ。次は俺かお前が狙われる可能性がある。俺はまだ死ねない」
グランと協力なんて……間違いなくシャルに叱られる。自分を裏切り殺そうとした奴と再び協力するなんて馬鹿げている。
だが……ひとりでは厳しく、ギルドの仲間に相談したり協力を求めたら、間違いなく俺の嫁の四人にも話が伝わってしまい、巻き込んでしまいかねない。
殺されて埋められているのがルーナひとりだったことを考えると、俺の関係者だからと嫁が狙われて襲われる可能性は少ない。下手に巻き込まないようにした方が賢明だろう。
そうなると……まぁ、どうしてもグランと再び手を組むのが視野に入ってくる。非常に、これ以上ないほど不愉快で、考えるだけで吐き気がしてくるが……おそらく、嫁を守るには一番良い手である。
人格はドブ水を煮詰めたような奴だが……俺に対してビビっているので、魔王戦の時ぐらい半生半死でもなければ裏切らないだろう。
それにコイツの能力自体は役に立つことは一年の旅で分かっている。
「……話ぐらいは聞いてやる」
可能であれば今すぐにでもズタボロにしてやりたいが……嫁のためなら、どれほど憎いやつでも、一時的に手を組むぐらいはしよう。
俺の中で一番大切なのは嫁だ。俺ではない。




