水です
どうにも深く考えるのは気性に合わないというか、実際に動いた方が楽で手っ取り早いと思ってしまう。
ミエナもああだこうだとは言いつつも似たようなことを考えていたのか、グッタリともたれかかったまま口を開く。
「んー、じゃあ、話をしに行く? すぐそこだし」
まぁそれが手っ取り早いと思って頷こうとすると、クルルがギルドの中だというのにギュッと俺の手を引っ張る。
「だ、ダメだよ。目、取られるよ」
「いや、マスター、流石に他人のは取らないよ。あの人達も」
「ダメ、危ない。行くのはダメ。禁止」
クルルの頑なな様子を見て、ポリポリと頰を掻く。
人を見る目があるクルルがこれほど恐れているということは、やはり怪しいんじゃないだろうか。
むしろそれなら乗り込んだ方が……と、考えていると、机の上のコップにかけていた手をミエナにトントンと突かれる。
「あ、あー……多分、ランドロスが思ってるのとは違って……。ギルド育ちの子供の躾にね、鬼の代わりみたいな感じで「いい子にしてないと人間被りの人達に耳をちょん切られるぞ」みたいな脅しをしていた人がいてね……。その影響だと思う」
コソコソと教えられ「ああ、クルルもまだ子供だしそういうのがあるのか」と少し安心する。
あまり人をそういう脅しに使うのは良くないと思ったが……まぁそういうこともあるか。
「じゃあ安全か」
「うん。別に悪い人達じゃないしね」
「まぁ、酒を飲んでるから行くとしても明日以降だな」
「ダメだからね! 絶対に、ダメだからねっ!」
「いや、真面目に犯人ではなさそうだから大丈夫だぞ。情報収集というか、他にそういう奴がいるかを聞くだけで」
クルルは「うー」と不満げな声を上げてミエナを睨む。
「……ランドロスを唆すなんて、ミエナ、嫌いになるよ」
「へ……? えっ……な、なんで……ち、違うよ! 私はマスターの味方だからね! 絶対にランドロスを連れて行ったりしないから!」
「……ミエナ……それでいいのか? クルルは俺のために言ってるだけだぞ」
「っ……分かってる。分かってるけど……でも嫌われるのは嫌だし……」
「いや、実際に嫌いになることはないだろ」
「実際に嫌われなくても「嫌い」って言われたら泣いちゃうから。ランドロスもそうでしょ?」
……まぁ、嫌われなくても言われたら傷つくな。
実際、カルアと言い合いになるだけでもかなり辛いしな。
「……というわけで、私はランドロスに協力出来ないや。ごめんね」
「……まぁいいけどな。ああ、でも、ギルドの連中に注意を呼びかけておいてくれ」
「それなら任された」
勧められるままに酒を飲んだが、あまり酔っ払ってはいけないと思って机の上の水を探すとシャルが「はい、お水です」と渡してくれたのでそれを口に含む。
「……酒だな」
「お水です」
「……酒だよな」
「お水です。……もしかして、僕のことを疑っているんですか?」
いや、疑うも何も……酒である。もしもわざとでなければ、シャルも俺が指摘したら焦るだろう。
こうも堂々と振る舞っているのは、逆にわざと間違えているからだ。
「……いや、疑うも何も……」
「お水です。僕が嘘を吐いていると、そう言うんですか?」
「……え、ええ……」
あまりにゴリ押しすぎる。よほど俺が動くのが嫌らしい。
「お水ですね?」
シャルはずいっと俺の目を見て嘘を押してくる。
もうほとんど脅迫である。
嘘を吐いていると言うのは簡単だが……そうするとシャルがどう思うか分からない。
理不尽極まりない。俺がシャルのことが大好きだという惚れた弱みを利用して酒を飲ませて、今日の活動を出来なくさせようとしている。
卑劣且つ強引な手法は分かっている。分かってはいるが……。
「……水だな」
負けてしまう。
シャル自身も自分が理不尽なことをしている自覚があるだろうから否定することも出来なくはないが……やはり「嫌い」と言われるのが怖い。
実際に嫌われていなくともそう言われると傷つく。
まぁ、今日は脅迫に屈してワガママを受け入れるか……。
「水ですから、ちゃんと飲んでくださいね」
「……ああ、でも、朝から水分を取らずに、こういった酒の味のする水ばかりを飲んでいたら気分が悪くなるから、普通の水も飲んでいいか? 朝食とは合わないし」
「ん、分かりました」
俺が折れたのを察して、シャルが水を注いでくれる。
まぁ、元々の予定だったら迷宮攻略を休んでイチャイチャするはずだったのでいいと思うか。
あまり良くない考えかもしれないが、襲われているのは人間だけのようだしな。
シャルとクルルとカルア以外に迷宮鼠に人間はおらず、その三人は迷宮に潜ることがないので安全だ。
迷宮鼠に被害が出る可能性が低ければ、正直なところ妥協出来る範囲だ。流石に知り合いが襲われたら気になるが……まぁ多分大丈夫だろう。
朝食を食べてから、シャルに勧められるままに酒を飲んでいく。
昨夜の寝不足もあってかなりの眠気が襲ってきだし、グッタリと体を弛緩させているとシャルが俺の体を支えるように動く。
「んぅ……ランドロスさん、今日はおつかれみたいですから、部屋に連れて帰りますね。僕も看病などをしたいので今日はお掃除やお勉強の先生はおやすみをいただきます」
ミエナはシャルの動きに若干引いたようにコクリと頷く。
「あ、うん。ランドロスも大変だね」
「……いや、まあ……そうかもしれない」
正直なところネネ以外には頭が上がらない関係だし、今日みたいに強引に意見を押し付けられたら惚れた弱みで頷くしかなくなる。
「あー、マスター、寝不足だったから一回寝てくる」
「あっ、うん。お昼ぐらいにはまた来る?」
「ああ」
頷いてから立ち上がって寮の方に戻る。
少しずつ酒が回ってきて、既に上手く魔法が使えない程度には酔っていた。戦闘能力は大きく下がっているだろうし、今日は諦めるしかないだろう。
……まぁ、全く何も出来ないというわけではないが。
寝ているカルアの隣に寝転び、シャルが俺の隣に座ってヨシヨシと頭を撫でる。
シャルの手の心地良さのせいで少しずつ眠気が襲ってくる中、俺は頭の中で魔王に呼びかける。
アブソルト、魔法の練習に付き合ってくれ。
この前、何かいい感じに消えていったが……。魔王の言葉を信じるならば、夢の中の魔王はただの記憶であり魂はないのだから、いい感じに消えていったとしても実際には消えていないはずだ。
それに親切な奴なので呼びかけたら答えてくれる……気がする。
そう考えながら、俺は眠りについた。




