推理
ギルドに戻ると当然のようにいつもと同じぐらい賑わっており、その雰囲気のおかげかシャルも少し落ち着いてきたらしい。
俺がギルドの中を見回し、目線を上げてネネの定位置に目を向けるもそこには誰もいなかった。そんな時に「あっ」という高い少女の声が聞こえる。
その声の方を向くと、綺麗な白い髪を後ろで縛っているカルアがパタパタと小走りで駆け寄ってきていた。
「おかえりなさい。ランドロスさん、シャルさん、雨は大丈夫でしたか?」
「ああ、あっちの街では夜に降りはじめたからな。そのままもう一泊してきたから濡れたりすることはなかった」
「それはよかったです。……二日もランドロスさんと会えなくて寂しかったです」
カルアは自分から俺を外に出させたのにそんなことを言う。まぁ、それは嘘ではないんだろうが……。
ギュッと甘えてくるカルア。軽くぽんぽんと頭を撫でると、カルアは不思議そうに俺を見つめる。
「……あれ? ランドロスさん、機嫌が悪いですか? 私ですよ? 可愛いカルアさんですよ? もっと喜んで然るべきだと思いますが」
「別に悪くないぞ。院長には結婚を認められたし、シャルの両親は見つかって結婚を許してもらえたし、想像以上に良かった。カルアのおかげだ」
「えっ、あっ、おめでとうございます、シャルさん。よかったですね」
「えへへ、ありがとうございます」
そんな機嫌悪そうにしていただろうか。……まぁ、良いことばかりだったのは確かだが……結局、やることが出来なかったので落ち込んでいるのもまた事実だ。
シャルの体を触りたかった……。ただ、それだけ、ただそれだけなんだ。
「あれ? シャルさんの様子も妙です。……帰ってきた時間、半端ですね。あの街からこのギルドにまで着くのにかかる時間を逆算したら朝ゆっくり挨拶したりしてから出たんですか? ……いや、お昼ご飯を外で食べることになるのは避けるはずですよね。魔物や野生動物もいますし。普通なら。朝早めに出て、昼頃にギルドに着くように調整するはずです。ランドロスさんは特にシャルさんの栄養状態を気にしているはずですから、お昼を抜くというのも妙です」
やめろ。その異様に鋭すぎる推理を披露するな。
カルアはすんすんと鼻を鳴らして俺の匂いを嗅ぐ。
「やっぱりお昼食べてないですね。……何でですか?」
何でって……そりゃあ、シャルと宿に入ってからゆっくりイチャイチャしながら食べようと考えていたからだ。
などと、言えるはずがない。特にカルアには言えない。
カルアからあれほど誘われていたのを断っていたのにシャルに誘惑されてすぐに釣られたとなるとカルアからしてみれば非常に気が悪く、俺に対する不信感の原因ともなるようなことだろう。
俺からするとカルアによる説得もあってそういうことに前向きに考えていたからこそ、そういうことになったのだが……カルアからするとそれは分からないし、言っても信じられないだろう。
俺にとってカルアよりもシャルの方が魅力的に見えているという勘違いをされかねない。
「……ああ、とりあえず、食事をしていいか?」
「いいですけど……何か違和感があるんですよね」
カルアは俺とシャルを椅子に座らせてから俺の足元を見る。
「……靴」
「靴がどうかしたのか? 新しいのが欲しいのか?」
「いえ、そうではなく……ランドロスさんの靴が泥に濡れてないです。ぬかるんだ地面を歩いてすぐにギルドに来たのならまだ泥が付いているはずです。……この街の石畳の地面の上を歩いているうちに落ちたんでしょうが、門からギルドまでは大した距離がありません」
……あれ、これ、もしかして思っていた以上に不味い状況なのか?
「それに、シャルさんの立ち位置が妙です。門を出てギルドに向かう場合、自然と道の左端を歩くことになります。ランドロスさんは真ん中の方に馬車が通ることがあることなのか、私達を端の方に歩かせたがるので、門からギルドに直接来たら、ランドロスさんの左側にシャルさんがいるはずなのに……右側にいましたよね?」
……いや、待て。待て、待ってくれ。嘘だろ。流石にそんなことでバレたりは……。と俺が冷や汗を流しながらメニューを見るフリをしながら考えていると、カルアは怪訝そうな表情をする。
「総合すると、この国に戻ってからしばらくシャルさんとふたりで何処かを歩き回っていた……というところですね。それに、マスターに会いに行こうとしていないのも不自然です。私がご飯を食べていないと言ったから、意識がそちらに引っ張られて、誤魔化す言い訳を考えたときに咄嗟に出てきたといったところですかね」
「……い、いや、そんなことは」
なんとかする方法はないか……と考えていると、シャルが顔を赤くして潤んだ瞳で助けを求めるように俺を見つめていた。
カルアはそんなシャルを見て、口を開く。
「……シャルさん、私の今の推理に何か間違いはありますか?」
「へぁっ!? そ、そそ、それは……」
「明らかに焦っていますね。何かしら、後ろめたいことが……隠れてデートをしていた? とだけなら……先程、ランドロスさんがちょっと不機嫌そうな理由にはならないですね。……シャルさんの格好、短距離とは言え旅をするのには不向きな可愛い格好ですね」
シャルはぎくっとして目を泳がせる。
「……デートにしてはこの街を彷徨いていた時間が短そうですし……。ランドロスさんが不機嫌で、時間が半端なのは、何かをしようとして上手くいかずに戻ってきたから……とすると整合性が取れますね」
「…………カルア、お菓子食べるか?」
「それで二人が隠そうとしている。……はい。おおよそ理解しました。はい。そうですか。ランドロスさんはそうなんですか」
カルアは露骨に眉を寄せて、不満そうに俺を見る。
「いえ、分かっていたことですし、怒っていませんよ。ランドロスさんはシャルさんのことが好きですもんね。初めては一番好きな人がいいですよね」
ぜ、全部バレた。嘘だろ? あれだけの状況から全部バレたりするのか?
俺は慌てて首を横に振る。
「ち、違うっ! そういうつもりではなく……」
「じゃあなんで、私がお誘いしたときは断って、シャルさんのときは隠れてまでしようとするんですか。私のときは身体が小さいからダメって言っていましたが、シャルさんの方が小さいですよ」
「それはだな……。なんて言うか、色々とあって……」
「色々ってなんですか。別に怒ってないので言い訳なんていらないです」
「いや、本当にな、そういうわけじゃなくて……」
俺が必死に言い訳を探していると、奥からクルルがひょっこりと顔を出す。
「あっ、ランドロスっ! ……あれ? 何か揉めてる?」
クルルはそう言ってからパタパタとこちらに寄ってきた。
いつのまにか他のギルドの仲間からも注目されていて……。子供に囲まれて修羅場になっているところを大勢に目撃されてしまう。
……今更ではあるが、俺のイメージが大変なことになっていそう。




