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カチカチ

 珍しく、シャルの入った後の残り湯が残っていた。

 油断していた? いや、それとも一緒に生活することに慣れたからだろうか。


 ……信頼しているのか? 俺が変なことをしないだろうと。

 ならば、その信頼に応えなければならないだろう。決して飲んだりしたらダメだ。

 いや、流石に飲んだりはしないが。


 妙な気が起きる前に、さっさと風呂に入ることにする。湯で汗を流して軽く洗ってから風呂に浸かる。


「あー、久しぶりに入ったが、やっぱりいいな」


 シャルの後だからかかなりお湯がぬるく感じるが、それはそれで悪くない。多少凝っている肩を雑に揉んで、なんとなく視線を落として気がつく。


 全身の古傷が薄くなっている。

 子供の頃から多く刻まれていた傷。治癒魔法や回復薬は古傷には効きが悪く、基本的には効果があるのは新しいものだけだ。


 全く効かないというわけでもないので……シルガとの戦いの時に馬鹿みたいに飲みまくったことや、初代と共に探索したときにずっと治癒魔法をかけていたからだろうか。


 あるいは、単に怪我をすることが減ったからかもしれない。

 一番深く刻まれている胸のところにある傷を撫でる。


 以前はくっきりと残っていた跡が、周りの皮膚に溶けるようにして目立たなくなっている。他の傷もそうだ。


 なんとなく、以前クルルの言っていた「少しずつ傷を溶かしていこう」という言葉を思い出した。

 あれは心の傷という意味だったのだろうが、おそらくはこういうことだろう。


 傷をなかったことにするのではなく、あるようにあって、けれどもそれで痛むことはなく、少しずつ自分のものとして受け入れて溶かし込んでいく。


 ……人間への恨みはあるが、それと同時に好きな人も多くあり、その境目は曖昧だ。それは半端で朧げだが……きっとクルルはこうなるように望んでくれたのだろう。怒りや恨みをなかったことにするのではなく、それがあるままに幸福になれるように。


 今日のこともあるし、これまでもそうだが……クルルには本当に頭が上がらないな。


 少しぼうっとしてから湯から上がり、軽く体を流してから脱衣所で体を拭いて部屋着を着る。

 頭に布を被せながら脱衣所から出ると、寝巻き姿のシャルがニコニコとして待っていた。


「あれ、こっちで待っていたのか。歩き疲れているだろうし、先に寝室に行っていたら良かったのに」


 シャルの子供らしいふにっとした頬はお湯の熱で少し赤くなっていて、身体からも湿った暖かい空気が感じられる。

 俺の手をギュッと引っ張る小さな手も、ぽかぽかとしていて気持ちいい。


「一秒でも、ランドロスさんと一緒にいたかった。……って、理由じゃダメですか?」

「……ダメじゃない。でも、あまり無理はするなよ」

「はい。あっ、お手紙とその書き損じくださいね」

「……明日な」

「今日ですっ! 楽しみにしていたんですから」

「……せめて俺のいないところで読んでくれよ」


 仕方なくシャルに手渡して、シャルは俺と繋いでいない手で持って嬉しそうに微笑む。それから少し真面目そうな表情になり、じっと俺を見つめた。


「ランドロスさん……どうやって決めるんですか?」

「どうやって……まぁ、俺としては揉め事がないのが一番と思っているんだが……」

「ランドロスさんが決めたことなら、僕もカルアさんも頷きます」

「そうか。……実はな、それを決めるのにカルアに確かめておきたいことがあってな」

「……確かめておきたいこと、ですか?」


 シャルは不思議そうにこてりと首を傾げて、そのまま俺の部屋の方に戻り寝室に入る。

 カルアはベッドの上で手をにぎにぎとしてマッサージの準備を整えていた。


「あっ、ランドロスさん。どうぞどうぞ、王族流のマッサージ術を喰らわせてあげるですよ」

「……いや、王族ってマッサージされる方じゃないか? ……というか、シャルの方が疲れていると思うから何か悪い気がするな」

「大丈夫ですよ。ベタベタしてスキンシップをする言い訳で、実際にはマッサージのやり方なんて分からないですから」

「ああ、それならいいか。……いや、いいのか?」


 俺が混乱しているとカルアに手を引かれるままにベッドの上で横になる。普通ならうつ伏せだろうと思うが、何故か仰向けである。


 そのままカルアは俺の腰の上に乗って、腹を撫で回す。もはやマッサージの体をなしていない。


「……カルアさん、それはズルくないですか?」

「シャルさんもしていいですよ?」

「流石に二人は重そうなので今はやめておきます」


 カルアはぐにぐにと俺の筋肉を触り回していく。……今日は元々その気になっていたということもあるが、それ以上にカルアのような美少女に腰の上に乗られて身体を撫で回されていることへの興奮が強くあり、思わず触り返してしまいそうになる。


 カルアへと伸ばそうとした手が何かの布に引っかかり、それが寝転んでいるシャルのパジャマであることに気がつく。

 それによって隣にシャルがいることを思い出して、なんとか手を止める。


「……体勢とかはこのままでいいんだが、カルアに聞きたいことがあってな」

「んぅ? なんですか? わ、カチカチです。大きくて硬いです」

「……わざとなのか? その発言は。……いや、そのことじゃなくてな」


 カルアの危うい発言を聞きつつ、ゆっくりとカルアの手を握ると、するりとすり抜けられて首筋を撫でられる。


「あったかいです」

「風呂に入ったばかりだからな」

「えへへ、そうですか。……わざとって言うのは、何がですか?」


 筋肉を触った感想が妙にエロかったことがである。

 すりすりと首筋から鎖骨、それから手が離れて服の裾からカルアの細い指先が侵入してきて腹を撫でる。


 マッサージとはとても言い難いけれどこれはこれで妙に気持ちがいい。


 俺の上に跨っているカルアは少し不思議そうに首を傾げて、座り心地の良い場所に腰を移動させようとして、突然顔を真っ赤にする。


「……ら、ランドロスさん」

「…………生理現象だ」


 シャルは俺とカルアのやりとりを見て不思議そうな表情をする。


「どうかしたんですか?」

「か、カチカチです」

「んぅ? そうですね、ランドロスさんの筋肉硬いですよね」


 筋肉の話ではないが……うん、そう言うことにしておこう。

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