野望は途絶える
完全に早まった選択だった。
シャルは羞恥心でいっぱいいっぱいという表情で顔を真っ赤にして俯く。
それはそれで嗜虐心をそそり、俺の性的な欲求を強める。だがこれは何というか、もう無理そうな雰囲気である。
この男……! と思うが、コイツのせいではない、シャルの性格をちゃんと考えていなかった俺が悪いのだ。俺が悪かったが……それはそれとして恨みを込めた目を向ける。
「……まぁ、分かった。次、会った時には話を聞くことにするが……俺がこの街を一度離れたことを知っているやつはかなり少ないと思うが、誰の遣いだ?」
「ありがとうございます。ランドロス様にも分かりやすく呼びますと、商人ですね」
どの商人……と思わなくもないが、まぁそう言うのだったらアレしかいないだろう。
……まぁ色々とアイツには頼んでいたからそれの引き継ぎのような者だろうか。
「こちらの方で商会ギルドの設立申請が通りましたので、そのご挨拶と前任の者の請け負っていたサービス等の引き継ぎを任されていることをお伝えしたかった所存でく。先日立ち上げたばかりのギルド【羊数え】の店長をさせていただく、ナーガ・ルーガでございます」
羊数え……商人が言っていた新しく立ち上げると言っていたギルドなのか。占い師風の格好をしていて胡散臭いが……まぁ商人の方が胡散臭いのでそれはいいか。
「……妙な名前のギルドだな」
「ええ、ギルドの名前の由来はですね。オーナーの方が、田舎の出でして、故郷の産業だった羊毛を売ることから商売が始まり、その時の初心や苦労を忘れないようにという」
「……そんな話は初めて聞いたな。案外苦労していたのか」
「設定でございます」
「設定かよ」
「本当は「買うと売る」をかけた洒落ですね」
何だコイツ……。
すごく変な奴だが、その変さが商人の関係者っぽさになっている。類は共を呼ぶと言うしな。変人の関係者は変人なのだろう。
ナーガと名乗った男はカードのような物を取り出したかと思うと、数枚引き抜いてから俺の方を見る。
「占わせていただいたのですが、どうやら本日はランドロス様の望みは叶わないそうです」
「それ占わなくても分かるだろ。……というか、わざわざギルドまで立ち上げたのにただの個人客に挨拶とかくるんだな」
「そうですね。まぁ件の孤児院の孤児もいずれ店員となる可能性がありますので」
「ああ、そういうことか」
それはシャルも喜びそうなので別にいいか。
「それに、ランドロス様と言った有名な探索者の方が贔屓にしているとなると信用が生まれますからね」
「そういうものか」
「それにですね、純粋な利益もありますね。ランドロス様は非常にものぐさで、割高であろうとも労せず手に入るものを好むという話ですから」
ハッキリと言うな……。
「まぁそんな値段を調べたり店を選ぶ時間があれば嫁と一緒にいれるしな。まぁそういうことだから、また後日だな」
「はい。もしこちらが訪ねる前に御用などがあれば、そちらの地図に書いてあるのでそこに来ていただけると」
地図? と思って先程もらった紙を開いて見るとこの街の一部の道や店などがこと細かく記されていた。
それに印が付けられており、どうやら亜人が利用しても嫌がる可能性がない店や宿を示しているらしい。
「……これ、俺がお前の店を利用する理由が無くならないか?」
「いえいえ、必要なのは現金ではなく信用ですからね。元々、一人の方からの儲けだけで商売をしようとは思っていませんよ。それに、品物の質が違いますから」
「質?」
「ええ、お客様に亜人の多い店はあまり質の良いものを揃えておらず、元々安いものを割高で販売していますからね。私共のギルドでは元々良いものを割高で販売させていただきますので」
どちらにせよ割高なのか。
「はぁ、つまり、高くても良いものが欲しければ、ということか。……そもそもそこそこ俺の評判も良くなっているから、俺を追い出そうとする店はほとんどないと思うがな」
この地図の中にある印の付いていない店もわざわざ俺を追い出したりはしないだろう。
そう思って話すと、ナーガは意外にも同意を示すように頷く。
「それはもっともなことではありますが、では……貴方は何故私に話しかけたのでしょうか」
それは適当な宿に入って追い返されたらシャルがかなしむだろうから……あー、まぁそうか、そうだよな。
俺がギルド以外で買い物をするなんて嫁とのデートぐらいのもので、そんな時はかなり低確率であろうと追い返される可能性があるような店には入らない。
そうなるとこの地図に載っている店か、あるいは商人がオーナーをしているこの男の店ということになるのか。
まぁ……足元を見られている感じではあるが、割高って始めから言っているなら誠実か。
親友と自称してくるのにぼったくる気満々な商人はやばいやつだと思うが。
「分かった。まぁ暇なときにでも顔を出してみてもいい」
「ありがとうございます。ああ、占いもやっているのでしていきますか? 相性占いなどもありますよ?」
「いい。相性は最高というのは間違いないから必要ない。じゃあ、また」
俺がそう言って離れると、シャルはパタパタと動いて俺の隣に来る。
軽く地図を開いて宿を確認する。
この前ミエナに連れていかれた歓楽街のようなところには連れて行きたくないが、やはりそういうところに多いな。
まぁ昼間なら大丈夫か。いや、帰る頃には夜中になっているか。
……まぁ、そもそもシャルを連れていけるのか、という話だが。
シャルは他の人に、俺と性行為をしようとしていたことがバレたことでとてつもない羞恥を抱いているようで顔を真っ赤に染めたままである。
「……シャル、大丈夫か?」
「う、うぅ……む、無理です。人にバレてない状況じゃないと、出来ないです」
「まぁ……知らない男にお膳立てされたら抵抗あるよな」
無理矢理連れ込むということをしても嫌わないでいてくれるとは思うが、シャルの嫌がることはしたくないし……。けれど、何としてでもエロいことはしたい。
強い葛藤。シャルに手を出したい俺と、シャルの恥ずかしさに寄り添ってなかったことにしてやりたい俺。
顔を顰めて迷った結果……。
「……今日は、戻るか。また機会もあるだろう」
「……次のデートの時、です?」
「それに限らず、出来そうなタイミングがあれば……」
深く深く落ち込む。……したかった。エロいことを、シャルにしたかった。もう完全にその気になっていたのに……。
「帰りましょっか、ギルド」
「……ああ、そうだな。少し寝たい」
昨夜は緊張と興奮であまり寝れなかったし、ふて寝しよう。
シャルの手を引いて道を引き返す。まぁ、仕方ないか。……元々手を出すつもりはなかったのに、手を出せなくなったら妙に落ち込んでしまうな。
……ギルドに帰ったらみんな出かけていて、ふたりきりが継続したりしないかな。




