苦手
クウカがチラチラとこちらを見てきたのでシャルの話に合わせるように頷く。
「まぁ……正直なところ押しが強くて苦手だが、別に会うのを拒否したりはしない。苦手だから恋愛感情とかは持てないし、そういう関係になることはありえないから、さっさと見切りを付けた方がいいとは思うが」
俺がそう言うと、クウカは不思議そうにこてりと首を傾げる。何が不思議なのか分からず困惑していると、クウカは俺の目を見て口を開く。
「……苦手だったら、好きにならないの?」
「いや、何を言ってるんだ? そりゃそうじゃないか?」
「えっ、いや……私、正直ロスくんのことは割と苦手なタイプだと思うけど、めちゃくちゃ好きだよ?」
「……いや……えっ、何を言ってるんだ……? 何故か唐突に悪口を言われてかなり困惑してるんだが。というか、矛盾してないか?」
クウカの目はチラリとシャルの方を向いて、気まずそうに頰を掻く。
「矛盾はしてないけど……。苦手なところもあるけど、大好きってだけで……えっ、おかしいの?」
「……どういうことだ?」
「普通に……目つきは怖いし、無愛想だし、真性のロリコンの浮気性だからそういうところは良くないと思ってるけど……でも大好きだってだけだよ?」
散々な言われようだ。……そういえば、カルアにも似たようなことを言われたことがあるな。
……よく考えてみると、俺も嫁の苦手なところが一切ないというわけでもないか。好きすぎて気にしていなかっただけである。
「……まぁ、クウカの言ってることは正しい……か?」
シャルの方に目を向けると、シャルも少し迷いながら答える。
「んぅ……ランドロスさんの気が多いところは好ましくは思っていないですけど、でもそれは誰にでも優しく思いやりがあるのと同じことなので……」
「……まぁ、そんなものか」
「ランドロスさんは僕に不満……たくさんあると思いますけど……その、あの……大丈夫ですか?」
「いや、たくさんはないが……」
「あるんですか?」
「……いや、あるというか……まぁその……」
誤魔化そうとすると、シャルが不安そうな目を俺に向けていることに気がつく。変にはぐらかした方が怖がらせてしまうかと思い、目を逸らしながら言う。
「あ、いや、まぁ大したことじゃないんだが……。誘われて、こちらが乗ると断られるのは少し傷つく。悪気がないことは分かってはいるんだが、その……好きな女の子に拒否されるとな」
「す、すみません。そ、その、それは……言い訳のしようもないです」
「いや、俺のために無理してくれているのは分かっているから大丈夫だ。本当に別に文句があるとか、直してほしいとかでもなく……聞かれたから仕方なくほとんどない不満を振り絞って答えただけで、基本的にシャルが隣にいてくれたらそれだけでめちゃくちゃ嬉しいしな」
俺を誘うのはカルアやクルルに対する対抗心と、俺の欲を満たそうとしてくれているからだろう。
シャルの本音としては、父母や院長などから教わった強い貞操観念や羞恥心などからそういうことに抵抗があるのは間違いない。
それが余計に興奮するとかを考えないようにしてからクウカの方を見る。
「あー、まぁ、確かにクウカの言う通りかもしれないけど、普通に苦手なだけで特別好意があったりはしないぞ」
「今からとか……」
「そんな好きになるほど関わるつもりはないな。ただでさえ、ひとりひとりで見たら嫁と関われている時間は少ないわけだしな」
「だから、チャンスがあるとかないとか、そういう話じゃないの。たとえ万に一つでも、億に一つでも、それ以下でも、完全に0でも、好きなものは好きだもん」
「……まぁ、俺がどうこう出来るものでもないけどな。今日はカルアと出かけるからまた後日な」
「また夜に来るね」
「いや、寝不足で寝たいから来るな。お前、頻繁にストーカーしてるけど生活は大丈夫なのか? ネルミアも最近見ないが」
クウカと行動を共にしていることが多い少女のことを思い出す。クウカは俺が助けてからかなりの成長を遂げて、隠密能力では迷宮国内でも屈指の実力となっているため稼ぎは良くなっていると思うが、ネルミアに合わせていたらもう少し働かなければ生活は厳しいだろう。
「ん、なんか最近、ネルちゃん一人で特訓してるみたいで。向上心あってすごいよね」
「……そうだな」
ああ……実力差が開いたことを気にしているのか。
クウカの方は気にしていないというか、強くなっている自覚もなさそうだ。
まぁ、ストーカーしていて強くなるとは思えないだろうしな。
「……ネルミアにももう少し構ってやれよ」
「えっ、うん。よく一緒にいるよ?」
「……まぁ、うん」
クウカは実力がストーカー行為によって伸びていることに気がついていない様子で、シャルは元々探索者の強さについては無関心かつ分からないからか二人とも不思議そうな表情をしている。
いや……まぁ、頑張ってくれ、ネルミア。俺の安心のためにクウカを抑え込めるだけの実力を付けてくれ。
「えっと、それで……じゃあいつ来たら……?」
「しばらくは忙しいな。近いうちにシャルの両親を呼ぶ必要があるし、人間だから金さえ在れば問題ないだろうけど用意も必要だし、あとは結婚式の準備とか……」
それほど触れるつもりもないが、やはり耳を切り落とした獣人のことも気にはなる。クルルのことも心配だから寄り添っていたい。ネネのことも気になるし、カルアを放置するわけにもいかない。
「……冷静に考えると、全然時間ないな。……あー、金を稼ぐのに迷宮に一緒に行くぐらいなら……」
「ダメです。僕の目が届かないところはバッテンです」
シャルは両手の人差し指を交差させてバツのマークを作る。
「じゃあ、食事の時にきたら一緒に食うぐらいか」
「うう……でも、それじゃあ今までよりも一緒にいれる時間が少ないよ。一日三回だけなんて」
「……お前、三食とも来るつもりだったのか……? 普通に迷宮鼠の食堂は高いんだから厳しいだろ」
そんな話をしているうちに、扉が開いて白い色が見える。
「カルア」
「あっ、ランドロスさん。外でネネさんが蹲っていたので拾ってきたんですけどいりますか?」
カルアは縄で縛られているネネを俺へと見せる。
「……いや、いるけど。なんで捕まえた? ……というか、よく捕まえたな」
「えっと、元気なさそうだったので声をかけたら暴言を吐かれたので、思わず……」
「……どうやって捕まえたんだ?」
「どうやってって、私ですよ?」
私ならばそれぐらい出来て当然というような表情で俺を見る。……いや、カルアなら出来るような気がするが……現実的に運動能力が違いすぎないだろうか。
ぶすっとした表情で捲れているネネをカルアから受け取る。
……縄の結び方的に罠を作ってそれに引っ掛けた形だな。有数の斥候であるネネが引っかかる罠って……と思うが、カルアだしな。
「……縄を解け、ランドロス」
「ん、ああ。……そうだな」
言われるまま解こうかと思ったが……解こうとした手が止まる。……せっかく捕まえたのに勿体ないな。
解いたら逃げられるわけだし、こうやって抵抗出来ない状況なら触り回したりも出来るわけだ。
「……ランドロス?」
「……ネネ、謝ったら許してくれるか?」
「…………何を考えている」
普段からしてみたいと思っていたが、隙がなくて出来なかった。
だが……今なら、縛られていて抵抗出来ないわけである。
黒い尻尾を触る……ということを。




