誘惑
クルルは気遣うようにネネの方を見て、俺は気まずさから目を逸らす。
何と言うべきなのかの言葉が見つからない。俺の方が好きで結婚したいと思っているわけではないので口説くのはおかしいというか、そんな時に都合の良い言葉が出てこない。
かと言ってネネは俺に好意を抱いていても別に交際や結婚がしたいと言うわけではないらしく……。そう思っているとネネがゆっくりと口を開く。
「……図星だった」
「何がだ?」
「迷宮の管理人の言葉だ。私はお前のことを同情して、勝手に親近感を覚えて、そして私よりも多くを殺したのだろうと見下していた。……好意だが、好意じゃない。ただの精神的な薄弱さからくる似ていると思ったものへの依存心でしかない」
ネネは「だから」と、弱々しい口調で続ける。
「そんなに気を遣わなくていい。先生も、私のことは気にしないでいい。取ったりはしない。ランドロスも私のことは好きじゃないだろうしな」
「いや、まぁ……何というか……異性としては見たことなかったが……」
無理じゃない。いけなくはない。
そんなのは堂々と言えるようなことではなく、少し戸惑いつつ、ネネに言う。
「俺は多分、ネネのことも愛せる」
「私には必要ない。無理に愛してもらうことに価値なんて置いていないし、そもそも、もしも相愛になろうとも結婚や交際なんて望んでいない」
……普通は好きな人と結ばれたくないだろうか。そう思いながら、ネネの方を見ると、脚の黒い装束の上に手を置く。
「……じゃあ、ネネはどうしたいんだ?」
「……このままでいい」
「このままってのは……友達でってことか?」
俺が尋ねるとネネは首を横に振る。
「……関わりはなくていい。私は……お前が幸せになってくれたら、それでいい。それで満足だ」
そんな健気なことを言うなよ……。余計に放置は出来なくなってくる。
「お前の幸せに私はいらないだろう。こんな口を開けば罵倒しか出来ず、女らしい柔らかさも何もない奴が好かれる筈がない」
「そんなことは……まぁ、罵倒するのと柔らかくないのは確かだけど」
性格的にもそうだし、探索者だから身体も引き締まっていて女性らしいふにふにとした体付きではない。
「同情はいらない」
「同情ってわけじゃない」
「……じゃあなんだ、女だったらなんでもいいのか? そんなにハーレム作りたいのか?」
「……いや、俺も一応フッたことはあるぞ」
ルーナとクウカは拒否している。
まぁルーナは俺のことが好きなんじゃなくてあくまでも俺のことを利用するために体を使おうとしただけなのでまた別としても、俺は求められたら誰でも受け入れるというわけではない。
冗談でミエナに求婚されたのも普通に断ったしな。
「それにな……」
とネネは言ってから黒装束の端を摘まみ、するりとはだけさせて内に着ていた襦袢を俺に見せる。
思わぬことで反応が遅れ、シャルがワタワタしながら「は、はしたないですよっ! 男の人の前で」という。
ネネはそのまま下着の襦袢を脱いで、スッと俺に肌を見せる。
白い肌の上には多くの傷跡があり、ネネは恥らうように胸の先を細い腕で隠す。
急いで服を着せようとしていたシャルの手が止まり、カルアが息を飲む。
俺よりも多い古傷だ。
「……い、痛く、ないんですか?」
「もう見た目以外は普通の肌と変わらない。……こんな女抱きたくはないだろう」
ネネにそう言われるが、裸を見させられれば普通に反応はしてしまう。
ソファの上で隠すように脚を組むとカルアのジトリとした目が俺を見る。……いや、これは仕方ないだろ。
俺から見ようとしたわけではなく、見せられたわけだしな。
「……とりあえず、服を着てくれ」
「分かっている。見たくはないよな。目も逸らしているし」
「……いや、普通異性が突然服を脱いだら目を逸らすと思うが……。ガン見するのは、アレだろ」
「そうですね。よくないです。服を着るべきです。もう、まったく……大人なのに……」
シャルが動いてネネに服を着せていく。
やはりネネはシャルには弱いらしく無理矢理服を着させられたあと、俺の方に視線を戻す。
「……えーっと、ネネ。言ってることとやってることが違うと思うんだが」
「何がだ?」
「いや、俺と結婚とか交際とかするつもりはないと言っておきながら誘惑してきてるだろ」
ネネは俺の方を見て不思議そうに猫の尻尾を動かす。
「……誘惑?」
そう首を傾げてから少しして、ネネの服を脱いでから薄く色づいていた頰が赤くなる。
「ゆ、誘惑って、そ、そんなつもりじゃ……」
いや、していただろ。かなり露骨に……。男なら反応すると思っていると、ネネは俺の組んでいる脚の方をジッと見て、パッと立ち上がる。
「お、女なら何でもいいのか!? この変態男!」
ネネはそう言ってからパッと部屋から抜け出し、不安だったので俺が空間把握で追うと、ネネは自室に入ってベッドに勢いよく飛び込んでいた。
「……自分から見せておいて理不尽な……」
俺がそう言うと、カルアはジトリとした視線を俺に向ける。
「……あーだこうだと言っておいて」
「……いや、悪い」
「まぁいいですけどね。……また逃げられましたね。ネネさんも満更じゃなさそうだと思えましたけど、どうします? 追いかけて押し倒します?」
「出来るか。殺されるだろ、ネネに」
「……まぁ、それは私も嫌ですけど。ランドロスさんの初めての人は私がいいです」
カルアは軽く牽制するように言う。
ああ、カルア達が子供だからと我慢して手を出していなかったが、ネネは子供じゃなく、むしろ俺よりも歳上だからな。
……確かに、もし結婚や交際をすることになったら我慢する理由も少ないので……俺も男なのでしてしまうかもしれない。
大人の女性の身体にも反応することがわかってしまったしな。
どうしようかと思っていると、シャルが呆れたように俺を見る。
「……その……僕が言うのもアレですけど、ランドロスさんって、問題ある女の子を引き取る廃品回収業者みたいになってきてません?」
「……いや、そんなことはないと思うが……」
シャルはそんなにおかしなところがある女の子じゃなくただの戦災孤児だし、カルアはちょっとアレなところがある元お姫様で、クルルは心に傷を負ってるだけのギルドマスターだし、ネネも心に傷を負っている元暗殺者だ。そこまでおかしな奴は……いや、一般的に見ると多少はアレなところがあるか。
まぁ、全員可愛らしかったり美人だったりするので、本人が望めば引く手数多だろうからそんな卑下するようなことじゃないだろう。
「……これっきりですからね。本当に」
「ああ……いや、悪い」
どう説得すべきだろうか。……もしくはネネの言う通りに今まで通りの方がいいのだろうか。
どうにもわからない。そろそろ嫁を増やすことに抵抗がなくなってきたし、おかしな考えになっている気もする。
「……後で、もう一回話してみるか」
そう簡単にどうするべきかを決められる話でもないだろう。




