結婚式の予定
シャルの両親は生きている。
俺のその言葉に院長は目を開いて、微かに瞬きの回数を増やす。
不思議な沈黙のあと、彼女は縋るように俺を見つめる。
「本当……ですか?」
「魔力も体力のない女性が前線に出るということはないだろう。前線以外ならほとんど死んでいないはずだ。帰ってくるのも、遅くてもそろそろか……孤児院の移転を知る方法はあるのか?」
「まぁ……教会に聞けば分かると思うのですが……」
「……それなら、本当にすぐやってくるかもな」
院長は嬉しそうに、けれども少し困ったように微笑む。
「ランドロスさんは……どうするんですか?」
「シャルは両親が見つかっても俺と一緒にいたいと言ってくれた」
「ご両親と同居することは?」
「いや、それは……こちらにも事情があるからな」
あと嫁がひとりと恋人がふたりいたり、院長にも隠しているが半魔族だったり……と、俺は普通の人間には到底受け入れられない人物である。
流石にそれを隠して近くにいることは難しいし……シャルには悪いがあまり深くは関われないかもしれない。
「……シャルさんは、どう考えているんですか? 彼女は両親に会いたがっていましたが……」
「……多分、理想を言えば、俺とも両親とも……この孤児院の人とも、俺たちのギルドの人とも一緒に暮らしたいと思っているだろう」
だが……そんなのは通らないということぐらい、あの聡明な少女は分かっている。その上で……俺と一緒にいることを選んでくれたのだ。
ここでヘタレて両親の元にあるべきだとは言えはしない。
シャルは俺のものだ。例え彼女の両親でも、奪わせはしない。
「だが、俺の隣にいてくれると言っていた」
「そうですか……。てっきり、シャルさんは私の後もこの孤児院にいてくれると思っていたんですが」
「面倒を見る大人としてか? ……まぁ、俺がいなければ……そうなってたかもな。悪いな」
「ランドロスさんがいなければ存続も出来なかったですけどね」
そう話しながら少し考える。思っていた以上に院長の戦争に対する知識は乏しく、どこに行けば徴用された教会の関係者の名簿があるとかは知らなさそうだ。
こちらからシャルの両親を探すのは難しいか……他に教会関連の知り合いはルーナぐらいしかいない。いつになるかは分からないが、素直に待っているのがいいか。
早いところ合わせて安心させてやりたいが。
「……ああ、あと……シャルとはまだ結婚式を挙げていないんだ。シャルは花嫁姿を院長に見せたいそうで」
「あの子ったらそんなワガママを言って……。困ってませんか?」
「普段はしっかりしていてワガママのひとつも言わないので心配になるぐらいだ」
元の予定ではあちらに招待するつもりだったが……多少簡素になっても、院長の体調のためにこっちで式を挙げた方がいいか。
そう思って尋ねると、院長は少し困ったように口を開く。
「……ですが……。私、結婚式の牧師の真似事なんて20年以上やってませんよ? 長い時間立って歩くことも日によっては難しくなってきていますし……」
この人、普通に参加じゃなくて教会側の聖職者として祝福をするつもりだったのか……。というか、普通にやったことはあるんだな。
院長は歳もあるが、それ以上に子供にご飯を食べさせるために自分がほとんど食事をしていない時期が長かったのだろう。明らかに痩せ衰えた手足と、短い会話の中で何度も息継ぎをする話し方。
結婚式には出たことはないが……おそらくは神の祝福を授ける聖職者の言葉は今の会話よりも長いだろう。
「……シャルは院長に花嫁姿を見てもらいたいとしか言っていないからな。参加するだけでもいいし、なんなら服を用意したら見せにくるから、それだけでいい」
「……ですが……」
「もちろん、そこまで祝ってくれるならシャルも喜ぶと思うからありがたいが……」
シャルの恩人に無理はさせられない。治癒魔法や回復薬も痩せ衰えた身体には効果がない。
初代に頼んで治癒をかけ続けてもらえたら一切の疲労が発生しなくなるので淀みなく出来るだろうが、人命に関わらないことを初代が引き受けてくれるとは思えない。
「……まぁ、じゃあ、座ったまま、ゆっくりでいいから頼んでいいか? 結婚式を挙げるとしたら、俺達の住んでいる街じゃないと用意が難しいし、そこまで行くのは無理だろう」
「ええ……まぁ……ですが……いいのですか?」
「まぁ披露宴はこっちの方でも挙げるつもりだしな。簡単にだが。……あ、いつのまにか敬語が出来てなかったな」
「そんなのいいですよ。私や子供達にとってランドロスさんは恩人ですから。……すみません、お二人の結婚なのに、私に合わせてもらうような形で……申し訳ないです」
深く頭を下げた院長の言葉を否定する。
「いや、恩を最初に受けたのは俺の方なので……。それに、花嫁姿を見せたいとか祝ってもらいたいと思っているのはシャルだしな」
「それも、私に気を使ってのことでしょう?」
まぁ……そうだが……別にそれだけというわけでもない。
思っていたよりも院長に元気がないので、早いうちに済ませたいが……花嫁のドレスを用意していないな。
俺は適当でいいだろうが、シャルには着飾ってもらいたいし、元々花嫁姿を見せる予定だった。
だが……普通に考えて幼い子供用のそんな服なんてない。迷宮国なら小人族の女性向けにあるだろうが、この国はほぼ人間しか住んでいないのであるはずがない。
一度帰って、それからドレスを用意してもう一度来るしかないか。
それから俺と院長が話を続けていると、トントンとノックがされる。
控えめな、けれどもちゃんと中にいる人には伝わるような音……シャルか。院長の返事に反応して扉が開いてシャルの笑顔が見える。
「早かったな。よかったのか?」
「あっはい。えっと……ランドロスさんと結婚したことを伝えたらみんな会いたがってしまいまして……」
「……せっかくの再会なのにいいのか?」
「ん、まぁ……孤児院は元々僕より少し上くらいの年齢になったら出て行くものですから、みんな慣れっこですよ」
そんなものか。そういえば、シャルが一番年上なのはそういうわけがあったのか。
「まぁ、これからは商人さんのお店のお世話になる子が増えるのであまりお別れは多くないかもですが」
「そっちの方がいいな。別れなんて無い方がいい」
「さっきのりーちゃんもここから出たあともすぐ近くに住む予定だそうですよ」
「出て行く必要はあるのか?」
「新しく子供も入ってきますから、僕の知らない子もいましたよ」
そりゃそうか。でも、戦争も終わったのでこれからは孤児も減っていくだろう。
まだ幼いんだからもう少しゆっくりしていっても……まぁ、俺がどうこう口出しするものでもないか。




