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遺体

 ふたりで外に出て周りを見回す。

 特に人影がないことに安心しつつ、よく考えたら洞窟の中からそのまま帰っても良かったことに気がつく。

 いや……洞窟の中で扉を出したら街中で腐敗臭がすることになるからこれで良かったか。


 カルアの手を引き、岩陰に移動する。

 あまり心配はさせたくないし、すぐ帰るか……。そう切り出そうとしたところで俺の手が強く引かれて、少し体勢を崩したところでギュッと頭を抱きしめられる。


 ふにゃりと柔らかい感触に顔が埋まり、驚いて思わず声を上げようとするが、カルアが優しげな手つきで俺の頭を撫でていく。


「お、おい」

「……大丈夫ですか?」

「な、何がだ。何のことだ」


 嘘を吐いたので人の死体のことはバレていないはずだ。そう思って誤魔化そうとするが、カルアは優しげな声で俺を慰めるように言う。


「……魔物じゃなくて、人だったんですよね」

「っ……い、いや、そんなことは……」

「分かりますよ。魔物を狩って食べ切れなくても、あんな腐敗臭がするのには何日も必要ですし、そもそもあんなところで寝る人なんていません。何かを隠そうとしていて、それが腐敗するものだった……なんて、答えは一つしかないじゃないですか」


 よしよしと頭を撫でられながらそんなことを言われて、それでも否定しようとすると、カルアは先手を打つように言う。


「ランプの油、まだありますよね。さっきのランプを出して、それに油が入ってなかったら信じますよ」

「そ、それは……」


 カルアに人の死などの不幸に触れさせたくない。そう思って思考を巡らせる。

 異空間倉庫の中のランプの油だけを先に取り出して捨てたり出来るか……? いや、そこまでのコントロールは出来ない。

 なら、ランプの中を空間拡大することで油の量を少なく見せるとか……。


 俺がそんなことを考えていると、カルアは「それに……」と続ける。


「ランドロスさんが「魔物の遺体」って言いました。死体でも死骸でもなく、遺体と。……まだ短い時間しか一緒にいれていませんが、ランドロスさんのことはよく分かっているつもりです。たとえ嘘でも……亡くなった方を死体と言うのは憚られたんですよね。だから、どんなに証拠を見せられても、信じませんよ」


 何かを言おうとして、けれども言葉が浮かばずに黙り込む。それからカルアに頭を抱えるように抱きしめられたままのことを思い出して離れようとするが、離してもらえない。


「……別に、見慣れたものだから気にしなくていい」

「じゃあ、私が怖かったので恐怖で引っ付いているんです」

「……じゃあって何だよ。迷宮内だ。危ないから離せ」

「街中に戻ったら街中でひっつくなって言いませんか?」

「……そりゃ言うけど」

「じゃあダメです。ショックを受けてるのが直るまでは離しません」

「いや、本当に危ないから……わ、分かった。とりあえず、街に戻って、人がいないところに移動してからにしよう。な?」


 カルアは俺が折れたの見て、満足げに頷いてから俺をギュッと強く抱きしめて、それからゆっくりと離す。

 一応、先程のやつや魔物が近くにいるかもしれないので急ぎ気味で扉を出して、カルアの手を引いて街中へと戻る。


 先程の路地裏に戻ってきたのを確認してホッと息を吐く。

 我ながら単純すぎて嫌になるが、カルアの胸の幸せな感触や好きな匂いのおかげで鬱々としていた気分は少し晴れた。


 それにしても柔らかかった……と考えているとカルアにちょんちょんと手を引かれ、我に帰って空を見るがまだ夕方にはなっていない。もう少しゆっくりしていても大丈夫か。


「……カルアは……どう思った?」

「……まぁ色々と思うところはありますが……ここで話すのは避けた方がいいかと。路地裏とは言っても人が来ないとも限りません」


 それはそうだが……密談出来るような場所か。

 前にカルアの元侍女に連れていかれた店はここからは遠いしな。


 不意に近くに連れ込み宿があることに気がつく。

 別に他意があるわけではなく、以前ナーガからもらった異種族でも問題なく使えるらしい宿の情報を思い出す。


 何か特別な意味や下心があるわけではないが……ナーガからもらったあの宿に印のつけられた地図はかなり読み込んでいて、すぐ近くの宿が問題のないものであることを記憶している。


 いや、そんないやらしいところに誰かを連れ込もうとか考えたことはないが、一切としてないが、街の土地勘を得るために読み込んだのだ。それだけのことである。


 俺の視線に気が付いたのか、カルアが「あっ」と口にしてから顔を赤らめる。


「えっ、えっと……その、は、はい」


 何も言っていないのに同意を得られてしまった。

 カルアは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いていて、正直言って堪らなく可愛い。宿とは言わず今すぐに抱きしめてしまいたい欲求に駆られるが、理性がそれを何とか押し留める。


「……あ、い、いや、他意はなく……先程の場所で変な匂いが付いたかもしれないから、それを落とすためということでな。他にゆっくりと話せそうな場所もないし、本当にな」

「わ、分かってます。その、まだ早いと先程言われたばかりですし。でも、その……そういうことをしないにせよ。て、照れはすると言いますか」


 恥ずかしそうなカルアに嗜虐心を煽られるが我慢して、軽く手を引く。


「まぁ……変な匂いをさせて帰ったら三人も心配するだろうしな。何もしないから、行くか」

「そ、そうですよね」


 中に入るとヨボヨボのおばあさんがこちらを見て、興味がなさそうに接客してくれる。

 正直なところ、愛想があるのより、こんな風に愛想がない方が助かるな。


 半魔族の男が育ちの良さそうな幼い少女を連れ込むというどう考えてもまずい状況なわけだし、人によっては衛兵を呼ばれてしまいそうである。


 金を払って部屋の鍵を受け取り、カルアの手を握りながら宿の階段を登る。

 カルアはいつもの軽妙さはなく、ただ恥ずかしそうに顔を赤くして歩く。


 前のシャルとも一緒に行き、土壇場で怖気つかれた時と同じ雰囲気である。


「あ、あー、本当に我慢するから、そんなに緊張しなくていいぞ」

「そ、そうですよね。が、我慢しますよね」


 カルアはそう言ってから俺の方を見て、パッと顔を逸らす。


「が、我慢(・・)……をするんですか?」


 しまった……!

 と思うが後の祭りだ。我慢をするということは、めちゃくちゃしたいけど耐えるという意味合いになってしまう。

 実際その通りだが、誘いはするもののそういうことが出来ないカルアからしたら少し恐ろしいものだったかもしれない。


 カルアは白い髪から覗かせる耳を真っ赤にして、俺を見つめる。


「……その、あの……えっと、恥ずかしかったり怖かったりで、出来なかったですけど……。その、無理矢理する分でしたら、私の協力が必要ないので、実行に問題はないかと思います」


 カルアは顔を真っ赤にしながら言うけど……。いや、問題はありまくりではないだろうか。無理矢理は。

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