夜の散歩
ネネのことはどうしようか。
同情で結婚や交際をするのは良いことではないのは分かるが、だからといって他に良い案があるわけでもない。
放っておいても平気なら、シャルをこれ以上我慢させる必要はないが……と、考えているうちにいつのまにか夕方になっていた。
とりあえず食事をするかと思い、シャルに手を引かれて部屋から出る。
ギルドに行くといつもの天井の柱の上にネネがいて、少し安心してから席に着く。
いや……姿が見えなかったら俺達が心配するからの可能性もあるか。
ボリボリと頭を掻く。
今日はネネも混乱しているだろうし、また明日に話すか。
それからネネのことを気にしながら四人で食べて、いつものように風呂に入ってから寝ようとする。
先にシャルとクルルが眠り始め、その頭を軽く撫でて寝顔をじっくりと見ていると、カルアが俺の服の裾をちょんと引っ張る。
「お散歩しませんか?」
「ん……ああ、そう言えば最近はしてなかったな」
カルアが着替えを取り出しているのを見て部屋から出て、俺も自室で服を着替えてからカルアと合流する。
「どこに行く?」
「ん……じゃあ、果樹林のところで」
「ああ、カルアランドか」
「えへへ、ちゃんと出資者の名前も入れましたよ」
「ランドって俺の名前からだったのか……」
カルアとふたりで暗い階段を降りる。少し不安だったので軽く手を取ってこけないように手を繋いで、それからふたりでギルドの寮を抜け出す。
月明かりしかない夜、近くにいるカルアの顔しか見えない。
夜は少し冷えていてあまり着込んでいなかったカルアにぼすっと俺の上着を着せる。
「えへへ、ありがとうございます。ランドロスさんの温もりを感じますね」
「今、空間魔法で出したやつだけどな」
トコトコと歩くカルアの足音が静かな街によく響く。そう思っていると、カルアは俺の方を見て微笑みながら言う。
「ランドロスさんの足音がよく聞こえます。やっぱり男の人で体が大きいですから、足音も大きいですね」
「そうか? カルアの足音の方がよく聞こえる気がするが……」
そう言いながら歩くと、たしかに俺の足音の方が大きいな。意識しなかったらカルアの足音しか聞こえないが。
「気のせいですよ。ランドロスさんが私のこと大好きだから、私の足音にばかり意識がいっちゃってるだけです」
「……その可能性が否定出来ないというか、真面目にそんな気がするから笑えない……」
「えへへ、仕方ない人です」
カルアはキョロキョロとしたあと、俺の方に顔を向けて、月明かりに照らされた顔を赤くしながら「んっ」と俺の身体を支えにしながら背伸びをする。
白く柔らかい髪を軽く撫でてからその唇に唇を近づけて、熱っぽい吐息を感じながら唇を付ける。
「えへへ、独り占めです」
「……悪いな。いつも気を使わせている」
「本当ですよ。全く……お城にいるときは、こんなに人に気を使ったりしてなかったです」
「まぁ、そりゃな」
「お掃除や洗濯なんてしたことなかったですし、勉強をするか、お茶会をするかで……」
「悪いな」
俺がそう言うと、カルアはまた俺の唇にキスをする。
「恋をしたことも、人を愛したことも、キスをしたこともなかったです」
「……おう」
「照れてます?」
「そんなことを言われたらな。……流石に照れるだろ」
「……えへへ愛してますよ」
「からかうなよ。……俺も愛している」
俺が言うと、カルアは顔を赤らめて、誤魔化すように「んっ」と俺にキスをねだる。そのキスを待つ顔が可愛らしくてじっと見ていると、カルアはキスがこないことを不思議に思ってかチラリと目を開けて俺の方を見て再び目を閉じる。
それでもまだ見つめていると、きゅっと服を摘まれて恥ずかしそうな声を出される。
「い、意地悪しないでください」
「悪い。可愛くてつい、見惚れていた」
「可愛いのは知ってます。私が可愛いのはいつものことなんですから、慣れてください」
「いや、慣れるようなものでもないだろ。見るたびに可愛い」
「そんなに可愛い可愛いと言われると──」
不満げなカルアの唇にキスをして、軽く抱き寄せる。
カルアは不意打ちに顔を真っ赤にして、恨みがましい目を俺へと向けた。
「ん、んぅ……なんだか、ズルくないですか」
「何がだ?」
「私はランドロスさんにキスしようとしても身長が足りないからキスをねだるしか出来ないです。でもランドロスさんはいつでもしたい時に出来ます。ずっこいです」
「……いや、普段からちゃんと我慢してるからな?」
三人にキスをしたくなるときはよくあるが、鉄の意志で人前では我慢している。そんな好き勝手にはしていない。
そう不満に思っていると、カルアはゆっくりと歩きながら話す。
「……私も、ここに来てからは半年ほどしか経ってないんですよね。……今までの人生の二十分の一以下なのに、ランドロスさんと出会ってからの方がたくさんな気がして不思議な感じです。それなのに、出会った日のことは昨日のことのように思い出せるんですから」
「……まぁ、少し分かる。旅をしていた時の記憶が薄れていく気がする」
「私もお姫様だったことを忘れてしまいそうです」
それは覚えておけよ。そう思いながら果樹林の前に来て、カルアの方に目を向けるとカルアも同じ気持ちだったのか、俺の方を見て目を閉じていた。
それから初めてのときのように疲れるまでキスを繰り返ししていき、カルアが満足したようにコテリと俺の方に身体を預ける。
「……ネネさん、どうするつもりです?」
「明日、無理矢理にでも話してみようと思っている」
「ネネさんのことはどう思っているんですか?」
「……正直、難しいな」
「難しいというのは?」
「いや、今まで一切気にしていなかったからな。好かれていると知っても現実味がないというか……」
カルアはこの話をするために俺を散歩に誘ったのだろうかをそれとも単純にキスをしたかっただけかもしれないか。
……カルアには本音を隠さない方がいいだろう。
「俺はどうやら割と節操がないみたいでな」
「まぁそれは散々知ってますけど。ハーレム作ってますし」
「……半ばカルアのせいだけどな。まぁ、キスとかも出来なくはないし、俺からすると問題は……あまりない」
「あまり? 何かあるんですか?」
「いや……単純に、ギルドの女の子を四人もってな……流石に居心地が……」
「ああ、四人も食い散らかしてますもんね。二人しかバレてない今でもロリコンの変態と思われているのに、これ以上は性欲の権化と思われかねないですね」
食い散らかしてないけどな。結婚はしてるうえに手は出してない。
「まぁ、それはわりとどうでもいいけどな」
「私としても、ランドロスさんの女癖の悪さを知られた方が近寄ってくる女の子が減りそうでありがたいですね」
女癖とか言うなよ。……まぁ、悪いが。




