愛とは
幼いころから暗殺者として育てられた……か。
俺も仕方なく人を殺したが、それはあくまでも自分で選択してのことだ。……シャルのいる街を守るために魔族と戦う。それを選んだのは俺で、選ぶことさえ出来なかったネネの気持ちはより深く傷ついているだろう。
少し手が冷たくなっていたシャルは、ギュッと俺の手を握り返しながら言う。
「怖くはないです。嫌いにもなりません。僕のことを先生と呼んでいるネネさんはやっぱりネネさんです」
「……まぁ、俺はおおよそは知っていたし、俺自身そんな褒められるような人生を送っているわけでもないからな」
「……よかった。ネネは寂しがりだから」
クルルはホッとしたように息を吐くが、俺達が引いてしまうとは思っていなかったのか分かっていたようにニコリと微笑む。
「……それで、それを踏まえてどうするって感じです?」
カルアの一言で少し和らいでいた空気が固まり、クルルとシャルの視線が俺を向く。
「……今、多分ネネに聞かれているんだよな?」
「あ、うん。ネネならこの辺りぐらいまでなら聞こえてるはず」
ネネには俺のものが反応してないとか絶対に言えないな。いや、ネネもそれには気がついているだろうし……。
「……クルルはどう思っているんだ?」
「えっと、ネネがランドロスのこと好きって聞いたのもカルアは越しだから、まだあんまり実感がないというか……」
「シャルは?」
「ん、んぅぅ……あ、えっと、正直なところ……三人でも、ランドロスさんの隣でギュッとひっつきながら寝るのが三日に二回だけですし、デートとかで独り占め出来る時間も少ないのでちょっと嫌なところもあると言いますか……もちろんネネさんは好きですし、ランドロスさんのお気持ちがあるのでしたら、僕はその……」
シャルは消極的に反対という立場か。……あまりシャルに我慢をさせたくない。
……ネネが俺とデートしたがったり、一緒に寝たがるという姿の想像がつかない。
そもそも、ネネは人と一緒に寝るのとか出来るのか? ……いや、俺も元々そういうのは苦手だったが、シャルと一緒に寝ているうちに好きになってきたのでネネも慣れればいけるか?
……いや、そもそも一緒に寝るどころかちゃんと話したことも……。
いや、ネネはあれでも俺よりも年上だしな。もしかしたら普通に異性との経験があって余裕かもしれないし……。
と、考えたところで一瞬だけもやっとした気分が胸の内に湧き出る。
……あれ、俺、今……若干だけ嫌だったか?
何を不快に思ったんだ? ネネと一緒に寝ることか? いや、それは全然問題ないよな。話すのも……罵倒されるのは好きじゃないが、そんなに不愉快というわけでもない。
……俺、もしかしてネネに昔、男がいたらと考えて不快になったのか?
…………俺、気持ち悪っ。えっ、俺、女性に好意を寄せられただけで自分の女扱いして独占欲を働かせているのか?
いやいや、それはダメだろ。普通に。
そりゃあ、好きな人に好かれているのは生涯で自分だけだったらいいと思うのは普通だと思う。だが……今、特に好きでもないということで困っている相手に対しても独占欲を発揮するのってどうなんだ。
……カルア風に言えば、男は子孫を残したがるから他の男の影を排除したがるのは当然だし、自分によってしている女性にはそういう意識が働くのはおかしなことではないだろうが……。
それはそれとして、俺は気持ち悪いな。
「あ、あの、どうしたんですか、ランドロスさん。そんなにお嫁さんにほしかったのなら、全然文句は言いませんよ」
「いや……そうじゃなくてな……ちょっと自己嫌悪を」
傲慢すぎるし強欲すぎる勝手に自分のもの扱いしだしていた。
……いや、まぁ……でも何となく嫌なのは事実だった。
俺って色々と最悪だな。好きな女の子でさえないのに独占欲を働かせて、自分は嫁をたくさん作ってるのに相手には過去に他の男がいたら不快がるとか……。
俺が落ち込んでいると、クルルが口を開く。
「あ、えーっと、ネネ呼んでくるね。ちょっと説得に時間がかかるかもだけど」
クルルはそう言って出ていき、カルアは俺を見て顔を寄せて耳元で囁くように尋ねる。
「あの、下世話な話なんですけど……ネネさんとえっちなことって出来ますか? いや、その、なんていうか……その、扱いが私達と違ったら傷つけるんじゃないかと……」
「……いや、まぁそれは……」
答えにくいことなのでごにょごにょとしていると、カルアは察したように言う。
「……大人の女性って苦手ですか?」
「……いや、まぁ……少しな」
シユウに刺されたあとボロクソに言われて頭をぶん殴られた思い出がある。
ネネはそんなことをしないと思うが……いや、ちょいちょいボロクソに言われて殴られているか。
だがルーナとかとは何か全く違うな。……やっぱり、根っこのところが優しいからだろうか。
そう思うと抱き合って寝ることへの抵抗感はなくなるな。
「ネネは割と大丈夫かもしれない」
「……ん、それはちょっと嫉妬します」
案外やれる気がしてきたが、まぁネネの方がどう思うかが重要か。
ネネの肌が少し透けているような薄い寝巻き姿に興奮しなかったり、尻が長時間当たっていても気にならなかったので厳しいかと思ったが。
男が似たような格好をしていたら不快だし、男の尻が当たっていたら払い除けていたことを思うと、ネネに対しては性的な拒否感はないわけで……。
うん。今の状況でもキスとかをすることは無理じゃないな。大人の女性に慣れていないからと言うことを考えると、ネネに慣れたら普通にシャルやカルアやクルルに対するような想いを抱ける可能性も……。
「でもあまりそれは誠実じゃないよな」
拒否感がないというだけなら、ギルドや孤児院の幼い女の子には欲情もしないがキスをされても嫌な気持ちになることもないだろうし、好かれたらとりあえず結婚というのはやはり良くない気がする。
そもそも男なんて、その日初めてあった娼婦に対しても反応出来るのだから、性的なことが出来るのと愛情は関係ないように思える。
愛がなくてもやることはやれるものだ。
……じゃあ、何が愛なのだろうか。命をかけてでも守りたいというのが条件ならば、ネネのことは愛しているがそれは友愛のような気がする。ピンチに陥っていたら、初代やメレクでも命がけで守るだろうしな。でも結婚とかは嫌だ。
だったら異性として、結婚相手としてはやはり性的に見れるかどうかだろうか。それもやはり違う気がするというか……愛ってなんなんだ。
ならば愛とは一体……と考えていると、扉が開いてクルルがネネを連れてきた。
いつもと違って気弱そうな姿は少し可哀想で、思わず声をかけてしまう。
「ネネ、大丈夫か?」
「うるさい」
いつも通り振る舞おうとしているのと、それが出来ないほど気落ちしているのが見て取れる。それほど好意がバレるのが嫌だったのだろう。




