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遺体

 「それじゃあ帰るか」と声をかけようとしたとき、空間把握が洞窟の奥の方に人影を見つける。


 ここは日帰りでは帰れないような場所だ。日帰り出来る限度は7階層ぐらいのもので、12階層ともなれば行ってすぐに帰るだけでも3日はかかるので、この辺りになると探索者の量はグッと減る。


 魔石の質や大きさに差はあるが、魔石自体は1階層でも取れるのでこの人影の目的は魔石ではないだろう。


「ランドロスさん、どうかしたんですか?」

「……少し気になってな」


 風や雨が来ることのない洞窟の奥で泊まって休憩をするつもりなのかと思ったが、その割には奥にいきすぎだ。それだと火を焚けば煙が充満してしまう。

 ここまで来れる探索者がそんなことも分からないなんてことはないだろう。


 どうにも妙……何も知らない奴が奥に探索しに行くという可能性も考えはしてみるが、これぐらいの階層ならただ同然で地図が買えるのに持っていないなんてことがあるだろうか。


 ……何事もないとは思うが……少し探った方がいいか? それともカルアがいるから自重するべきか。


「気になる、ですか?」

「ああ、どうやら洞窟の奥の方に人がいるみたいなんだが、この先は何もないし、野宿するには奥すぎるだろ。あまり奥の方だと火が使えない」

「ん……んぅ……気になるなら声をかけてみますか?」

「装備が壊れたり食料がなかったりで進退出来ない状況とかかもしれないし、少し近寄ってみてもいいか?」

「はい。もちろんです」


 見つけてしまった以上は放っておくのも……カルアからの好感度が下がってしまいそうである。

 ランプを取り出して火を灯しつつ、足場が良くないのでカルアの小さな手を握る。


 カルアはほんの少し照れた仕草をしながら俺の手をギュッと握り返し、目を細めて奥を見ようとする。


「そろそろ灯りぐらい見えてもおかしくない距離だが……油とかもないのか?」


 よほど困窮しているのかもしれないと思って近寄ると、こちらの灯りに反応したらしく一団の中のひとりが駆け寄ってくる。


「ど、どうかしたのか?」

「いや、こんな何もないところに探索者がいたから、何かあって魔物から身を隠すなりしているのかと思ってな」


 男はフードを深く被っていて、口元を布で隠している。ほんの少し濃い土の匂いを感じながら一歩近寄ると、後退りはしないものの少し引いたような様子を見せる。


「いや、そういうわけじゃなく……野宿をしようかと思ってな」

「……こんなところだと火を焚けると煙の毒で死ぬぞ? もっと手前でした方がいい」

「いや、仮眠を取っていただけだから大丈夫だ。もう出るしな」

「そうか……特に困ってはいないんだな」

「ああ、もちろん」


 なら大丈夫かと思って洞窟から離れようとしたとき、カルアの手が俺の手を少し引いた。

 急いで離れたいような仕草を見せたので、それに合わせてカルアを連れて洞窟から出る。


「何かあったのか?」

「……腐敗臭がしました」

「腐敗臭? ……奥からか?」

「はい。……一人だけじゃなかったんですよね?

「ああ、何人か奥にいたが……腐敗臭のするようなところで寝泊まりしていた……というのは不思議だな。そういや、あの男……土の匂いがしていたな」


 何か妙な雰囲気があった。そもそも、あんな洞窟の中で灯りを一切付けずにいるのは不自然である。


 困窮していたわけではなく……何かを隠していた?


「……どうする?」

「……ん、迷宮の禁忌があるので長居はしないはずです。目的が何かは分かりませんが、終わったら出てくると思うので、それまで隠れて待っておくべきかと」


 面倒だしさっさとこんなところからは出たいが……妙なことを放置しているのも気持ち悪いし、カルアの様子を見れば諦める他なさそうだ。

 迷宮内だと時間が分からないからあまり長居したくはなかったが……仕方ない。


 近くの木の影にカルアとふたりで伏せて隠れる。


 木の葉を揺らす風が頰に当たり、俺とカルアの距離を近寄らせる。カルアに被せた俺の服がゴワゴワとしていて、肌の感触が分かりにくい。


 不意に……嫌な予感がして立ち上がる。


「どうかしたんですか?」

「……隠れる場所を変えよう」

「えっ、あっ、はい」


 カルアを連れて別の場所に移動して岩の陰に潜む。


「……えっと、あまり距離に変化がないような気がするんですけど」

「……気のせいかもしれないんだが……声の感じがメレクやヤンに似ていた気がしてな」

「メレクさんとヤンさんですか?」

「……言葉にするのは難しいんだが、獣人っぽい訛りというか、話し方というかな」


 風上だと見つかる可能性が高い……かもしれない。ちょうど耳もフードで隠れて見えなかったし、獣人である可能性は捨てきれない。


「……なんか、ドキドキしますね。こうやって隠れるの」

「……普通にカルアと近いから緊張はするが、別にアイツらに関しての緊張はないな」


 立ち振る舞いを見れば分かるが、あまり強くない。もしも戦闘になったとしても問題なく数秒で制圧出来る。


「毎日一緒に寝て、毎日ちゅーもしてるのに、緊張するんです?」


 悪戯げにカルアは笑い。俺は軽く目を逸らしながら頷く。


「えへへ、ランドロスさん、私のこと好きすぎませんか?」

「……出てくるぞ。静かに」


 洞窟から数人出てきて、キョロキョロと周りを見回す。

 カルアは小声で囁くように話す。


「警戒してますね」

「まぁ、普通に迷宮内だったら当然だろ。……よし、行くぞ」


 いなくなったのを見つつ距離を詰めて洞窟の中に向かう。

 一応外から見つかる可能性を無くすために灯りを付けずにカルアがこけないように抱き寄せながら歩く。


 しばらく歩き洞窟の奥に向かっていると鼻に腐敗臭が入り込み、思わず鼻を押さえる。

 肉が腐った匂い……。カルアに布を渡して、自身も適当な布で鼻を押さえながら進む。


「……こんな匂いの中で仮眠……はないだろうな」

「そうですね。……なんでしょうか、これは」


 また少し進んだところで、ここなら灯りを点けても外からは見えないだろうと思ってランプを付ける。

 野営をしていた形跡はないが足跡は多くある。


 一見して何もないように見えたが、匂いはかなり濃くここからしていることは分かる。

 留まって空間把握で確認していると少し土が盛り上がっているところを見つけ……ランプの炎を消す。


「ひゃっ、ら、ランドロスさん!? 大丈夫です?」

「……油が切れた。悪い、油の補充を忘れていたから灯りが使えない」


 などと嘘を言いつつ、カルアの手をギュッと握りしめる。


「あっ、じゃあ、私が魔石を燃料にして火でも付けましょうか?」

「……いや、大丈夫だ」


 そう言いながら異空間倉庫で盛り上がっている土を取り除く。そうしたことでより一層に腐敗臭が濃くなり、思わず顔を顰める。


 嫌な予感は的中していた。ランプの炎を消していて良かったと心底思いながらそれを魔法で見つめる。


 ……人間だ。体から虫が湧き、腐敗して液状化しているところもあり、かと思えば乾燥しているところもあるが……まだ形は残している人間の亡骸。


「な、なんですか? 何かあったんです?」

「……魔物の遺体だ。どうやら食うために狩ったらしいが、それを放置していったみたいだな」


 そんな適当な嘘を言いつつ、遺体を回収する。

 ……後で衛兵に届け出た方がいいだろう。


 代わりに魔物の死体を置いてから土を被せ直す。これでもし戻ってきても、わざわざ掘り返したりしなければバレないだろう。


 ……仲間の遺体を捨てていった……とは思えないな。俺に嘘をついていた意味がないし、こんな場所に埋めるのも不自然だ。


 カルアの手を引いて洞窟から出る。……殺しだろうか。嫌なものを見た。

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