修行初日
カルアとイチャイチャしながらギルドに帰ると、ヤンがガチャガチャと武器を取り出していた。
「……あー、ヤン、悪いんだけど、今から嫁とな」
「ああ、ランドロス。何をしたらいいんだ?」
「いや、俺はカルアと過ごしたいんだがな……」
カルアの方をチラリと見ると、カルアは仕方なさそうに頷く。
「夕方からにしましょうか。他の人が働いてるときに悪いですし」
「……カルアがそう言うなら」
仕方ない。とりあえず稽古を付けてやるか。
ヤン以外の若年層の探索者を探すが、丁度迷宮にでも行っているからか見つからない。
まぁ、初日だし、一人でいいか。
「……まず、多少動けるところにいくか。とは言っても……今の時期だと壁の外には出れないしな……まぁ、適当に果樹林の中の空間でも広げるか」
「ランドロス、師匠ということになるが、なんて呼んだらいいんだ? 師匠でいいか?」
「師匠はやめろ。そんな呼ばれ方をするほど馬鹿じゃねえよ」
ため息を吐いて、まず何からするべきかを考える。
……とりあえず、どんな程度のものかをよく知ってから始めるか。魔族と獣人の混血がどの程度のものかは分からないしな。
「んじゃ、ドロって呼ぶな。ランドロスは長いし」
「急にフランクになったな……まぁ構わないが。さっさと行くぞ」
ヤンを連れてギルドから出る。カルアが軽く手を振って応援してくれたのでそれに返しながら果樹林に戻ってきて、椅子を取り出して木の横に置いてそれに座る。
「まず、ヤンの身体能力について知ろうと思う。ヤンは魔族と獣人の身体能力がどの程度か知っているか?」
「どの程度って、普通に両方人間より強いってぐらいじゃないのか?」
「いや、獣人は人間より身体能力が高いが、魔族の方は瞬発力が高いだけで、持久力はむしろ大きく低い。それで問題になるのは、ヤンの身体はどうなっているのかと言うことだ」
ヤンは俺の話に首を傾げる。
「どういうことだ?」
「大まかに、瞬発力は魔族よりなのか獣人寄りなのか、身体能力の総量は魔族よりなのか獣人寄りなのかということだ」
「重要なのか?」
「どんな武術を身につけるかが変わるな。まずは……瞬発的にどのぐらいの力があるかだな」
そう言いながら俺は異空間倉庫から大小様々な大きさの剣を出して地面に置く。俺は人よりも力が強いが、この中で一番重い武器は空間魔法を使って落とすことを前提として考えているので、マトモに振ることすら出来ない重量だ。
「どこまでなら扱える?」
「どこまでって……これぐらいなら、普通に持てるが」
ヤンは特に息を吸ったり吐いたりという様子もなく、ヒョイっと一番大きい大剣を持ち上げて、まるで軽いものかのようにクルクルと回して弄る。
「……思ったより力が強いな」
「メレクさんほどじゃねえし、前衛ならこんなものじゃないのか?」
「あんな筋肉の化け物と比べられる時点でおかしい。……もっと重い物あっただろうか」
神の剣……は柄の部分ですら大木より太いので持てるはずがないし、そもそもこんな市街地で出したらとんでもないことになる。
適当に物を持たせるか。大盾を取り出して、その上に金属製の重いものを重ねていく。
「持てるところで止めてくれ」
「いや、それに乗るぐらいの量なら普通に持てるぞ」
「……お前、普通の魔族や獣人よりも力強くないか?」
「そうなのか? 親父よりかは強いが」
「瞬発力なら獣人よりも魔族の方が少し強いぐらいのはずなんだけどな。もちろんメレクみたいな奴は例外になるが」
とりあえず、今持っているものだと測れそうにないから武器などを回収して少し考える。
普通の魔族や獣人よりも遥かに力が強い。たまたま強く産まれた……という結論に達せばその通りなのだろうが、少し不思議だ。
「……獣人の筋力に魔族の瞬発力ということか? ……ヤン、一日にどれぐらいの距離なら走れる?」
「一日に……って、考えたこともないな。……まぁ普通に隣町に行ったらクタクタになるぐらいだな」
「……かなり体力ないな」
「そうか?」
「そこは魔族らしいぐらいというか……。そっちの方はあまり期待出来ないな」
とりあえず、今後の方針としては優れた筋力と瞬発力を活かした戦闘方法の確立と、それがどの程度持続出来るかってところか。
とりあえず、今するべきことは……。
「ヤン、対人戦闘と魔物との戦闘だったらどっちがいい。もちろん最終的には両方出来るようにはするが、中心としてな」
「あー、まぁ、ドロと同じ戦い方でいいんだが」
「いや、俺は魔法中心の魔法剣士だから無理だぞ。空間魔法使えないだろ」
「魔法中心……?」
何で不思議そうな顔をしているんだよ。これだけ手軽に魔法を使いまくる剣士なんていないだろ。
「それに……俺は基本的には人間用の剣技を使っているが、多分、俺の身体には人間用の剣技は向いていない。純粋な人間より力が強いし持久力がないからな。ヤンはより顕著だから、少なくとも魔族の剣技か獣人の剣技を使う方がいい」
「……魔族の剣技?」
「そこの基礎は俺には分からないから、その父親にでも聞いた方がいいんじゃないか?」
「いや……親父は魔法使いだしな」
ああ、そっちのパターンか。獣人といったらメレクだが……アイツの場合は力が強い代わりに不器用で技術的なものが一切ないからな。参考にはならない。
そうなると俺が教えるしかないか。
「……俺が戦ったことのある魔族や獣人の中で、一番ヤンに向いていそうなのは……魔族の女が使うことがある剣技だな」
「……女? いや、俺は力が強い方なんだろ」
「だからそれが向いているかと」
「……えっ、魔族って女の方が力が強いのか?」
「いや、男の方が強いが」
ヤンが不思議そうに頭をひねる。
「あー、女の魔族って基本、体が小さいだろ。それでおいて力は強い。だから、普通の人では無理な体勢を維持することが出来る。男の魔族の方が力は強いが、体も大きい分だけ変な体勢をすれば負担が大きいからな」
「ああ、そういうことか。体の大きさの割に力が強い奴が使える技ってことだな」
俺は頷いてから剣を取り出し、空間拡大で果樹林を広げる。
「……とりあえず、手本を見せるからだいたいこんな具合だと把握してくれ。俺の身体能力だと数秒しか出来ないし、完成度もかなり低いだろうから参考程度にな」
トントンと地面を蹴りながら身体を深く深く沈めていき、その体勢を維持出来るように地面を蹴って前方に移動しながら剣を振るい、脚を無理矢理広げて急速な停止や横に跳ねたりする。
初めて試みた割には上手く出来たが、やはり数秒で限界がきて元の体勢に戻す。
「……ふう。まぁ、こんな感じだな」
「四足獣みたいな動きを二本脚でしろってことか。……今の、どうやって体勢を維持してるんだ?」
「体幹で支えて、地面を蹴ることで無理矢理維持してる」
「……そんな小器用なこと出来る気がしないんだが」
「どの剣技も器用さはいる。諦めろ。ここまで屈めば相手からして剣の届きにくい場所にいるからかなりやりづらいし、弱点や隙になる部位のほとんどが隠れるから強いんだよ。あの前のめりな体勢だと頭と腕ぐらいしか狙えないだろ」
「まぁ、それはそうかもしれないが」
「爵位取りたいんだろ。他の戦闘方法も後で試すにしろ、一度試しておくことは無駄じゃないはずだ。使ってくる相手と戦うこともあるだろうしな」
俺が爵位のことを口にすると、少し気が引けていた様子のヤンの顔が引き締まる。分かりやすくやる気になったらしい。
……単純だな、こいつ。




