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劣等感

 俺の言葉に馬車の中が少し静かになる。

 気持ちは分かる。あんなチンピラ紛いが人間の希望である勇者などと信じたくはないだろう。

 もしも俺が人間だったら嫌だ。


 下品な商人さえも微妙そうな表情を浮かべていた。気まずさを打ち払うように、シャルは言う。


「そ、その……勇者様って、その……存外に……わんぱく小僧だったんですね」

「……わんぱく小僧」

「わんぱく小僧」


 おそらくシャルが悪く言わないように気を遣って言ったのだろう表現は気まずさに拍車をかける。

 勇者……アレでも25歳だ。もはやわんぱくではすまない年齢である。


「……まぁ、わんぱくさんが大人しくなるまでは通れそうにないですね。無理に通って人間の英雄に目を付けられても困りますし」


 俺としても見つからずに移動したい。

 裏切って殺した奴が蘇ってきたと思われると面倒だし、再び口封じに殺そうとしてくる可能性もある。


 そもそも、関わり合いにはなりたくないタイプの人間だ。こうして馬車の中にいれば見つかることはないだろうし、わんぱくさんは放っておくに限る。


 ぎゃーぎゃーと騒ぎに騒いでいる勇者と関わらないように馬車の中で待つ。

 どうせいつか諦めて素直に入国審査を受けるだろうと思っていると、どんどん加熱し、発言が罵倒と暴言の混じった汚いものになっていく。


 シャルにあまりそういう言葉を聞かせたくないと思っていると、周りの待っている人間が騒めき出す。

 一体何が……そう思って馬車の隙間から覗き見れば、日の光を反射して輝く白銀の剣が振り上げられていた。


 ……は? と思っていると、どうやら勇者のお付きの騎士らしい人が勇者の愚行を止めようとして、怒った勇者が騎士を斬り裂いたらしい。


 鉄の鎧をゆうに切り裂く異様な斬れ味の刃から血がこぼれ落ち、地面を赤く汚していく。

 驚いたのも一瞬、勇者の腕がそのまま下に振り下ろされ──俺は思わず飛び出して、騎士の男の前に立っていた。


 勇者の聖剣は防ぐことが不可能だ。金属ぐらいならいとも簡単に斬り裂き、鉄の塊を出したところで盾にもならない。


 だから俺はそのまま斬り裂かれ、空間魔法により口の中に回復薬を出して、瓶を噛み割って飲み干してガラスを口から吐き出す。


 連続して振られた聖剣を避けつつ、足元に回復薬を出して騎士の方に蹴る。


「誰だ、てめえ!」


 俺はその問いに答えずに、聖剣の柄を掴んで止めて、力ずくで勇者ごと聖剣を持ち上げて人のいない方へと投げつけた。

 腐っても勇者であるシユウは空中で体勢を整え、壁に脚を付けて着地する。……まぁ流石にあの程度では無理か。


 勇者は一瞬だけ苛立った様子を見せるが、その後に地面に落ちているガラスを見て目を見開く。


「……聖剣の能力を知っている。その背丈に、腕前、そして回復薬を口の中で噛み砕いて飲むのなんて……!」


 勇者と目が合う。勇者の金の髪が風に揺らされ、その下で驚愕の表情が浮かび上がる。


「……ら、ランドロス!? 何故、何故お前が、生きてこんなところに!? 確かに俺が殺したはずだ!!」

「……シユウ、俺はお前のことを恨んではいない」


 目の色に映る恐怖の色合い。共に恐怖をし合う関係になるとは思ってもいなかった。


「……俺のことを死ぬまで隠していてやる。だから、ほんの少し……大人しくはしてくれないか?」

「……ッ! テメェは……また俺を見下しやがって!!」


 俺の目に突き刺さろうとした聖剣を寸前のところで回避する。

 当たれば即死の攻撃だろうが、シユウの癖や限界は分かりきっていた。あの魔王との戦いの場にいても役に立つことはないと判断したから、俺一人で戦ったのだ。


 シユウと俺の間にはそれぐらい実力の開きがある。


「見下してなど……」

「見下してんだよ!! 俺のことを、いつもいつも……冷めた目で、つまんなそうに見やがって!!」


 シユウは再び俺を斬ろうと聖剣を振るう。この分だと、避ければ後ろにいる騎士に当たるだろう。


 フッと息を吐き出して、空間魔法で木の枝を取り出し、聖剣の剣身の側面を叩いて横へと逸らす。

 聖剣は石畳を貫通し、俺は勇者の手を押さえて聖剣が振るえないようにする。


「見てねえよ。……そんな目で。かたや勇者様で、かたや住む街すらない混ざり者だ。見下すわけが……」

「じゃあ、その目はなんだ!!」


 目の前に現れる魔法陣、俺は目の前に鉄板を出す。

 鉄板に大量の氷の礫が突き刺さるが、俺にまでは届かない。


「今、この時! この瞬間も! 旅をしていたときも!! テメェはずっと俺のことを見下していやがった!! ああ、クソ、クソクソクソが!! 嬉しいぞ!! お前と再会出来てな!! 今度こそ、今度こそ!! 俺の実力でお前を殺せる!!」


 勇者の周りに浮かび上がる夥しい魔法陣。人ひとりに向けるにはあまりに過剰すぎる暴力だ。それに、これだけ近ければ……。


 勇者自身にも当たる。


 俺は勇者の身体を蹴り飛ばし、自分の前に巨大な大盾を出して雷の魔法を防ぐ。


 俺のその姿を見た勇者は吠える。


「ほら、見下してやがる! 目の前で自分を殺そうとしている奴を、助けようとするとか……どれだけ俺を舐めれば気が済むんだよ!? テメェはよォォ!!」


 勇者は再び魔法陣を展開する。

 ……元来、魔法の属性はひとり一つしか持たない。俺であれば、空間魔法だけが使えて、炎や水といったものを出すことは出来ない。


 勇者の周りから発生する。雷を纏った氷の礫。


 それは、勇者が稀有な二つの魔法属性を持っているからだ。

 本来のシユウの属性である氷と、勇者に引き継がれていく雷。歴代でも初となる……勇者となる前から剣と魔法の両方に優れていた稀代の天才。


 魔法の才、剣の才、そして勇者に選ばれた。天が三物を与えた歴代最強の勇者……勇者シユウだ。


「……俺からしたら、お前の方がよほど羨ましい」

「ッ……うっせえんだよ!! 目の前でルーナを抱きしめても、隣の部屋で喘ぎ声を聞かせてやっても、顔色ひとつとして変えやしねえ!!」

「……元々、あの女の気が俺に向いていることがないことぐらい分かっていたからな」

「……クソが!! 面白くねえ、面白くねえ!! 俺を見ろよ!! この混ざりものがァア!!」


 振り下ろされる聖剣と、降り注ぐ雷と氷の混合魔法。

 躱しきれない魔法と防げない剣による連撃、勇者の最も得意とする技──【天が雪ぐは穢れの魔】。


 これは……まぁ、正面から防ぐか。

【空間把握】正確に、視界よりも正確に空間を認識する。俺に当たる礫だけを剣によって弾き飛ばし、勇者の聖剣に側面から当てて横に逸らす。


「クソ! クソが!! ぶっ殺してやるぞ、ランドロス!!」

「……俺にはお前の考えが分からねえよ。人間として産まれて、勇者に選ばれて……英雄として敬われる。それの何が不快だと言うんだ」

「お前が! 俺のことを見ないことに決まっているだろうが!! お前は、俺がこの手で殺してやる!!」


 再び俺に聖剣を振ろうとした勇者の足元に大量の草が生えてその脚を絡め取る。

 一体何が起こったのかと思うと、聞き馴染んだ少女の声が響いた。


 俺と勇者から距離を取ろうとして出来ていた人垣が割れて、エルフや獣人、珍しい他種族の集団が姿を現す。


 その先頭に立っていたのは、灰色の髪をした人間の幼い少女だ。


「その男は、紛れもなく勇者だ。迷宮国サグリアルの七大ギルドのひとつ【迷宮鼠(ラビリンスラット)】のギルドマスター、クルル・アミラス・エミルがそれを保証しよう。勇者を通してやれ」


 人々がざわつき、勇者が吠える。


「もうそんなことは関係ねえんだよ!!」

「……こちら側の非礼と失態が関係ないのだとすれば……。君は他国からやってきて、暴虐を尽くそうとする侵略者ということに、ひいては勇者を遣わせた国は宣戦布告をしたということになるが」

「ッ……うっせえな!!」


 勇者は足元の草を焼き切り、マスターの方へと向かうが、間に入ってきたワーキマイラの獣人メレクが地面を強く踏みつけて、地面を深く沈み込ませた。

 突如として空いた穴に勇者は思わず脚を止める。


「こちらの不手際なら謝ろう。だが、これ以上の譲歩はない」


 マスターのその言葉に一瞬だけ怯んだ勇者に、お付きの騎士が飛び付いて止める。


「ッ勇者様!! 落ち着いてください!! これ以上は、本当に……本当に、戦争になりかねませんから!!」

「……クソ、クソが。……覚えていろよ、ランドロス。お前は俺がこの手で殺す。この俺を見下したことを、後悔させてやる」


 ……見下してなどいない。

 俺の言葉を聞くこともせず、勇者はそのまま人垣を割って、街の方へと歩いていった。

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[気になる点] 本当に、主人公として存在するなら意味もなく惨めにならないで欲しいなランド。 試練ですら無い話に小僧に反撃しないとは、少し自業自得に思えてきたよ。現状を変える手を打たないでやられるだけな…
[一言] ここまでの話を読んで思ったこと。 うーん、ランドロスってバカなんだりうか、でした。 見下してる、してないの問題じゃないのに、こういう輩は理詰めで話すとますます感情的になる(苦笑) こういう相…
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