目覚め
うとうとと眠っているような、起きているような。
シャルも荒くなった息が戻っていないことや、嬉しことが連続してあった興奮が冷めていないなどのことで寝ているのと起きているのと、その間のような状況で俺に微笑む。
微睡の中で見るシャルとお互いの身体を離さないように手を伸ばし合う。もう昼に近い時間ではあるが、雨音のおかげで他の人の気配を感じずにいられる。
「えへへ……」
寝言なのか、俺に微笑みかけたのか、どちらかは分からないが幸せそうな表情と声色で、微睡が徐々に深い眠りに変わっていく。
シャルを失わないで済んだ安心感から、すっかり深く眠ってしまう。
心地よい眠りから目が覚める。相変わらず雨が降っているが少し小雨になっていた。少し冷える感覚があり、湯たんぽ代わりにシャルを抱き寄せようとして、手が空振る。
「……あれ、シャル? ……シャル!?」
ベッドの上にいない。と、思って勢いよく起き上がる。急いで空間把握を使おうとしたとき、隣から呆れたような声が聞こえた。
「ランドロスさん……ここにいますよ。心配しすぎです」
そちらに目を向けると、いつもの町娘のような落ち着いた服装をしたシャルが呆れたようにため息を吐く。
「あ、ああ、いや……いつもより深く寝ていたせいで、いなくなっていることに気づかなくてな」
「まったく、ランドロスさんはあまえんぼさんが過ぎます」
「……いや、そういうわけじゃ……。寝ている俺に構うんじゃなくて、両親と話してきた方がいいんじゃないか?」
「ベッドの上にいないだけで慌てているランドロスさんを置いてですか?」
「……いや、それは本当に……なんというか、悪い」
「お父さんもお母さんもまだ寝てるので気にしなくていいですよ」
シャルはニコリと微笑む。それは聞き分けのなき子供に対して仕方なさそうにしているもののようであり……なんだかいつもの調子に戻っているように見えた。
「なら孤児院の子供のところとか」
「お勉強中だったり、見習いとしてお手伝いしてたりで、忙しそうですからあんまり邪魔も出来ないです」
「院長は?」
「……ランドロスさんは起きた時に僕が近くにいたら嬉しくないですか?」
「嬉しいけど」
「そういうことです」
……そうそう来られるところじゃないんだから、俺にばかり構うのはどうなんだろうか。いや、嬉しいけども。
まぁ、シャルが俺と一緒にいたいというなら無下にすることはないだろうと思いながら、窓の外に目を向ける。
雨空で時間は分かりにくいが、昼はすぎていそうだ。
「……明日の朝には止んでいそうだな。……本当に今のうちに話したりしなくていいのか?」
「もう十分話してきましたよ。……思ったよりもみんなしっかりとしていて……もしかしたら、今までお節介ばっかりしてたかもです」
「普通に成長したり、場所に慣れただけじゃないか?」
まぁ、シャルがお世話好きで年下の子を甘やかしていたという可能性は否定出来ないが。
「もう心配もいらないみたいですし、僕は孤児院の孤児でもなくなりましたから。お父さん達とはまた一緒にいれますしね」
「……まぁ、シャルがそう思うならそれが正しいだろう」
「一度出ていったのに我が物顔で歩き回るのも良くないですからね。今は僕もお客さんです」
……まぁ、昔いた人がどうこう口出ししていたら鬱陶しいものか。まだ出ていってから大して時間も経っていないとは思うが……シャルの知らない子供もいるようだし、多少距離を取る方がいいのも確かか。
シャルは少しだけ寂しそうな顔をして、ポツリと言う。
「……それに「両親と再会出来た」とは、みんなには言いにくいです」
「普通に一緒に喜んでくれると思うが……」
「そうかもしれないですけど、死別して間もなかったり、まだ受け入れられていない子もいますから、そうやってはしゃぐのも傷つける事になるかもしれないので……挨拶はしますが、後はひっそりと帰ろうと思います」
……まぁ、そんなものか。
俺もシャルと仲良くなる前は幸せそうな人とか見たら腹の内側がじくじくとした痛みに襲われていたしな。不幸な時に幸せな人を見たくないという気持ちはよく分かる。
恨んだり羨んだりすることの醜さを自分で自覚しているからこそ、そういうものは見たくなかった。
「まぁ、でも両親が目を覚ましたら一緒にいてやれよ?」
「分かってます。……そんな、両親を蔑ろにするほど親不孝じゃないです」
「……いや、俺と一緒に寝てるだろ」
「あのですね、僕はもう結婚もしている大人ですよ。親と一緒にねんねするような歳じゃないです」
まぁ……11歳だったら普通はしないか。シャルの両親はしたそうだったが、多分彼らの頭の中のシャルはまだもっと幼いんだろうな。
「……ランドロスさん、ギルドに帰ったら、両親のことを報告した方がいいと思いますか?」
「さっきの話か? ……まぁ、天涯孤独のやつは多いが孤児院とは違って普通に家族がいる奴もいるんだから気にせず報告したらいいだろう。カルアは両親が存命だし、クルルもネネも喜んでくれるだろう」
「……そうですね。そうします。あっ、えっと……ギルドに戻る前のデート、どうしますか? そ、その……街に着いたらすぐに、その、宿の方に……行きますか?」
もじもじと脚を押さえながら恥ずかしそうに首をこてりと傾げる。
俺の欲望だけを言えば出来ればそうしたいが……街に帰って早々に宿へと連れ込むのは……。
いや、帰る方法は行きと違って徒歩による移動だから、シャルも疲れているだろうからデートであちこち連れ回したりは出来ないか。
シャルは小さくて細いことや、半年前まで栄養失調だったことから体力がないので、街から街へと歩くのはまず無理なので大半は俺が背負って歩くことになるだろうが、多分俺の負担を減らしたいと歩けるだけ歩こうとはするだろう。
そうなるとシャルは疲れているだろうしな……。そもそも背負われるのも疲れるだろうし、デートらしいデートは諦めて、すぐに連れ込み宿に入る方がいいか。
いや、しかし、それだとなんか体目当てっぽくないだろうか。いや、体も目当てではあるんだが……。
少し迷ってからシャルに言う。
「……シャルの体力が残っていたら、また買い物に行ったり遊んだりするか」
「あ、はい。分かりました。……き、緊張しちゃいますね……そ、その、明日……ですよね、多分」
「……雨が止んでたら、そうだな」
雨が止んでいた、明日の今頃……シャルと……と思わず妄想してしまっていると、シャルは俺の足の間を見て顔を赤らめる。
「あ、そ、そうだ。暇ですし、ボードゲームでもしますか?」
「……あ、ああ、そうだな」
こういう気分のときにボードゲームをすることになると、クルルとのことを少し思い出しそうになる。
……色々と考えてしまう頭をヨシッと切り替えて、ボードゲームを取り出す。
明日のことを考えると緊張で夜寝れなくなりそうだから、気にしないようにして、シャルと遊びを楽しもう。




