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ボロボロの本

 カルアと同じ年頃の子だが、男に肌を見られて恥ずかしくないのだろうか。

 胸も多少膨らんでいて胸当てのような下着を付けているし、自分の性を気にしないほど子供というわけではないだろう。


 ……いや、もしかして逆にシルガに見られ慣れていて「男なんて可愛いもんよ」と思っている可能性も……と考えていると勉強机のような物の上に少し汚い本が見えた。


「あ、それ……シルガが研究をしてて、いつ戻ってくるか分からなかったから捨ててなかったの」


 下着姿のまま棚から部屋着を取り出したキミカが口にする。

 キミカが「もう捨てるから見てもいい」と言ったので、目の置き所に困っていたのでそれを手に取って読むことにした。


 存外に丁寧で綺麗な文字。筆記の癖がどことなくイユリの物と似ていて……これはシルガの文字なのだと納得する。


 誰かに見せるつもりはないだろうに丁寧に章で分けられていたりと、今になってシルガの人なりを少し知る。

 ……あんなに復讐に囚われていなければ、と思いながら外装を見ていると少しばかり薄汚れていて何度も何度も繰り返し読み込まれていることが分かった。


 棚には似た綴じられ方をした本がいくつも並んでいて、そのどれもが読み込まれた跡が見て取れる。


 この本を読める人物はひとりしかおらず、タオルで体の汗を拭いているキミカに目を向けた。


「……キミカ、だったか」

「うん。そうだよ」


 どうにも反応が緩くて感情の読み取れない少女。シルガを飼っていたという発言や、死んだという言葉に対する軽い反応から、さほど仲良くなかったのだと……勝手に思っていた。


 本棚に並んでいるのは娯楽小説らしい本が多く、部屋の内装も控えめだが少女趣味。あまり勉強熱心なようには見えず、こんな小難しいことを書いてある本なんてあまり読もうとする子のようには見えなかった。


 食器棚にふたり分の食器が並んでいて、少女趣味な部屋の中にところどころ無骨なものが並んでいる。


 シルガの痕跡なのだろうそれらはどれも取り出しやすそうな位置に置かれていた。


「……悪い」


 俺は思わずそう口にする。キミカは俺の言葉の意味がわからないのか微かに小首を傾げて、紅い目で俺を見つめる。


「シルガを死なせたのは俺だ。……許してくれとは言わない。友人というのも……分からない。俺が、そう思いたかっただけだ」


 服を着ようとしていたキミカの動きが一瞬だけ止まって、すぐに動きが再開して、ゆったりとした部屋着に袖を通した。


「そっか。……シルガは、やっぱり悪い人だったんだ」

「……なんでシルガが悪いと」

「ずっと不機嫌だし、お礼も言わないし、目は怖いし、危ない研究ばっかりしてたし。三人がいい人そうってのもあるけどね」


 シルガのせいで多くの人が死んだ。だが、それでもシルガを悪人だとは言いたくないし、思いたくはない。少女に言い訳をするように口を開く。


「……シルガの生い立ちは、知っているか」

「何も教えてくれなかったよ」

「……勝手に話すのはアレかと思うが……戦争の動乱の中で産まれたらしくてな。父親は不明で、母親からは嫌われていたそうだ」

「……うん」


 情報収集という役目を後回しにしつつ、コーヒーという飲み物に口をつけながら話す。


「……外の世界では、結構みんな食うのも困っているぐらいでな。……まぁ、苦労したことだろう。よく生き延びられたな、と感心するぐらいにはな」

「……うん」

「混血で、特に人間には酷い目に遭わされたらしくてな。……ずっと、それが残っていたんだろう。俺にも分かる。……どれだけ幸せな状況になろうと、決して癒えない傷はあるし、恨みは消せない」

「……うん」


 分かっているのか、いないのか。適当に頷いているだけかもしれないと思いながらも俺は続ける。


「恨むというのは、怪我のような物だと思っているんだ。……恨みというのは誰かから付けられた傷で、決して自分から恨みたくて恨んでいるわけじゃない、と。……だから、というわけじゃないが……」


 言い訳のような言葉を並べ立てて、希望にすがる。


「……それは、シルガが悪いんじゃない。世の中には流れがあって、不運にも流されてしまった、という風に……俺は、考えている」


 言い訳だ。だからといって罪なき人を傷つけていいなんて話になるはずはないし……街の中で、家が壊れた子供や大切な人をなくした人を見た。

 とても痛ましく、直視出来ないほどの悲劇だ。


 だが、それでも俺はシルガを恨みたくない。悪人だとは思いたくなかった。


 少女はほんの少しだけ笑みを浮かべて……「そっか」と頷く。


「……友達、出来たんだ。シルガ」

「……ああ」

「……そっか、もういないのか……広く、なっちゃうね。部屋」


 少女の悲しそうな声に、俺は何も言えずに口を閉じる。こんなことを言うべきだったのだろうか。

 俺には分からない。


 ただ分かるのは、キミカは本気でシルガのことを心配して想っていたということだけだ。

 それが恋愛なのか家族愛なのか友愛なのか、それともまた別の感情なのかは分からないが……。シルガは馬鹿だと思う。


 こんな可愛らしい子に優しくしてもらえるなら、生きていたら良かったのに。俺みたいに人間を恨む気持ちに蓋をして、騙し騙し生きていたらいいのに、勿体ない。


 微妙な空気が場を支配する。それを誤魔化すように俺は再び本題を切り出す。


「……あー、そういえば、先に聞いていていいか? 上の階に上がりたいんだけど、何処に階段があるんだ?」

「上の階段……は、登れないよ?」


 俺がコーヒーを飲み干しながら「通行止めでもしているのか?」と聞くと、キミカは頷く。


「神殿の人しか入れないの。上の階には。下の階なら自由だけど」

「……何があるんだ?」

「……分からない」

「神殿というのは?」

「神殿は神殿。神様に祈る場所。……洗礼を受けたり、説教を聞いたり、子供を作ったりする場所」


 ああ、教会みたいなものか……と思って頷こうとすると、最後に不思議な言葉を聞いた気がする。


「……子供を作ったりする場所?」

「うん。子供を作る」

「……何処で?」

「神殿の礼拝堂で」

「……どんなプレイだよ。いや、倒錯しすぎだろ! 隠れてやれ! 隠れて!」


 そんな性知識が薄い子供が「教会でお祈りしたら神様が授けてくれるんですよ」と言うようなことがあってたまるか。と思っていると、キミカは首を傾げる。


「プレイ?」

「礼拝堂で性行為をすることだよ。いや、異文化にしてもおかしいだろ。人前でするのは」

「性行為はしないよ? 礼拝堂で祈るだけ」

「……ん? 性行為は知っているのか? なのに礼拝堂?」

「えっ、うん。子供の作り方は二つあるよね? 性行為と、お祈り」


 ……え、ええ……いや、無理だろ。お祈りじゃ子供は出来ないだろう。

 俺は常々シャルとの子供がほしいと祈っているが、シャルとの子供が出来たことはないし、文化は違っても人の生態は違わないはずだ。


 祈っても子供は出来ないのは間違いない。

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― 新着の感想 ―
[一言] シャルが持ってた"人は教会の礼拝堂で交尾をする"という間違ったヤバい知識にニアミスしてるのがジワリとツボに来る
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