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夢の中の魔王

 ネネは珍しく酒を多く飲んでいる。

 特に嫌なことがあったヤケ酒というわけでも、特別嬉しいことがあったわけでもないようで、単純に人が他にいないことで安心しているようだ。


 ペースが早いせいでか少しぐったりとし出しているが、悪い気分ではないようだ。


「そういえばな、ランドロス、マスターがマスターを辞める件だが……」

「お、おい、ミエナがいるんだぞ」

「ん? ああ、大丈夫。まだ続けようって気になってくれたみたいだから」

「……ああ、それなら……まだマシだが……お前、めちゃくちゃ酔ってるな」


 恐る恐るミエナの方を見ると、酒に酔って赤らんだ顔でパチパチと瞬きをして俺達を見ていた。


「……どういうこと?」

「ああ……色々とひとりで抱え込んでいることがあってな。たまたま俺とネネがそれを知ることになったという具合だ」

「……なんで私に言わなかったの?」

「間違いなく暴走するだろ」

「……確かに」


 納得するのか……。


「えっと、辞めないんだよね?」

「ああ。さっき本人に聞いた」

「良かったぁ……」


 俺としては辞めてくれても良かったんだが……。まぁ、クルルが前向きなのに越したことはないか。


「あれ、そういえば結婚式、孤児たちをこっちに連れてくるつもりなの?」

「ああ、俺が街中で目立つわけにはいかないからな」

「まぁ魔族は、宗教的にダメだもんね」

「ああ、そうだな。……あれ?」


 不意に頭の中にある何かが強い違和感を覚えさせる。俺とシャルのいた国では魔族は人間の敵だという教えが根深く、他の人間の国にも魔族に対して悪い存在という宗教しかない。

 今まではそういうものだ。理不尽だが、納得をしなければならないと思っていたが……よく考えたらおかしくないか。


 この世界の文化は迷宮の管理者が作ったんだぞ。……何故、自分で広めた魔族という種族を敵として教えるのだ。


「どうしたの? ランド」

「……いや、何でもない」


 ミエナが心配そうに俺の顔を覗き込む。

「飲み過ぎた?」と尋ねられ、首を横に振る。


 ……酔ったせいで変なことを考えてしまっているのか?

 わざわざ争わせる意味なんて……あるのだろうか。


 不安を誤魔化すように酒を飲んでいき、三人でクルルの話をしていると、ミエナが酔ってフラフラになってきたので解散して自室に戻る。


 酒に酔った頭のまま身体を拭いて服を着替えてから三人のいるベッドの上に乗って、クルルの控えめな胸に顔を押し付けながら目を閉じた。


 なんとなく不安で、誰かに甘えたい気分だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 これは夢だな。と、確信をもって頷く。

 夢を見ていることに気がつけるという状況は初めてだが、間違いなくこれは夢だと分かる。


 何せ、もう無くなったはずの魔王の城の前だ。

 だが、ほんの少しだけ違和感がある。なんだろうかと考えて……ほんの少しだけの熱を頰に感じた。


 季節は城に来た時と同じように感じるが……と、考えていると、野太い声が聞こえて振り返る。


「おう、新入り、飯の時間だぞ! 早く来ないと先に食うぞ!」

「は、はあ? め、飯?」


 振り返ったら痩せた頬の魔族が俺に手を振っていた。俺を誰かと勘違いしているのか、よく磨かれた歯とツノをキラリと光らせていた。


 どこかにその顔を見た覚えがあり記憶の中を探ると、勇者と共に戦った化け物のような強さを持つ魔族だったことを思い出す。


 冷気と熱気を操る、希少な熱魔法の使い手……。


「……【土泳ぎ】のラグナ?」


 あのときに比べて少し痩せている上に若く見えるが、間違いない。熱で地面を溶かしながら戦うという異様な戦法を得意としていた男で……俺が地面丸ごと異空間倉庫にしまい、空中で動けなくなったところをシユウの雷で仕留めた。


 まぁ夢の中だし……とは思ったが、こんな仲良さげに接されたことはないし、俺の記憶よりも幾分も若い。

 よく見てみればほんの少しだけ城も綺麗に見えた。


「おいおい、先輩に対して呼び捨てって。まぁいいけどな」

「……先輩? お、おい、なんだよ」


 腕を引っ張られて、夢の中とはいえど反射的に警戒して身構えるが、【土泳ぎ】は警戒する俺を気にした様子もなく腕を引っ張っていく。城の中に入ったかと思うと多くの魔族が俺達を出迎えて、食堂のような場所に連れてこられる。


 中には俺が殺した者も少なくなく混じっていて非常にバツが悪い。……「戦争中だったから仕方なかった」などと開き直ることは出来ない。


 ……三人とのデートで浮かれていた気分が、冷水を浴びせかけられたように冷めていく。

 何を……幸せになろうとしているんだ。俺のような人殺しが。


 食堂の中に座り、痩せながらも質素な食事を摂り幸せそうにしている魔族達を見て罪悪感に追いやられる。

 勧められたまま食べたものを吐きそうになっていると、聞き覚えのある低い声が聞こえた。


「何が『そんな何人も好きになるような、軟派な男に見えるか?』だ、いい加減にしろ。軟派男が」


 ポスリと俺の頭の上に大きな手が乗せられる。

 いつかの日に俺が言った言葉……それを知っているのは、俺ともう一人だけだ。


「……魔王?」

「正解と言えば正解だが、不正解と言えなくもないな。所詮は、ただの記憶の残骸だ」


 俺が追い詰め、シユウが殺した……なのに俺を救ってくれた男がそこに立っていた。


「……夢、だよな。ここ。……俺の記憶にない場所や人がいるんだが」

「私の記憶だ。……まぁ端的に言うとだな、私の記憶の残骸が魔力と共にお前に移っていて、それを元にしてお前の頭が組み立てたという具合だな」

「……幽霊ということか?」

「いや、私の魂と呼べるようなものはないな。そもそも魂という存在には懐疑的だが。……まぁ、何にせよだ。お前の頭の中で考えて組み立てているだけということだ」


 つまり、どういうことだ……? と、考えていると、魔王は俺の肩を掴んで立たせる。


「お、おい、お前……なんで俺を助けたりしたんだ」

「……記憶の残骸でしかないと言っただろう。雷を使ったのはお前であり、私の意思とは無関係だ」

「じゃあ、シユウに殺されかけたときはどうなんだよ」

「残骸だからな、記憶の大部分は消え失せている。だから、私に何かを聞こうと自問自答にしかならないな」


 魔王が食堂から出て行くように歩いていき、俺も横目で食事をする魔族を見ながら魔王についていく。


「聞きたかったことがあるんだ。助けたこともそうだが……。何でお前は人間と争っていたんだ」

「……人間の宗教は知っているだろう」

「何でそんな教えがあるんだよ。迷宮の秘密を知っているのか? いないのか?」


 城の外に出るといつの間にか暗くなっていた。


「……なぁ、ランドロス。絶対に勝てない軍隊がいて、お前はどうする?」

「……お前、俺の名前を知っているんだな」

「だから、お前自身の記憶だと言っただろう」


 ああ、俺の夢だから自分の名前が出てきても当然……なのか?


「魔王、お前の名前は。……魔王と言ったらシルガも魔王だし、これからまた別の魔王が出るかもしれないから名前を知っておきたい」

「……記憶の欠落がある。知らない、好きに呼べばいい」

「…………じゃあ、親切おじさん、と」

「……親切おじさん」


 魔王は微妙そうな表情を浮かべて、ゆっくりと口を開く。


「アブソルトだ」

「……記憶の欠落は?」

「偶然治った」


 偶然治るのか……。俺と魔王の間に微妙な空気が流れる。


「それで、勝てないような軍隊が迫ってきたらどうする?」

「……まぁ、大切な奴を連れて逃げるな」

「つまりはそういうことだ」

「……言っている意味が分からない」


 魔王はポツリと口を開く。


「どんな生物であろうと食事などの補給は必要だ。逃げ続ければいつかは逃げ切れるだろう。追いかけてくるのならば先に行く先々の村や街を焼いておけば、食料の補充が不可能になり、軍隊も撤退をせずにはいられない」

「……それが、どうしたんだ」

「草を食う生き物は草が生えない土地にはいないだろう。肉を食う生き物は動物のいない土地にはいないだろう。……ならば、人がいない土地には、人を食う生物は生存出来ない」


 ……はぁ? と俺が尋ねるより先に、魔王が大剣を構える。


「お前がやれ、ランドロス。俺を殺して、後続の魔王も殺したお前が……責任を負い、人間を滅ぼせ」

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