頼らない
食堂に戻るとカルアとシャルが、メレクの妻であるサクさんを囲んでお腹をペタペタと撫でていた。
「ん、聞いている症状だと間違いなさそうですね。おめでとうございます」
「そ、そうなのかな?」
「不安定な時期なのであまり安心は出来ませんが……可能な限り私もフォローしていきますね。医学的な知識があるのは私と初代さんぐらいですし」
「ありがとうね、カルアちゃん」
そんなやりとりを聞き、メレクに相談しようと考えていたのを止めることにする。
妊娠とかについては詳しくないが……あまり夫を連れ回すのは良くないか。
他に頼りになるやつとかいたかなぁと考えながらその近くに寄りつつ、顔を上に向けると少し心配そうにしているネネを見つける。
「……心配なら声をかけてやればどうだ?」
「……うるさい」
「喜ぶと思うぞ」
「うるさい」
そんな会話を口元の動きだけでして「ふん」と目を逸らしたネネを見て溜息を吐く。素直に声をかければいいのに。
「ランドロス、どうしたの?」
「いや、別に。マスターはサクさんのことは知ってるよな」
「まぁ軽く報告は聞いてたけど……まだそんなに大々的には喜べないね」
「そうか? 普通にめでたいと思うが……」
「……無事産まれるかどうか決まってるわけじゃないからね。これぐらいの時期だと尚更。大はしゃぎしてたら、何かあった時……余計に辛くなるからね」
そういうものか。……その場の空気に合わせていてよかった。
空気を読まずにはしゃぎ回って赤子につける名前の予定とか聞かなくてよかったな。……そうか、もしもということがあるのか。
……いや、でもめでたいから祝福はしたいが……今は我慢するべきか。
「そういやマスター、メレクは?」
「あ、まだ寝てるんじゃないかな? 体質的に長時間寝ないと辛いらしくて」
「……もう夕方近いが」
「まぁ日によるけどね」
そんな話をしているとギルドの入り口から大柄な獣人が軽く屈みながら入ってくる。
「ん、あれ、サク、もう働くのはやめとけって言っただろ」
「あ、めーくん……えっと、身体はそんなにしんどくなかったから」
「無理はするなよ。俺が頼りないのも分かるが……」
メレクはそう言ってから俺達を見る。
「おー、ランドロス、おはよう」
「あと数時間で寝るような時間だぞ、めーくん」
「めーくんと呼ぶな。めーくんと」
「めーくんさん、多少は動いていた方がいいですし、お部屋で人が見てないのよりもギルドにいる方が安心かと思いますよ」
「めーくんと呼ぶな。……まぁ、それもそうか……でも心配でな」
めーくん……メレクはグッタリとした様子でパクリと手に持っていたパンを齧る。
多少落ちつかなさそうな様子のメレクにカルアが提案する。
「ん、一時的にギルド寮の一階に移動するのとかはどうですか? お腹が大きくなっていたら階段で転けたりすると危ないですし」
「……あー、多少動けるうちにそうしておくか?」
「ベッドとかクローゼットとか大きいものもランドロスさんが空間魔法で簡単に運べますからね。あ、でも一階は狭い部屋が多いんでしたっけ?」
「荷物のほとんどはは置きっぱなしでもいいから多少狭くても大丈夫だしな。前向きに検討してみるか」
周りのやりとりを見て、会話についていけていない感覚がして少し落ち込みながら、ネネの方に目を向けて手招きをする。
ネネは仕方なさそうに降りてきて少しだけ離れたところの席に座る。
……上手く話に混ざれなかったもの同士で話そうと思ったが、仕方ないな。
「私達もあまり高い階にずっといるのはよくないかもしれないですね」
「……いや、大丈夫だろ」
カルアのよく分からない発言を聞いたメレクとサクさんは目を開いて俺とカルアを交互に見る。「なんだよ」と思っていると、サクさんは「え、えぇ……」とドン引きしたような視線を俺へと向けた。
「どうかしましたか?」
「い、いやぁ。……そ、そういうのは個人の自由だと思うし、私達も世間一般からすると晩婚で普通とはズレてるからとやかくは言えないんだけど……そ、そういうのは、その、まだちょっと早いんじゃないかなぁ? って思うなぁ」
「……いや、違いますからな。そういうことはしてないからな」
「えっ、でもカルアちゃんはこう言ってるけど……」
「子供が欲しいとねだられてはいるけど、待ってもらっている状況だからな。誤解はしないでくれ」
メレクとサクさんは納得したように頷き、カルアは不満げな表情でちょんちょんと俺の服の裾を引く。
「……ランドロスさん、トウノボリさんから聞いた事件を解決しに行くつもりなんでしたら、その前にして行ってもらわないとダメですよ」
「い、いや……別に普通の人には今更負けることは……。というか、その話はギルドでは止めよう、な? あと勉強はしなくていいのか?」
「もしもは常にあります。勉強なら三日も有れば十分ですね。……後で交渉しましょう」
「いや、交渉って……」
なんだかんだとズルズルと流してきていたが……またカルアと意見を食い違わせた状況で討論しないとダメなのか。
口で勝てるとは思えないし、かと言って無理矢理拒否すると怒られたり落ち込まれたりしそうだし……今から気が重い。
シャルが不思議そうに俺の方を見てコテリと首を傾げる。
「どうかしたんです?」
「……シャルは俺の味方してくれないか? カルアもシャルの言うことなら聞いてくれるしな」
「ん、んぅ……それはちょっと……」
「いつもみたいに不健全だとか言わないのか?」
「夫婦ですし……。それに、いずれは僕のときも来るわけですから、前例は早い方が……」
しゃ、シャルもか……。何故そんなに生き急ぐんだ。
いや、カルアは俺が死にそうだからだろうけど……。
マスターに助けを求めようと目を見るとすぐに目が逸らされる。
ネネの方に目を向けると、背筋が冷えるほどに冷たく鋭い、見下すような目を俺に向けていた。
「……変態男が」
「いや、むしろ俺は反対して健全な関係を目指している方で……」
「じゃあな」
ネネはスタスタと歩いてギルドの外に出て行ってしまう。……まぁ自室に戻ったようなので大丈夫だろう。
……気が重いことが多すぎる。甘えたい。シャルかマスターに甘えたい。
そう思いながら夕食を取って、気が思いながら自室にへと戻った。




