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カルアのメモ

 81階層に降りると以前来た時と同じような牧場のような施設が見える。


「ほぉー、これはすごいですね。いえ、まぁ元々迷宮には動物がいるのでこういうことが出来るのは分かっていましたし、むしろ家畜の方が簡単だとは思っていましたが」


 カルアは近くにいた牛に目を向けて首を傾げる。


「雌ばかりですね。……あ、乳牛ってことでしょうか」

「そうなんじゃないか?」

「ん、一応お世話をしている人はいるみたいですね。足跡があります。お世話というか、乳を絞るためかもしれませんが。ん、この階層、随分と広いですね」

「ああ、割とな。……ここも再現するのか?」

「んー、いや、現状だと難しいですね。植物を操る魔法はありますけど、動物を操るのなんて治癒魔法ぐらいのものですからね。……そもそも、なんで迷宮の管理者さんはもっと地上の繁栄に手を貸してくれないんでしょうか?」


 カルアの疑問に、今朝の夢を思い出す。人が増えると海の外から天敵が人を食いにやってくるから、数を抑制する必要がある…….だったか。


 ……いや、あれは夢の話だ。……悪い夢だったのだから……気にする必要はない。


「──ドロスさん、ランドロスさん、どうしたんですか? ぼーっとして、それにご気分が悪そうですけど」

「…….ああ、いや、大したことじゃない」


 ……恐怖というのは種の保存本能を刺激するのだろう。久しぶりに強く感じてしまう恐ろしさは、変な攻撃性を刺激して、カルアの小さな手を強く握りしめてしまう。


 外……というか、迷宮の中で良かった。

 恐怖のせいで変な欲求が湧いてきてしまっていて、おそらくカルアはそれを受け入れてしまうだろう。


 ……人というのはアレだな。かしこぶっていても本質は獣なのだろう。

 ガリガリと頭を掻いて、頭の中にある馬鹿げた考えをなくす。


「降りましょうか」

「……ああ。カルアは、79階層に何があると思っているんだ?」

「ん、そうですね。一番可能性が高いのは、強力な魔物かと」

「……魔物? 見なかったけどな」

「単純に初代さんが引き返す理由になるでしょう。ほら、この前、初代さんを連れ戻しにもどったとき河原階層で大きいカニさんがいたじゃないですか」


 カルアは俺と握り合っていない方の手を顔の前にやってチョキにして指を閉じたり開いたりしてハサミの真似をする。

 あざといな……。これ、クルルがするジェスチャーとは違って、自分が可愛いことを理解してやっている。

 まぁ可愛いけど、否定しようもなくめちゃくちゃ可愛いけども。


「あのカニがどうしたんだ?」

「階層の割に強かったでしょう。迷宮の中は時々ああいうのが出るみたいですから、多分、初代さんはそれと会って引き返したのかと」

「ああ、なるほど。あのカニみたいなやつか」


 美味かったな。取りに行こうかな。


「でもそれらしい奴は見なかったけどな。ここの街の連中が倒せるとも思えないし」

「それなんですけどね、シルガさんが倒したんじゃないですか?」

「まぁ可能性はあるが……。だからどうしたんだ?」

「研究場所は必要じゃないですか、でも、混血のシルガさんは目立てないでしょう? それに、ランドロスさん達が会っていないというのも、そういう強い魔物が定期的に復活するのだとしたら、シルガさんが時々倒していたから会わなかったのかもと思いまして」


 ……まぁ妥当な考えではあるか。最近の俺達を除けば初代とシルガぐらいしかたどり着けていないはずで、初代が引き返したのだとすると残りはシルガだ。


「それは分かる話だが……だからどうかしたか?」

「研究していたなら研究成果はあるのかと」

「カルアには話したと思うが、キミカというミエナが惚れている少女のところに……いや、魔法とか魔王の力についてはなかったな」

「いくらキミカって子のことを信頼していても居候しているところには残さないと思いますよ。信頼していなければ情報の漏洩が心配ですし、逆にそれほど信頼している相手だったら、危険がないように保存場所を変えているはずです。どちらにせよ、保管は別の場所……となると」


 ああ……なるほど、メレクの酒か。

 迷宮鼠は伝統的に迷宮の中に物資を隠すことでもしもの時のことを減らすという手法をとっている。俺がメレクに迷宮の中に保管していた酒を奢ってもらったように、シルガにも同じことをしているだろう。シルガはその手法を知っているだろうし、保管している可能性は高い。


「……とは言っても、そんなものは見つけるのは難しくないか?俺の空間魔法は地中は厳しいぞ」

「んー、まぁ、でも見つけておくべきではあるかと思いまして。ある程度のアテがないわけでもないですしね」

「……アテ?」

「ランドロスさんなら見つけられると信じています」

「俺任せかよ」


 ……まぁ、シルガの性格を考えるか。

 まず階段の近くはないだろう80階層に続く階段のすぐそばだと見つかってバレやすい。78階層に近い階段だと遠い。

 出来る限り時間を無駄にはしたくないだろうから……ある程度目印があって、階段の近くではあるが音が聞こえない程度の場所、可能なら身を隠せるような……。まぁ、絞れなくはないか。


 カルアとふたりで80階層に降りるとこの前と同じように畑が広がっていた。


「わあ……いいですね。こんなの作りたいです。魔力が問題ですけど、うーん、いいですね。あれ? あの大きいのは……世話をしている、ですか?」


 カルアは金属製の猪のようなものを見て首を傾げる。


「見に行っていいですか?」

「……危険がないとは限らないからな」

「ランドロスさんが守ってくれるから大丈夫です。手伝ってくれたらちゅーしてあげるので」

「……いや、手伝わなくてもさせてくれるだろ」


 まぁ動物ではないらしく異空間倉庫にしまえるようなので万が一はないかと思ってカルアとふたりで畑の中に入って動いているそれに近づく。


「ん、んー裁く者にそっくりですね、見たところの質感。私達が近づいても反応がないのは違いますけど……これ、やっぱり裁く者と同じ作りですね。水撒き用って感じですね」

「……植物魔法で一気に育てられるのに水なんているのか?」

「んー、そうですね。植物魔法で一気に育てても放置していたら枯れるので。いつでも収穫出来るようにというようにしてるんでしょう」

「……いたれり尽せりというか、何というか……」


 かなり甘やかされているな。迷宮の中にいる住人は。 

 カルアはメモ帳に見える範囲の畑で育ててあるものやその並びなどをメモしてからジッと猪を観察する。


「どうかしたか?」

「いえ、どういう合金なのかが気になって。ん、流石に見るだけだと分からないですね」

「採取はしないからな」

「分かってますよ」


 畑から道に戻り、階段まで歩いたところで立ち止まる。


「どうかしたんです?」

「……いや、約束」

「えっ……あ、キスですか? ……迷宮の中でするのはやめましょうよ。夢中になってたら危ないですし。私、ランドロスさんとキスしてるとき、何も考えられなくなるので」


 カルアに正論で諭された……。いや、まぁそうなんだけどな。そうなんだが……それをカルアが言うのか。

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