絵本
改めて見返す。
随分と薄いガラス片だな。目に入れたら割れてしまいそうだが……まぁ割れたら割れたで構わないか。回復薬を飲めばいいだけだしな。
「これ、いつから探してたんだ?」
「はじめて会った辺りですね」
「……そうか。まぁこれがあったら潜入しやすいか。付けてみていいか? というか……どうやってつけるんだ?」
「ええっと、この液体につけて気泡が入らないように……あ、目を閉じたらダメですよ旦那」
いや、そうは言ってもな……反射的に……普通に怖い。ビビりながら両眼に入れる。案外違和感はないが、変な物が入っている感触はある。
「あ、魔族汁出てますよ。ほら、拭いてください」
カルアにハンカチを渡されて、拭いてからカルアの方を向くと……カルアは驚いたような表情を俺に向ける。
「ら、ランドロスさんが、ただのドロスさんに……」
「いや、意味が分からない。人間に見えるか?」
「まぁ、少し顔つきは目つきが鋭くて若干魔族っぽさがありますけど、普通に人間ですね」
「こんな簡単なことだったのか」
……まぁ、もう半魔族の俺でも受け入れてもらえるところがあるので、普段使いはないだろうな。
そう思っていると、俺の方を見ていたシャルが不満そうに俺の服の袖を引っ張る。
「……ダメですよ?」
「何がだ? 普段使いはするつもりはないが」
「それはもちろんです。僕、ランドロスさんの宝石みたいに綺麗な紅い目は好きです。……と、そうではなく、純粋な人間のフリが出来るからと言って、街の子供を口説きにいったりしたらダメですよ」
ああ、何がダメなのかと思ったら、浮気の心配か……。半魔族である俺が受け入れられはじめているというのは確かだが、流石に恋愛的にいけるという奴は少なそうだしな。
結構活躍している探索者は、知らない女の子にもモテているようだが……俺はそうでもないしな。
三人とも活躍しているとか金持ちだとかはそんなに関係なさそうだ。
「あの、ランドロスさん、ダメですからね。これ以上は、本当に怒りますからね」
「分かってる。そもそも、人をそんな騙すような真似はしない」
「ん……ならいいですけど」
俺がシャルに釘を刺されていると、商人は俺の様子を見て笑う。
「すっかり牙を抜かれて大人しくなってますね、ランドロスの旦那も」
「そんなことはないと思うが……」
と言ったらカルアが「ええ……」という表情で俺を見る。……まぁ、うん、夢見が悪くてカルアに甘えて抱きついていた俺が言えたことじゃないな。
「まぁ旦那がアホになってるのはいいとして、午前の間はちょっと用事があって向かえないですね。今日であれば昼からならいいですよ」
「忙しいところ悪いな。何かあったのか?」
「ああ、いえ、大したことじゃないんですけどね。野暮用で」
……女か? と思ったが、商人が女性関係でどうのはないな。むしろここでそれを聞いたら「どれだけ色ボケてるんですか」と馬鹿にされそうだ。
目からガラスを取り出しながら尋ねる。
「まぁ、昼からな。幾らいる?」
「そうですね。じゃあ、次に結婚のためにアタシの店がある街に行く時に荷物持ちをしてください。あと護衛と」
「それでいいのか?」
元々そうするつもりだったので何でもいいが……それで動いてくれるなら楽でいい。
「まぁそちらの方がよほどお金も入りますからね」
「そんなものか……」
そう話していると、ギルドの中にいた子供達がパタパタと動き始めて部屋の隅に隠れる。何かあったのかと思っていると、何か仕立ての良い服を着た男が数名入ってきた。
「ん、あれは国のお役人ですね。旦那、何かしやした?」
「覚えはないな」
せいぜい少女を嫁にした程度で……いや、それが原因か?
「あ、そういえば視察が入るとか言ってましたね」
「あー、そう言えばそんなのを聞いたな」
シャルよりも幼いぐらいの子供は全員端に集まって警戒している様子だ。
シャルは立ち上がってパタパタと子供達の方に向かう。どうやら危ない人ではないと落ち着かせに行ったらしい。
依頼の受付をしている職員の一人がとてとてと歩いて役人の方に行き、ウェイトレスをしていた人がマスターを呼びに動く。
「あの服は……内乱などの犯罪関係のところですね。あー、ここ、異種族多いですからね。もしくは旦那がやらかしたか」
「いや、普通に異種族が多いからだろ」
俺は何もしていない。
……シルガのことか? と思ったが、そちらは確か騎士団の方だったはずなので別の管轄か。
マスターの部屋に案内しているのを見て、空間把握の範囲を伸ばして一応何かないか警戒しておく。
商人が去っていったのと入れ替わりにミエナがやってきて、カルアに声をかける。
「カルア、イユリが聖剣との話が終わったって」
「聖剣……? あ、聖剣。はいはい。回収しにいきますね」
カルア……もしかして聖剣の存在を忘れていた? いや、まさかな。カルアがパタパタと寮の方に向かい、久しぶりに一人になる。
以前なら全く気にしていなかったが……なんとなく寂しくなり、小さな子供達に絵本を読み聞かせてあげているシャルの元に向かい、子供に混じって読み聞かせを鑑賞する。
シャルは若干「ええ……」という表情を浮かべながらも読み聞かせを続け、俺の隣にミエナが参加して諦めたような表情に変わる。
「──こうして、みんなでパンケーキを食べて仲良くなりました。めでたしめでたし」
そう絵本が閉じられて、隣にいたミエナが涙を流す。
「よかったねぇキツネさん。みんなと仲良く出来て」
「ネコもいい奴だったな……」
俺達が二人で頷いていると、シャルにじとりとした目を向けられる。
「あの……なんでそっち側なんですか。参加するならこっち側にしてくださいよ。読み聞かせしてる人の平均年齢が僕を超えるという異常事態なんですけど」
「いや、メナもいるから平均年齢は元々超えてるだろ。……いや、そもそも俺がいることで若干平均年齢を下げているぞ」
「それはそうなんですけど……。とにかく、子供に混じるのはおかしいです」
子供じゃなくてもいいだろうと思うが、怒られたので諦めて俺も手伝おうとする。
「シャルねえ、お歌歌って」
「えっ、う、歌ですか……。う、うーん、僕は讃美歌しか歌えないので……」
子供にねだられたシャルは困ったように俺と、近くにいた魔族混じりの子供の方を見る。
まぁ……魔族に敵対的な神を褒め称える歌を魔族の血が入った子供の前で歌うのは気が引けるか。
助けを求めるような目を見て、何か助け舟を出そうとしたとき普段受付をしている女性に「ランドロスくん」と呼ばれる。
「どうしたんだ?」
「マスターが呼んでって言ってたよ」
「俺を?」
シャルの方を見ると、子供の方に歌ってもらうという形に落ち着いたらしく、大丈夫そうだと思って女性に着いていく。




