六万歳
カルアは俺のことをペタペタと触って怪我がないのを確かめてから改めて管理者を見る。
「交渉しましょう」
「……交渉にはならないよ」
「なりますよ。貴女にとってはランドロスさんが必要なんでしょうけど、私たちにとって貴女は必要ないですから」
「言うことを聞かないと殺すって言っても?」
「それ自体が交渉であると思いますが、まぁそれは却下ですね。ランドロスさんは当然殺せないわけですし……私達のうちの誰かやギルドの仲間を殺したらランドロスさんは絶対に貴女を許しませんよ」
「一人ずつ殺していけばいい」
「一人殺した時点で全部終わりですよ。ランドロスさんが魔王となったらいつか死ぬことになりますが、そんな状況で魔王の仲間である私達が殺されないはずがないです。昨日言っていたように保護するというのは、一人でも殺した時点で一切の信用がなくなります。だって、人を脅しのために殺すような人が、反乱してくる可能性が高い集団を生かすとは到底思えませんからね。血も涙もない人なら、ランドロスさんが死んだ時点で全員殺すのが効率がいいからそれを選ぶでしょう。なら、もう全力で戦うか逃げるかしかなくなりますよ」
カルアはペラペラと口を開く。よくそうもすぐに口が回るな……と感心していると、口の端にソースが付いていることに気がつく。食事中だったのか。
軽く拭いてやっていると管理者が反論するように口を開く。
「……そもそもの話ね。私からしたら何としてでも魔王にさせるしかないの。そうしないと世界が滅びるから」
「なら交渉のテーブルに着くしかないでしょう。こちらは「世界の滅亡」ぐらいなら妥協してもいいと考えていますから」
「決裂が有り得ない交渉なんて、一方的にこちらが条件を突きつけられて飲まされるだけじゃないかな」
「そのつもりでしたけど、違うんですか?」
カルアと管理者が睨み合い、俺とネネは二人で蚊帳の外になる。
……案外、大人しいカルアも攻撃的な態度をとることがあるんだな。まぁ俺を守るためか。
管理者はニコリと微笑んでパチリパチリと目を瞬かせる。
「……私はね、ここに移住してきたとき一番若くて子供だったから、戦場にいかなかったの行ってたら死んでたね。実際に行った仲間は全員死んだよ」
「……それは、えっと……」
「いや、悲しさを自慢するわけじゃなくてね。単純に……それだけ強い相手って話だよ。どうせ「戦って勝つ!」だとか思ってたでしょう」
図星を突かれて若干気まずく思っていると、カルアはすぐに首を横に振る。
「いえ、見捨てるつもりでした。仕方ないので。出来る限り人は救いたいですけど、ランドロスさんには替えられないです」
「……救世主じゃないの?」
「副業ですよ。……優先順位ぐらいはあります。世界を救うのは可能な限り、です」
カルアは真っ直ぐに管理者を見る。
「……好きな人です。愛する人です。どこまでも贔屓をします」
「……どうしたものかな。ランドロス、君は?」
「まぁ……交渉次第だな。ある程度は折れてくれないと話にならない」
「……とは言ってもね」
「……カルアと俺が協力して、出来ないことがそう多くあるとは思えないが」
特にカルアは聖剣お墨付きの英雄だ。
「話すぐらいならいいんじゃないですか? それともここで延々に口喧嘩をしますか?」
「……まぁ、会話ぐらいなら」
いつのまにか立場が入れ替わっていた。
カルアは俺の服の裾を摘み、俺を屈ませて耳元で小声で話す。
「とりあえず私に合わせてくださいね」
「……ああ。ネネもか?」
「まぁネネさんは手を出さないように……」
「どうせ死なないから攻撃はしない」
そういう問題ではなく攻撃しないでほしいんだが……。まぁいいか。
管理者が俺達の前を歩いていくのを見て、続いて歩くと廊下の中の一室に入る。
ネネとカルアを背にしながら入ると、見慣れない調度ではあるがどうやら応接室のような模様の部屋だった。
特におかしなものがないのを確認した後に二人を入れると、管理者は不思議な道具を使ってお茶を淹れていた。
「まぁ、座って」
「……不思議な部屋ですね。十階層には少し似ていますか」
「まぁ私達の故郷の内装だからね。あ、この部屋はそんなに寒くないから上着返すね」
管理者から上着を受け取り、それをしまいながらソファに腰掛ける。
「……失礼しますね。……まぁまず何から話すべきでしょうか。何も知らないですからね。……私はカルア・ウムルテルアです。こちらのランドロスさんの妻です」
「ああ、うん。まぁそれは知ってるけど……」
「こっちの猫の獣人はネネだ」
「まぁそれも……。ええっと自己紹介だよね。名前……あー、名前忘れたからちょっと調べるね」
管理者はそう言ってからポケットから板を取り出して板を撫でると、板に絵が浮かび上がる。
ネネは警戒したようにびくりとして、俺は「大丈夫だ」とネネの手を握って落ち着かせる。
「ああ、ごめんね。えーっと、千代。塔登千代という名前みたい」
「……名前みたいって……」
「まぁ、ここ数百年は名前を呼ばれてないからね。シルガも私には全然興味なかったみたいでさ」
「……シルガと会ったのか」
「うん。登ってきたからね。あの時はびっくりしたね。最後に人と話したのが百年前とかだったから、しばらく声が出なくてさ」
シルガを魔王にしたのがこいつか。
憎しみが湧き出るが、それを無理矢理に抑えようとしていると、カルアの手が俺の手を上から握る。
「……シルガのことで、私を恨むのは筋違いだよ。アレは彼が望んだことだった」
「……そうか。まぁ、いい。怒りに任せていたら交渉にならない」
「ご理解ありがと。それで、何の話からするの?」
管理者がカルアを見ると、カルアは「んー、とそうですね」とわざとらしい呑気な声を出して、人差し指をピンと立てた。
「失礼ですけど、おいくつなんですか?」
「カルア……それ今聞くことか?」
「気になったんです」
「えーっと、だいたい60回ぐらい世界を滅ぼしたから……6万歳ぐらいかな。具体的な年齢は調べないと分からないや」
6万歳……せいぜい俺と同じぐらいにしか見えないが……めちゃくちゃ若作りだな。
「6万って……エルフどころじゃないですね。エルフも長生きで400歳ぐらいですし。私の数千倍ですよ。……人間の精神ってそんなに持つんですか?」
「ああ、よく聞かれるけど案外平気だよ。精神なんてものは結局のところ脳と身体の電気的な反応でしかないからね。結局、不死の力で体が健康体なら、ご飯は美味しいしお布団は気持ちいいよ」
「人を好きになったりは?」
「んー、それはないけど、精神がどうこうじゃなくて、単純に人との関わりが少ないのと、文化的な差異が大きくて気が合わないってのがあるかな」
カルアと管理者の会話の大半が意味不明で、ネネの方に目を向けるとお茶をクンクンと似合って異物が混入していないかを確かめていた。
こいつ、会話の内容を理解するつもりは最初からないな。
「まぁ、結局のところそういう恋したりという機能は普通に残ってるはずだから……男の人を使ったハニートラップみたいなのはやめてね。普通に効く可能性があるから」
「……知り合いで格好いい人がランドロスさんしかいないので、けしかけたりはしないですよ。仕方なく四人で分け合っていますけど、本音では独り占めしたいですし。義理のない人には分けません」
「カッコいいとかの美的感覚は薄れてるんだよね。そもそも美形の定義が私の方の文化とは違うし……。いや、そもそもランドロスってそっちの文化でも格好いい顔立ちじゃなくない?」
「ランドロスさんのお顔は凛々しくてカッコイイです。失礼ですね」
……なんで恋バナになっているんだ?
まぁ……親睦を深めるために無駄話をするのはよくあることか。




