注文
「ランドロさんとデート……んぅ……あの、デート用に服などを買っていただいたんですけど、二人でのデートの時に着るべきでしょうか? その、それとも今着るべきでしょうか?」
こてりと首を傾げて俺に問う。ああ、昨日購入したのだろう。
俺が元々住んでいた街だと自分で布を買って縫ったり、古着を買う、もしくは注文して縫ってもらうのが一般的だったが、この町ではそのまま新品が売っていることがほとんどだ。
おそらく、探索者の多いこの町では探索者はすぐに服を破るため古着はあまり出回らず、すぐに欲しがる人が多いからそういう文化になったのだろう。
……そのためか、店頭に飾って売れるように女性用の衣服は妙に可愛らしいものが多く……そういうお洒落な格好をしているシャルにはとても期待が出来る。
クルルのような脚が出るような格好だろうか。それともカルアのようなお上品な服装か……。
「えっ、見たい見たい。どんなの?」
「あっ、そ、そんなにアレな服じゃないですよ? いつものとそんなに変わらないですし……」
「……ミエナ、好きな人が出来たと言ったばかりでそれか。節操というものがないのか?」
「それ……ランドが言う?」
何も言い返せない。
期待した表情でシャルに見つめられて、思わず照れてしまいながら頷く。
「……まぁ、早いうちに見たいな」
「そ、そうですか。で、でも、あまり期待しないでくださいね」
「いや、期待してる」
「えっ、い、いや、そ、そんなにいつもと変わらないですよ。勇気出なかったので。……い、一応、一応……着替えてきますけど、期待しないでくださいね、本当に」
シャルは何度も釘を刺してからパタパタとギルドから出て行く。一応空間魔法で寮に入るまで見届けていると、カルアがマスターを呼びにいってしまったせいでミエナとふたりきりになってしまう。
「はぁ……いいなぁ……私もデートしたいなぁ」
「もし仲良くなれてもあの街だとデートは出来ないな」
「こっちに来たらいいんじゃないの?」
「それはそれで問題があるだろ。……まぁ、本気ならキミカに迷惑がかからない範囲で応援するが」
気が早すぎる憂慮だが、結婚したらこっちの街に来るしかないだろうが、故郷なんてそう簡単に捨てられるものではないだろう。
俺の場合はこちらに来るしかなかったのと、こちらの方が発展していて居心地がいいので大丈夫だったし、カルアも変人だから大丈夫というだけで……。
シャルは多少、商人のところに出来た孤児院のことを気にしているし、普通はそうだろう。
ミエナと話しているうちにニコニコと笑みを浮かべたマスターがやってきて、周りの目線を気にしながら俺の前に来る。
「あ……えっと、か、買い出しのお手伝いに付き合ってもらってありがとうね」
わざとらしい言葉を大きな声で口にする。まぁ、一応隠しているもんな。
マスターとカルアは普段着のままだが、二人とも普段からわりと洒落た服装だからだろう。
まぁ俺もいつも通りの格好だが。
少し待っていると気恥ずかしそうに俯いているシャルがやってくるが……ほとんどいつもの服と変わらない。
いや、新しい服なのは分かるが……今までの大人しそうな町娘っぽい格好とほとんど変わっていない。
ほんの少しだけ期待したような目を俺に向け、俺はコクリと頷く。
「めちゃくちゃ可愛い」
嘘はない。いつもと違う雰囲気のシャルを期待したけれど、いつも通りのシャルも最高である。いや、よく考えたらあまり薄着だったら心配するし、他の男に見られるのは嫌だしな。可愛いし丁度いい感じだ。
うん、可愛い。よく見たら髪飾りが付いていたりと細かいところも素敵だ。
「そ、そんなことはないと思いますよ。お二人の方が可愛らしいです……」
「いや、シャルも可愛い。めちゃくちゃ可愛い」
「お、お世辞はいいですっ」
照れた様子のシャルは俺の手を引いてギルドから出る。
他の二人も慌てて外に出て、四人で顔を合わせる。
「あ、えっと……まずどこから行きます?」
浮かれていて考えていなかったな。と、頭を悩ませるこれぐらいの時間だとあまり店も空いていないしな……。
などと考えていると、小太りの男がこちらに手を振りながら歩いてくる。
「……げっ。商人」
「おはようございます、旦那。今日もべっぴんさんを侍らせて羨ましいですね」
お前はそういう少女が好きとかの趣味はないだろ……。白白しい適当な褒め言葉だ。
会えたらいいとは思っていたが、実際に会うとなると嫌な気分である。
「今日は旦那に家具などの内装についての話をしようと思って色々と持ってきたんですけど、お楽しみのところ悪いですね」
「……諸事情があって、家は必要なくなったが、代わりにカルアの研究所が必要になった。家具は引き続きほしいが。……もしかして、もう用意させてしまっていたか?」
だとしたら申し訳ないなと考えていると、商人は首を横に振る。
「いえいえ、流石のアタシもそれほど早くは出来ませんよ。ついこの間のことじゃないですか。復興作業のために建築材は高騰していますしね」
「それなら構わないが……。じゃあ、研究所建てるのはしばらく無理か」
「ああ、それはたまたま建築用の材木が余っているので大丈夫ですよ」
「ええ……お前なぁ……いや、なんか……本当、お前なぁ」
訳の分からない気の遣い方をするなよ。気持ち悪い……。
「それで、家具でしたっけ? うちは家具は取り扱ってないですからねえ」
「そうか、いい店や職人は知っているか?」
「んー、趣味が出ますからね。どんなものがいいとかありましたら」
「俺は多分使わないしな。クルルは自分のを持っているし……シャル、何かあるか?」
俺がシャルに尋ねるとカルアがムッとした表情に変わる。
「えっ、何で私には聞かないんですか」
「いや、どうせカルアの意見が採用されるだろうから先に聞いとこうかと」
「ぼ、僕は特にないですから、カルアさんのお好みでいいかと」
俺が「な?」とカルアに目を向けると、カルアは「ふむ」と口元に手を当てる。
「……んー、私はどうやら少し金銭感覚がズレているみたいですから、シャルさんにお願いしていいですか? 研究所を建てるのにもお金がかかりますしね」
……少し? 言うほど少しだろうか。
シャルはおずおずと予算や大きさなどを商人に伝えて、商人からそれに合っている店を教えてくれる。
なんだかんだで助かったな。
「ああ、商人、明日またいいか? 頼みたいことがあってな」
「結婚式の準備ですか?」
「それもそうなんだが……あー、まぁそれも含めて先に金を渡しておくな。今、街の方に帰れなくて用意するのにも金がいるだろ」
適当に最近の稼ぎの一部を異空間倉庫から取り出して商人に手渡す。
「先に渡していいんですか?」
「別に持ち逃げされたらされたで、お前と縁が切れるからな」
「またそんなことを言って……。旦那ったら、アタシのことを信用してるんですね。おいくらですか、これ」
「さあ、知らない。適当だ」
「……旦那ぁ、それ、アタシが誤魔化したり出来ますよ?」
「いや、お前はどっちにせよ、俺の許容範囲ギリギリまで自分の取り分にするだろ。誤魔化して取り分にするか、堂々と取り分にするかの違いがあるだけで」
俺の言葉に商人が少し驚いたような表情をする。
「まぁ、確かにそうですね。もしかして旦那って賢い?」
……いや、頷くなよ。せめて限界までぼったくるということは否定しろよ。




