知人の死
「それで、これからどうする?」
「少なくとも数十人はいるような規模の組織だと思われるので、安易なことは出来ませんね」
「……この小さい国でそんなに人数いるか?」
「まぁ、かなり大きめのギルド並みではありますね。でも、それぐらいないとわざわざここまでするメリットがないので」
カルアはゆっくりと口を開く。
「死体の遺棄……というと大変なことのように思えますが、人が一人いなくなるということを隠す方がよほど大変というか、状況的に死体がなくとも殺人があったことが露見することはありえます。つまり、人がいなくなったことを隠すなり、堂々と周りの人を黙らせるなり出来るのかもしれないです。あるいは、他国から持ってきたとか」
「……悪い想像が過ぎないか?」
「まぁ多分そこまでではないですけど……。先程の数人は氷山の一角でしかないと思った方が自然ですね。下手に手を出しても尻尾切り、もしくは虎の尾を踏むだけになりかねませんから……」
「やるとしたら上を探した方がいいってことか」
「まぁそうですね。……そうするつもりでしたら、一人では抱え込まないでくださいね」
俺は頷いてからカルアの青い目を見つめる。
相変わらず綺麗だが……心配そうで不安げだ。俺の視線に気がついたらしいカルアはぱちぱちと瞬きをしてからスッと目を閉じた。
そういうつもりだったわけではないが……あまり恥をかかせるわけにもいかず、それに俺としても拒否をする理由がひとつもないのでその唇にすっと口をつける。
すぐに離れると、カルアがねだるように俺の服を引く。
「あんなことがあったんだから甘えるのはいいけど、そういうことばかりじゃなくて、普通に甘えろよな」
白く柔らかい頬をふにふにとつついてから抱き寄せる。
可愛いし、手を出したくはなるが……今は我慢だ。我慢。
カルアも気丈に振る舞ってはいるが、人の死には慣れていないからか少し顔色が悪いままだ。
直接目にしなくとも、知らない人であろうとも、人の死に触れればこうもなるか。
「普通にって……シャルさんみたいにですか?」
「そうじゃなくてもいいけど、適当でいい」
「えっと……じゃあランドロスさんみたいに甘えますね? げへへ、おっぱい揉ませろー」
「いや、そんなこと言ったことないだろ」
カルアは手をわきわきとさせながら俺の胸に手を当てて触るが、当然胸筋しかない。
「……ふひひ、おっぱいおっぱい」
「俺のことをなんだと思ってるんだ?」
「えへへー」
からかうように笑ってから、上目遣いで俺を見つめる。
「……そんな風に甘えてみます?」
「……あ、甘えて……みない。……我慢出来なくなる」
そういう目的の宿だからか、あるいは好き合っている男女がふたりきりだから当然のことなのか、この場の空気は我慢をしようとしている俺には毒である。
「それよりも……あー、そうだ、この際聞いておきたいんだが……。その、正直嫁同士の関係ってどうだ? 悩みとかないか?」
「えっ、特には……ああ、一応そういう心配とかはしてるんですね」
カルアは少し真剣な表情で考えはじめる。
「んー、そうですね。大きな揉め事みたいなのはないです。仲良くしていますけど、ネネさんとはいつもみたいな言い合いになることはありますね」
「あー、じゃあ俺が見てるのと変わらないか」
「そうですね。あんまりランドロスさんの前と別のところで言動が変わる人はいないです。あ、ネネさんはランドロスさんの前の方がちょっとキツイです」
「仲良くは出来てるか?」
「それもランドロスさんの前とそんなに変わらないかもです。そもそも、クルルさんとは日中は仕事が忙しいので会わないですし、ネネさんもランドロスさんがいるか用事があるか以外では関わらないので……。シャルさんとは仲良しですよ。家族なのでこういう言い方は変かもですけど、初めて出来た友達って感じです」
カルアの言葉に嘘はないだろうし、シャルとはかなり良好な関係なのだろう。シャルもカルアを信頼していそうな感じだったし、この二人は仲が良さそうだ。
クルルはまぁ忙しいし、クルルが休んでいる時はほとんど俺と一緒にいるのだからそりゃそうか。
ネネは……シャルとクルルとは間違いなく良好というか、むしろ俺よりもその二人との方が遥かに仲が良さそうである。
「多分、他の三人同士の関係でもドロドロギスギスしてるのはないですよ? 変な本でも読んで影響受けました?」
「……いや、シユウ……勇者の嫁ふたりは不仲だったし、異性を取り合う仲だとそうなるのかと」
「……聞いていた話ですと、勇者パーティが全員ギスギスしあってただけなのではないですか?」
「…………それは否定出来ないな。殺されかけた俺を横に置いといても、仲は悪かった。特にグランは……俺を含めた全員に不満を持っていそうだったしな」
まぁ、戦場で仲良しこよしという方がおかしいか。外が少し赤くなってきたのを見て、カルアの手を握りながら立ち上がる。
「そろそろ行くか。……ギルドまで一緒に行くけど、俺はその後、遺体を届けにいくな」
「えっ、私も一緒にいきます」
「遅くなったらシャルが心配するだろ。すぐに帰るし、衛兵の詰所も近いから大丈夫だ。……あまりカルアに無理をさせたくないのは、分かってくれるだろ?」
少しズルい言い方になったが、カルアは仕方なさそうに、けれども不満そうにコクリと頷く。
二人で宿から出て行こうとすると、受付の婆さんがボソリと「……はやいね」と言ってきた。
……いや、違う。そうではない。俺が早いのではない。
その評価には不満を持ちつつも反論などはせずに出て、カルアをギルドの前まで連れていき、それからすぐに衛兵の詰所に向かおうとする。
「あ、ご飯とか食べてからにしないんですか……?」
「シャルに会ったら理由を聞かれるだろうからな。出来たらこういうことは聞かせたくないからな。……シャルには適当に説明をしておいてくれ」
そう言ってカルアと別れて踵を返す。
なんだかんだとほとんど寝れていないので早く寝たかったが……まぁ仕方ないか、流石に戦場でもないのに異空間倉庫に人の遺体をしまったまま生活するのは気が滅入る。
衛兵の詰所にいき、復興の際に顔馴染みになった衛兵達に軽く手を挙げて挨拶する。
「あー、失礼。忙しいところ悪いな」
「ああ、【異空】殿。どうかされましたか?」
「……何と言うべきか……今日、迷宮に潜っていたんだが……人の遺体を見つけてな」
衛兵は少し気が重たそうに「ああ……」といった表情を浮かべる。
「そういうことでしたら、こちらではなく迷宮のギルド組合の方が……」
「いや、魔物による死ではなく、遺体の遺棄だ。事件性があるものだからこちらにきた」
「死体の……どこでですか?」
「12階層の魔石が採取出来る洞窟だ。後で地図にでも書いて渡す。埋めて隠してあったことや、おそらく埋めたであろう集団がいた」
「12階層……何日ほど前ですか?」
「今日の昼過ぎだ。空間魔法を使ってな。……腐敗が進んでいるし、あまり衆目に晒してやりたくはないから、この場ではなく渡すべき場所で渡したい」
「え、ええっと……少々お待ちくださいね」
衛兵は奥の上司の方に聞きに行き、上司らしき人と共に戻ってくる。
「あ、ではあちらの方にお願いします。あと、状況などを詳しく聞きたいので、後日で構いませんので話を聞かせていただけますか?」
「ああ」
詰所の奥に通されたと思うと、少し血の匂いのした場所に来る。
そこで言われた通りに、簡易的な棺の上に迷宮で入れた遺体を出す。
溢れ出てくる腐敗臭に新人らしい衛兵が「うっ」と鼻と口元を押さえて後ずさり、表情を強張らせる。
上司らしき人や周りにいた衛兵達も一様に目を細めて悼むような視線を送るが、俺は反対に目を見開いていた。
「…………は?」
思わずそんな言葉が口から漏れ出る。
周りで話し声などが聞こえるが内容は頭に入ってこない。
……この遺体、真っ暗な洞窟の中で見たきりで明るい場所で見たのは初めてだが……その顔には見覚えがあった。
忘れるはずがない顔。腐敗して崩れていようが、見間違えるはずがない顔。
何度も、何度も、毎日のように見ていたその顔は……。
「……ルーナ?」
勇者パーティの神官。俺と共に一年の旅をし、俺を裏切り、シャルや院長達を苦しめた……今は隣国で聖女として崇められているはずのその人だった。




