ラッキー
風呂に入っているというのに寒気を感じ、身体が震えてしまう。戦えば勝てるとか、襲われても撃退出来るとか、そういうこととは別の……何か根源的な恐怖を覚えてしまう。
衛兵を呼ぶにも、結構上の階なのもあって声が届くとは思えない。
「クウカ、そのな……俺が言うことじゃないかと思うが、新しく別のやつを好きになった方がいいんじゃないか? 知り合いとか友人なら紹介するぞ」
適当にそう口にしたが、紹介出来る知り合いとかいただろうか。メレクは既婚だし、ヤンは他の女にストーカー中、ダマラスも確か既婚だったし……残りは初代とか商人辺りの、致命的に問題がある奴しかいないな。
まぁ、ギルドの中には誰かいるだろう。
「……好きなものは好きだよ」
「……そう思うなら、覗きとか風呂に入ってくるのはやめてくれ……」
「でもさ、私はね、ロスくんの裸を見たい。その欲望を我慢するだけの理由をロスくんは提示できるの?」
「倫理観、迷宮に落としてきたのか?」
「いや、良くないって分かってはいるよ。でもね、その事実は私の得にならないんだよ」
「道徳心って知ってる?」
怖い。誰か助けてくれ……。衛兵にストーカー被害で相談しようか……もしかしたら衛兵に言われたら素直に引き下がってくれるかもしれないし……。
とりあえず風呂から上がりたいから出ていってほしい。
「……とりあえず、触っていい?」
「……誰か助けてくれ……誰でもいい。助けて……」
俺がそう弱音を吐くと、バッと扉が開く。
「クウカさんっ! 何してるんですかっ!」
シャルっ! 助けに来てくれたのか! と思ったけれど……叫んだわけでもない助けを呼ぶ声に何故反応出来たのだろうか。
などと考えていると、シャルの手に俺の着替えが握られていることに気がつく。……ごめんシャル。欲望に素直な知り合いが多すぎて疑ってしまった。
ひとりで自省していると、シャルはクウカの服を引っ張って風呂場から出そうとする。
「出て行ってくださいっ! 怒りますよっ!」
「も、もう怒ってない?」
「怒ってます。今までのも度を越していましたが、今回のは絶対にダメです。今すぐに出て、近くで座って待っていてください。逃げたら衛兵さんに通報しますからね」
「そ、その、おまわりさんはちょっと……ほ、ほら、その、ね?」
衛兵を呼ぶと言う言葉にクウカはしゅんとなって怯えた様子を見せる。
クウカの隠密能力ならいくらでも逃げられると思うが……いや、普通にクウカにも生活があるから逃げても困るだけか。
「言い訳は後で聞いてあげるので、今は出てください」
「あっ、ひ、引っ張られると……っ!」
クウカは引っ張られたことで濡れた床に足を滑らし、ずるりとシャルを押すように倒れそうになり、俺は急いで立ち上がって二人の手を掴んで支える。
「っ……大丈夫か?」
「あ、うん。ありが……」
クウカは俺に礼を言おうとして、その口が止まる。
それから顔を真っ赤に染めて、視線を下に向けていた。
「す、すみません。ランドロスさ……ん……」
シャルも同じように視線を下に向けて、パチパチと瞬きを繰り返す。
シャルの指先が微かに震えて、それに合わせて口元が震えながらゆっくりと声を出す。
「お、おち……」
「……おち?」
「しゅ、す、すみ、すみませんっ!! ご、ごめんなさいっ!」
何故か突然シャルが顔を真っ赤にしながら謝り、クウカの手を引っ張って逃げ去るように風呂場から出て行く。
こけかけたけれど怪我はしていないようで安心しながら、何故逃げられたのかを考え、彼女たちが見ていた方に目を向ける。
……シャルの危機に頭からすっぽ抜けていたが……当然ながら風呂なので裸である。
「……こういう事故って、普通逆じゃないか」
濡れた頭をぼりぼりと掻いて、風呂に浸かり直す。
……まぁ、気恥ずかしいと思わないわけではないが……そういうことをしようとしていた仲なので気にする必要はないだろう。
クウカは……まぁ、ちゃんと叱っておこう。
シャルが落ち着くのにどれだけ時間がかかるか分からないが、あまりすぐに出たら混乱したシャルが慌てるかもしれないのでわざと時間を置いてから風呂から上がる。
クルルの部屋に目を向けるが二人の姿はない。おそらく俺達の部屋のリビングだろう。
シャルには謝るべきだろうか。いや、謝るのもおかしいだろうか。
色々と考えながら部屋に戻ると、顔を真っ赤にした二人がソファに座っていた。
「あ、ら、ランドロスさん……す、すみません、先程は……その、助けた方がいいと思って……」
「いや、まぁ……助かった。それにさっきの事故も、いつの日か子供を作ることになったらそうなるんだから気にすることでもない」
「そ、そうですよね。な、何分……初めて目にしたもので、その、半端に知識があるからか、とても驚いてしまって……ほ、本当に形が違うんですね」
「……まぁ、そりゃな。……あー、それで、クウカの話だ」
シャルの恥ずかしがりようを見るとこの話はあまり続けない方が良さそうだ。カルアが戻ってきたときにこの話を聞かれたら、シャルだけではなく自分にも見せるべきだとカルアが主張する可能性もあるしな。
シャルは切り替えることは出来ていなさそうだが、おほんとわざとらしく咳き込み、クウカの方に目を向ける。
「え、えっと、話が逸れていましたが。今回の件は流石に見過ごせないです。ランドロスさん自身がストーカーの気があるので大目に見ていましたが、今回のは限度を超えています」
「いや、俺にストーカーの気はないと思うが」
「ランドロスさんは静かにしてください」
「はい」
シャルに叱られたので、髪を布で拭きながら話を聞く。
「……あのですね。まず、ストーカーはいけません。友人として堂々と会いにくる分には構いませんが、隠れて監視するような真似や個人的な空間に入ることはダメです」
「で、でもね」
「……なんですか?」
「そ、その……会ってくれないだろうし……」
クウカはしょんぼりと項垂れながらそんなことを言い、シャルは不思議そうに首を傾げる。
「会ってくれないってランドロスさんが、ですか?」
「うん。だって……私、ストーカーだし」
「……僕としてはあまり面白い話ではないですけど、ランドロスさんはとにかく人に対して甘いので普通に会うと思いますよ? ……僕は当然、これ以上増えないように阻止しますけど」
……まぁ、ギルドに来たら話ぐらいはするだろうが。浮気を疑われたくないので、わざわざ二人で会ったりは絶対にしないが話す分には構わない。
クウカの幸せを考えたらハッキリと拒絶するべきだとは思うが、無理矢理追い出すなどのことはしにくいので普通に会いに来られたら普通に話すだろう。




