なんだ猫か
共用部分の廊下はそこそこ広く手間がかかるが、あまり負担には思わない。
床などの低いところはふたりに任せて、俺はふたりが届かなさそうな窓などを掃除していく。
あまり手際がいいわけではないが地道に丁寧に作業をしていると、シャルが心配そうにチラチラとこちらを見てくる。
まぁ得意な仕事ではないが、そんなに心配されるほど不得手というわけでもない。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だって、カルアの方が心配じゃないか?」
元お姫様だぞ。と思って目を向けると、いつの間にやらいつもの服装から着替えて地味な格好になっていた。
「カルアさん、時々は一緒に掃除したりもするのでそんなに心配は」
「……あの、シャルさん。私の可憐なお姫様キャラが崩れるので」
「あ、す、すみません。そういうのを目指してたんですよね」
「……目指して?」
カルアが首を傾げる。
「……目指して?」
再び首を傾げるカルアを他所に掃除を続けていく。
商人を働かせているのにこんなのんびりと過ごしていていいのだろうかと思ったが、アイツは俺の大親友だからな。
一人で危険な場所に放置しているぐらいはきっと許してくれるだろう。親友だしな。
近いうちに開く披露宴には絶対に招待しないが、親友だからな。
「シャル、孤児院とは別にギルドで披露宴みたいなのを開こうと思っているが、どんなのがいいとかあるか?」
「んぅ……? えっ、あっ……そ、そうですね。えっと、あ、あまり考えていなかったので……。なら、それは他の人も巻き込むのでこの国のやり方に合わせた方がいいかと…….」
「……メレクとかに聞くか」
「メレクさんですか? 仲良しですよね」
「まぁそれもあるけど……アイツ、多分他の奴を先に頼ったら拗ねるんだよな」
結婚の相談や報告をしなかったのにも言われたし、なんとなく兄貴風を吹かせてきているんだよな。
「はぁ……仲良しさんですね」
「そうだな。……よし、こんなものか。そろそろ夕飯だしな。掃除道具を片付けておくから、ふたりは湯でも浴びてきたらどうだ?」
「えっ、僕が片付けますよ?」
「……もしかしてランドロスさん、覗くつもりですか?」
「カルアじゃないんだからしない。いいから入ってこいよ」
ため息を吐きながら掃除道具を洗って片付けていく。カルアとシャルはパタパタと動いてクルルの部屋に向かっていく。
片付け終わったので、適当に布を濡らして身体を拭いていく。汚れを一通り拭ってから新しい服に袖を通すと、いつのまにか扉が少し空いていることに気がつく。
「……おい」
「……」
「カルア、何している」
「……にゃ、にゃー」
「……なんだ猫か」
いや、猫のはずがないだろ。扉の隙間から見える白い髪を見てため息を吐く。
「にゃ、にゃー」
「それで誤魔化すのは無理だろ……」
「にゃ、にゃんでバレたんです……!」
「お得意の可愛さで誤魔化そうとしてるな。シャルは……まだ湯浴みしているのか」
まぁシャルがいたらちゃんと止めてるよな。別に見られるの自体は大して恥ずかしいわけでもないが……俺がシャルのスカートをめくろうとしたときにあれほど責め立ててきたのに、自分は人のそういう姿を覗こうとしているのは良くないだろう。
「にゃ、にゃー?」
「可愛さのゴリ押しは通用しないからな」
俺だって嫁が悪いことをしたらちゃんと叱ってやるぐらいは出来るのだ。心を鬼にしてカルアを叱ろうとすると、カルアは甘えた表情で俺の胸に白い髪をすりすりと擦り付ける。
怒られるのが嫌いだからと全力で誤魔化しにきているな。そして、カルアは露骨にあざとく可愛いことをすれば俺が陥落すると考えているようだ。
部屋から出て廊下でシャルを待ちながらカルアに言う。
「あのな、カルア、自分がされたら嫌なことはしてはダメなんだ。分かるか?」
「し、叱られるのはランドロスさんも嫌いでしょう。だから、してはダメだと思います。……にゃん」
「そういう話じゃなくてな。さっき覗きをするなと言った本人が覗きに手を出すのは……」
俺がそう言うと、頰を赤らめたカルアが「だって……」と口を開く。
「私は覗かれるのが恥ずかしいですけど、ランドロスさんの裸には興味あるんですもんっ!」
「ひ、開き直りやがったな」
なんと言うべきかと迷っていると、クルルの部屋の扉が動く音が聞こえる。
カルアは一番しっかりと叱るシャルにバレるのがよほど怖いのか、俺の方に擦り寄る。
「こ、今度、マスターのお風呂を覗くのを手引きしてあげますからっ」
「……いや、ダメだろ」
「大丈夫です。マスターには許可を得ますから、ね?」
「人を売るなよ……」
それに風呂を覗く許可を得れるはずがないだろう。と、思ったが、クルルはパンツを見せてくれるし、頼めば見せてくれるような気がしないでもないというか……。
勝手に覗くのはもちろんダメだし、俺から頼むことも出来ないが、カルアから頼む分だったら同性だし断られてもセーフなのではないだろうか。
それにこの機会を逃したらクルルのお風呂を見れるチャンスがないのでは……。
現実的に可能な範囲での提案のせいで一瞬迷う。
「……っ、俺は、クルルのお風呂は覗きたいが、カルアには真っ当な人に育ってほしいんだ! お風呂は、覗きたいがっ! それでも、ちゃんと叱るときには叱らないとダメなんだっ!」
俺がそう言ったとき、カルアの視線が俺の後ろを向いていた。
シャルが出てきたのだろうかと思っていると、顔を真っ赤にしたクルルが、恥ずかしくて声が出ないようで口をパクパクとさせてから、手をナイフとフォークを持つ真似をして手振りで伝えようとする。
「あ、あの、夕方……だから、一緒にって思って……」
ああ、夕飯を誘いにきたら、俺達が二人でお風呂を覗く話をしていたのを聞いてしまったらしい。
とても気まずい空気が三人の間を流れていく。
「ら、ランドロスになら……い、いいけど」
「……お、おう」
いいのか。……いいのか。
いや、しないけど。……絶対に我慢が出来なくなってしまうからしないけど。
それからシャルが出てきて四人でギルドの方に戻る。
クルルの覗き許可のせいで、カルアのことをシャルに言うのを忘れてしまったな。
……まぁ、シャルに嫌われ役を押しつけるのは良くないので、後で自分でカルアを叱るか。




