ごめんなさい
少し遅れて、母親が俺の顔を見る。
幼い少女に求婚して受け入れてもらったことに感じている罪悪感が、両親を前にしたら余計に強く感じる。
「ええっと……あっ、お、おままごとですか?」
「……いえ、本当に……その、すみません。ご両親が存命だと思っていなかったというか……。いや、知っていても……」
深く頭を下げる。土下座をして「シャルさんを俺にください」と頼むべきだろうか。
いや、大切な娘と再会した瞬間に変な男から言われたら間違いなく頷かないだろう。
そもそも、そういうのはちゃんとした年頃の娘さんをもらうときに言うもので……シャルのような幼い女の子の場合は違うはずだ。
いや、幼い女の子を嫁に欲しいときの挨拶や頼み方なんて分からないが。
……最悪、力尽くでシャルを誘拐するが……可能な限り、誠実に話して納得してもらいたい。
また親から引き離すなんてことはしたくない。
俺が両親に頭を下げていると、父親の低い声が響く。
「それは……一体どういう。その、すみませんが、話が分からずに混乱しています」
少し目を上に向けると、言葉の通り当惑した表情の父親が見える。
「……ご両親がいない間、シャルさんと出会い、助けられて……歳が大きく離れているにも関わらず、恋慕の情を抱いてしまいました。……シャルさんにも受け入れてもらい、交際し、それから婚姻しました」
父親は困惑の表情のまま雨模様の空を見て、母親の方に目を向けた。
「あ、ああ……朝みたいだから院長に挨拶をしてきてくれないか」
「えっ、あ、はい。そうですね。夜中に無理に来てしまいましたしね。えっと……では、後ほど……」
母親はペコリと頭を下げてからゆっくりと心配そうに出て行き、父親と二人取り残される。
非常に気まずい空気の中、もう一度深く頭を下げた。
得体の知れない半魔族。それも魔族との戦争の従軍後すぐに出会ったというのに、その反応は落ち着いたものである。
一見して気の弱そうな男であるのに、こんなイレギュラーすぎる状況に取り乱す様子もなく、状況の確認に努めている姿は、確かにシャルの親なのだろうということを思い知らされた。
さりげなくシャルと俺の間に位置取りを変えていた。院長に挨拶をと言っていたが……それも母親を逃すための方便かもしれない。
俺に対してて敵対的な行動はしていないが、けれども間違いなく家族を守ろうとしている。長細く非力そうな身体と少ない魔力。
父親からしてみれば、俺は脅威だろう。
人間と敵対する魔族との混血で、全身古傷だらけで身体は鍛えてあり魔力も多い戦士だ。
けれど、俺に怯えた様子は見せず、堂々としている。
シャルに感じる強さと同じ、言葉にするのは難しい強さ。弱いはずなのに……気を抜くことの出来ない不思議な感覚。
「……事実、ということでいいんですか」
「はい。シャルさんが目を覚ませば、同じことを言うはずです」
「……娘も……君に笑みを向けていましたね」
あんな扉を開けた一瞬のことをよく覚えている。
父親はゆっくりと俺を見て、頷く。
「正直に言いますと、とても驚いています。まだ11歳の娘が結婚していたとは想像だにしていませんでしたから」
「……はい」
「……一応、聞いておきますが……どういう経緯で?」
「……2年と半年ほど前に、森の中でシャルさんと出会いまして」
「森の中で?」
シャルの父親は不思議そうな表情を浮かべる。言うべきか言わざるべきか迷ったが、いずれはシャルか院長の口から伝わることだろう。
「俺の方は……見ての通り、純粋な人間ではないから、街に住めなかったので森で生活をしていました。シャルさんの方は孤児院の食料がなかったことから、食料を探しに森に入ったみたいで」
父親はシャルの方を見て呆れたように口を開く。
「まったく、この子は……」
「叱らないであげてください。……本当に飢える寸前だったようなので。それに、他のより幼い子供のためみたいでした」
「……危ないことはするなと、あれほど言っていたのに」
死のうとしていたところを救われた。というところは言う必要がないだろう。
少し考えてから端折って説明する。
「……その時にシャルさんの強さと優しさに一目惚れをしまして。……それで半年前に再会したときに求婚をしまして……」
「……半年前? たまたま再会したんですか?」
「ああ、いえ、俺も戦争に参加していたので」
「ええっと、失礼ですが、一応聞くと……」
シャルの父親の言葉を遮って、高い可愛らしい声が響く。
「ちゃんと人間側ですよ。勇者さんと一緒に旅をして魔王という方と戦ったそうです」
「シャル、起きたのか。目のまわりを拭きなさい」
「……それより前に、お父さん。ランドロスさんに失礼なことを言いましたね」
「えっ、あっ、いや……そ、それはだな。一応確かめておく必要が……」
シャルは赤い目元をくしくしとして父親を睨み、パジャマの裾を握ってムッとした表情のまま続ける。
「ランドロスさんに謝ってください」
「い、いや、お父さんはシャルのことを思って……」
「僕のことを思ってなどと言えば、人に失礼なことを言っていいんですか。普通に考えたら今ここにいるんですから、人間側に立っていたと分かりますよね。必死に人のために戦った人を敵扱いするなんて、無礼にも程がありますよね」
「もしもということが……人間の街から追い出されたと言っていたし……」
「そうです。何もしていないのに敵扱いされて追い出されたわけです。今のお父さんがしようとしていたことですね」
み、身内には容赦ないな。
いや、まぁ……シャルはクルルとかカルアには結構厳しく叱りつけることもあるし、そういう気質なのだろうが……。
先程まで堂々としていた父親がしゅんと小さくなっていた。
いや、そういうつもりはなく父親として娘が心配だっただけというのは分かる。俺は怒ってないからな、父親。
シャルはもう一度言う。
「ランドロスさんにごめんなさいをしてください」
しゅんとした父親は俺に頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「い、いや……気にしてはいないです」
微妙な空気が流れて、父親はシャルの方を見てポツリと口を開く。
「……母さんに似てきたな」
……ああ、この父親も、俺と同じように家庭内の立場が低いのか。……分かるぞ、なんか言い返せないよな。




