小さい女の子に甘やかされるのは最高
ギルドに入り、カルアがいつもの位置にいるのを見つけて声をかけようとしたとき、俺が声をかける直前に俺の背後から高い声がかけられる。
「あ、ランド。戻ってきてたんだ」
「ん? ああ、ミエナか」
振り返るといつもの少し洒落た服ではなく探索者然とした動きやすさと丈夫さが同居したような服そう。洒落っけはなく、背負っている荷物の量から見て今から迷宮に潜るつもりなのが分かった。
「……随分と大荷物だな。深くまで潜るのか? それならカルアとイユリの作った魔道具で移動した方が……」
「いや、そっちの方が効率がいいのも分かってるけど、今回は腕が鈍らないように普段通り行こうと思ってるの」
「無駄じゃないか?」
「いや……カルアとイユリがいなくなった後も私は生きることになるからね。魔道具が壊れてメンテナンスも出来ないし、他の人にも再現出来ませんってなったときは普通に探索しないとダメだからね。腕が鈍っていると大変だ」
ああ……なるほど、まぁ何十年後かカルアが死んでから百年以上生きるとなると、カルアに頼ったやり方だと良くないか。
「長命種は大変だな」
「ランドも治癒魔法をかけ続けて長生きしない? 私もひとりだと寂しいしさ」
「ギルドは続くだろ」
「……そうだけどさ、んー、ランドとは結構気も合うし、もっと話したいなって」
「まだ数十年は生きるぞ」
「そこの感覚違うからなぁ……まぁいいや、じゃあ、二十階層ぐらいまで登って降りるから二十日ぐらいはギルドを開けるね。何かあったら呼んでね」
「ああ、分かった」
二十日って結構長いな……と思うが、やはり時間の感覚が違うのか、ミエナは特に気にした様子もなくギルドから出ていった。
視線をカルアの方に戻すと、いつのまにかこちらの方を向いていて少し不思議そうに首を傾げていた。
「あれ、どうかしたんですか?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあってな。……まぁここでも大丈夫か」
周りに人がいないことを確認して小声で先程のヤンとの話をする。
カルアは「んー」と軽く伸びをしてから俺の話に答えた。
「騎士爵……ですか。ランドロスさんだったら後はお金をたくさん積めば大丈夫でしょうけど、ヤンさんは厳しいかもです」
「金? 国に貢献するかどうかじゃないのか?」
「だいたい準貴族ぐらいならお金で買えますよ。ちょっと手柄を上げているのは前提ですが。でも、ヤンさんはまだ始まったばかりの人なのでお金を払っても名目すら用意出来ないですからね」
「はあ……金か」
「だいたい、今まで孤児院に寄付した総額の十倍ぐらいですかね。余裕を持つなら二十倍はいるかもです」
「に、二十倍!? そんだけあれば一生遊んで暮らせるだろ。そこまでして一代限りの貴族になりたい奴とかいるのか?」
俺が本気で稼げば用意出来なくはない額だが……そんな金があるなら探索とかをやめて一生働かずにシャルやカルアやクルルやネネとベタベタ触り合うだけで過ごしたい。
「んー、まぁ、そんなたくさん溢れかえっても困りますし、妥当ではないですか? 大金持ちの豪商とかが箔付けにって使い方が主ですよ」
「そんなものか……。流石に出してやる気にはなれないな」
「まぁ、賄賂を贈る必要がないぐらい活躍したらお金はいらないですよ」
「それはそれで難しそうだな……」
無理ではないが、普通ならそれをするぐらいなら別のことに使った方がいいという具合か。
うーん、まぁ金を出してやることはないな。そんな金があるならシャルに贅沢をさせてやりたい。
「あっ、でも、裏ワザはありますよ」
「賄賂を贈るのは裏ワザではないと」
「比較的正攻法です」
そうだろうか……? カルアは指をピンと立てて口を開く。
「国を乗っ取ったら手っ取り早いですよ」
「不穏のやめろ。……やめろよ?」
「冗談ですよ。ランドロスさんのお願いでもなければしません。それに、それなら国に戻って乗っ取った方が手っ取り早いですしね」
「全部やめろよ。が、まぁ……どうしたものか」
「普通に、一度ちゃんと話してきてフラれたらいいんじゃないです? フラれるでしょうし」
……まぁ、確かに。フラれたら騎士爵がどうこう言ってる場合じゃないか。
「でも、名家のお嬢様なら会うのも大変そうだな」
「貴族じゃないなら会えるとは思いますよ? それに……んー、たまたまヤンさんと会ったのが本当なら、こっちの方の区画にわざわざやってきたってことですよね」
「……まぁそうだな。何か用事でもあったのか?」
「その用事の正体が分かれば会うことは難しくはないと思いますよ。買い物ならお店で待ち伏せしておけばいいわけですし」
それはそれで面倒だな。
……まぁ、そもそもどんな子ぐらいは知っておかないと話にもならないか。いや、そもそも一目惚れしたってだけだから話にならない気がするが。
「とりあえず、ちょっと見てくるか」
「ん、捕まったりしないように私も行きますね」
「まぁいいけど、忙しくはないのか?」
チラリと机の上に並べられた複雑そうな文様や読めないような難しい文字を見て眉を顰める。
「ん、元々そんなには集中力が保たないので息抜きに散歩はちょうどいいです。一人で出歩くのも危ないですしね」
「なら行くか」
そう言ったあたりでヤンがやってくる。
「ああ、ヤン、一応どんな子かを確認したいから見に行っていいか?」
「……あまり無駄な時間を作らず早いうちに結婚の準備をしたいが、まあいいか。家もそんなに遠くないしな」
「……一応聞くが、なんで知っているんだ?」
「なんでって、馬車に家紋が付いていたからな。普通に地図を見れば家も載っていたぞ」
「ああ、そうなのか。よかった」
てっきり後を付けたのかと。
とりあえず案内してもらうことになり、ヤンに着いて三人で移動する。
「そういえば、ヤンはこのギルドで産まれたんだよな?」
「ああ、親父はいつも飲んだくれてるだろ。お袋は別のところで働いてるからあんまりギルドには顔を出さないけど」
「いや、お前の親父が誰か分からないんだが」
「……ええ」
「ランドロス……お前さ、ギルドに来て何ヶ月経つんだよ。少しは周りに興味を持てよ」
「いや……何か話すの怖いし」
「最強クラスの奴が何言ってんだ……? それで、何の話だ?」
ああ、と頷いて……街並みを眺めながらヤンに尋ねる。
「クルルの、幼いときはどんな感じだったんだ」
「ああ、クルルちゃんね。……今も幼いしそんなに変わらねえと思うぞ? まぁ、昔から人の心を読むのが得意な感じで……俺は苦手だったな」
「何でだ。いい子だろ」
「いい子だからだよ。自分よりも七歳も歳下の女の子に見透かされて優しい言葉をかけられるなんて、普通にプライドが傷つくだろ」
……そうか? 小さい女の子に甘やかされるのは最高だと思うが……? それ以上の幸福なんてこの世にあるだろうか……?
ヤンは狼の獣人と魔族の混じった鋭い目で俺を見てゆっくりと口を開く。
「……アレは俺とは違う世界にいると思うよ。正直、二年前にギルドマスターに指名されたときは正気を疑ったけどな。なんだかんだ……こうして良くなってるしな。正直、ランドロスもマスターがクルルちゃんだからここにいるだろ」
「いや……まぁ、どうだろうな」
クルルがいなくても他のギルドに入ったりはしなかっただろう。いや、でも……もしかしたら、孤児院の件もあるから商人の元で働いていたかもな。
商人と軽口を叩いたり喧嘩をしながら行商の手伝いをしていた未来も普通にありそうだ。
「特別に頭がいいわけでも、魔法がすごいわけでもなく、武術が出来るわけでもない。……というかな、結局のところ、凄さってのはそういう能力の上下じゃないんじゃないかと思うんだよ。……言うなら」
ヤンは少し空を見上げる。手元には剣ダコがあり、努力の後が垣間見れた。
「……風が気持ちいいな。なんて言うことに才能は要らないだろう」




