話し合い
やることをやるつもりはないが謎に緊張しながらカルアの手を引いて部屋に入る。
「あ、え、えっと……上着、返しますね」
返された上着をすぐに異空間倉庫に片付けて、部屋の鍵を閉める。
それから風呂やシャワーがあるのを見つけて、カルアに言う。
「埃とか匂いとか付いてるかもしれないから、湯浴みでもしたらどうだ?」
「そ、そうですよね。あ、でも着替えとか……」
「あー、シャルのならあるが……」
「えっ、なんでそんなの持ってるんですか。盗んだんですか? 返さないとダメですよ?」
ジトリとした目で見られる。……普段の行いのせいで盗みが疑われている。……いや、まぁシャルの服を欲しいと思ったことは多々あるが、本当に盗んでいたら自分で白状なんてしないだろう。
「いや、前の孤児院に行ったときに預かったんだよ。だいたいは棚に戻したけど、何かあったとき用に少し持ってるんだ」
「ああ、なるほどです。でも、シャルさんとはかなり体格が違いますから……せめてクルルさんのでしたら、着れなくはないですけど」
「じゃあ今着てるのを着直してもらうことになるか。まぁ……こういうところに寄ったのがバレるのもまずいしな。何もしないにせよ」
カルアは恥ずかしそうにこくこくと頷く。
「えっと、ランドロスさんお先にどうぞです」
「いや、後でいいぞ。俺は匂いとか気にしてないしな」
「なら、お先に失礼しますね」
カルアはペコリと頭を下げてから脱衣所の方に行く。
……いや、何もしないわけだから何の緊張も必要ない。
あくまでも……ここにいるのは、迷宮内で見つけてしまった犯罪への対応を話し合うためだ。
それにこの後、カルアを寮の部屋に返したら遺体を衛兵か何処かに届ける必要があるしな……そんな色に惑わされている場合ではない。
部屋の中央に堂々とある大きなベッドの上に腰掛けて、口元に手を置いて考える。
……正直な感想を言うと、妙である。迷宮内で殺したとして、十二階まで登るのに早いやつなら二日、遅くとも四日はあれば十分だ。多少腐りはするだろうが、あそこまで酷い状態にはならないだろう。
そもそも肉が腐らず新鮮なうちなら魔物に食わせたりも出来るのだから、わざわざ腐るまで待ってから埋める必要はない。
人の遺体なんて一刻も早く捨てたいだろうし、かなり腐敗するまで持っておくなんてことは理解し難い。
……迷宮の外で殺した奴を処理しにきた?
ふとそんなことが思い浮かび、ギシギシという音がとなりの部屋から聞こえてきて思考が途切れる。
「……集中出来ねえ……この宿」
いや、そりゃそういう目的の場所なのだからそういう音がしてしまうのは多少仕方ないことだが、むしろこの程度で済んでいるのは防音性が高いとは思うが……。
今、カルアはシャワーを浴びていて裸なんだよな。などと考えて悶々としているうちにカルアは風呂場から出てきて俺の隣にポスリと座る。
「お先いただきました。えっと、ランドロスさんもどうぞ」
「ん、ああ、すぐに出るから待っていてくれ」
「は、はい。ゆっくりで大丈夫ですよ?」
「匂いが付いていたらアレだから軽く流すだけだからな。帰ってからも体は洗うしな」
そう言ってから言葉の通りさっさと体を清めて服を着替えて部屋に戻る。
ベッドの上にいるカルアは両手を握り込んで膝の上に乗せて、顔を真っ赤に染めて隣の部屋の方の壁をチラチラと見ていた。
……そういや、ほんの少し音が聞こえるんだったな。
「ら、ランドロスさん」
「……あー、座るな」
かなり気まずい気持ちになりながら隣に座ると、耳まで赤く染めたカルアが決意したかのように言う。
「私……家、買いますね」
カルアはよほど音漏れが気になってしまうようである。
「……そうか、まぁ……そうしたいなら任せるが、クルルは寮から出たがらないだろうし、ギルドから遠いと面倒だからそこのところは考えろよ」
「色々と考えておきます。……えっと、迷宮での話ですね」
気を取り直して真面目な話をしようとするが、やはり隣が気になる様子で耳を少し抑えながらカルアが口を開く。
「え、えーっと……まず、状況を整理しますね。犯人らしき集団は確認出来たのが五名。腐敗した人間の遺体を、ノアの塔の12階層の人がほとんど来ない洞窟の中に埋めようとしていた。ですね」
「不確実な要素にはなるが、獣人らしい訛りをしていたな」
「それも考慮にはいれましょうか」
「さっき考えたんだが、12階層なんてすぐに辿り着ける階層であそこまで腐敗しているのは妙だ。1階で殺したとしても12階層にたどり着くのは四日もあれば十分だろうが、あの腐り方は二週間は経っている」
カルアはゆっくりと俺の方にしなだれかかりながら頷く。
「んぅ……でも、流石に人間大の大きさの荷物を持って迷宮に入ろうとしたら、入り口を見張っている衛兵さんに見つかりますよ?」
「……それもそうなんだが……迷宮内に保持しておく理由はないだろ。腐ってなければ魔物が食うしな。腐った状態で迷宮に持ち込まれたと思うのが自然だ」
「そうかもです。でも何か特別な方法がなければ見つかりますよね。あの人たち、真面目に仕事をしてますし、もちろんグルとかは考え難いです」
「まぁ、シルガのときもかなり真面目に復興作業に貢献してたしな。迷宮国自体小さな国だから末端が腐敗みたいなことは起こりにくいのもあるし、その可能性は無視していいと思う。……ならどうやってすり抜けたかだが……」
俺がそう言おうとすると、カルアは首を横に振る。
「情報が足りないので特定は難しいです」
「まぁ、そりゃそうか。……どうする? 俺が12階層に戻って捕まえて来てもいいが」
「……何か特別な方法が使える人、それこそランドロスさん以外の空間魔法使いがいたとして、死体遺棄の実行犯に加わっているとは限りません。私ならリスクが高いことは変えが効く人材にさせます。尻尾切りされるだけかと」
カルアの頭をよしよしと撫でつつ、首を傾げる。
「……カルアは組織的な行動だと踏んでいるのか?」
「えっ、はい。ある程度手慣れているように思いますし、状況として誰かに依頼されて捨てに行ったという方が自然かと。……マフィア的な組織があるのかもしれないです」
「……だとしたら、下っ端を捕まえても解決出来ない上に目をつけられて損をするかもしれない……か」
徹底的に争うなら勝てるのは間違いないが、争うこと自体損であるし、周りの人を巻き込むかもしれない。
パッと上の奴を捕まえられるならいいが、そうでなければ割に合わないか。
「……まぁ、何人も生捕りは難しいしな」
「はい。悔しくはありますが、埋めに来た人は衛兵さんに通報する程度でいいかと」
俺の膝の上に頭を乗せて寝転がっているカルアの言葉に頷く。




