80階層〜82階層
俺とメレクとミエナの三人の相性は良く、三人とも深く考察をしたりはしないので勢いよく進んでいく。
「……ランドロスって剣の扱い上手いが、どこかで習ったのか?」
「ほとんど我流だ。魔法なしならメレクの方が遥かに強いだろ」
「いや、それは筋力だろ。技巧的なところだったらランドロスの方が上だ。……ほとんどってのは、少しは習ったことがあるのか?」
メレクの言葉を聞いて頷くべきか迷う。
旅の最中の数日間だった上に、その人物のことは名前を含めてほとんど知らず、その流派の技をひとつしか身につけられなかったので……習っただとか、その流派だとか言うのはおこがましい気がする。
ポリポリと頰を掻いてから答える。
「まあ、一応は……数日、軽く奥義だけな」
「奥義まで習ってんじゃねえか。ランドロスの師匠か、そりゃ随分と強いんだろうな」
「いや、時間がなかったから奥義しか習ってないから師匠とは言えないな。別に強さなら当時の俺の方が強かったし、メレクの方が間違いなく強いと思うが」
メレクは俺の言葉を聞いて首を傾げる。
「弟子より弱い師匠って、なんだそりゃ」
「行き倒れてるところを見つけて、飯を奢った礼に技を教えてもらったってだけの関係なんだよ」
「はぁ……そんなやつの技が役に立つのか? どんな技なんだ?」
79階層から80階層に登る階段の中、光が見えて眉を顰めながら、技を思い返す。……あまり使い道がある技でもない気がするが、勇者との旅では役に立ったな。
「……まぁ、魔王にもある程度は通じた。どんな技かと言うと……あー、大した技じゃないんだが、純粋な剣同士の戦いでは防御不能、回避不能の一撃だな」
「……いや、大した技だろ。それは。無敵じゃねえか」
「いや、本当にしょぼくれた技でな」
「防御も回避も出来ない剣って無敵じゃないか?」
いや……本当に微妙である。
まぁあまり隠している風でもなかったから話しても大丈夫か。
「……剣同士の打ち合いって、斬っても相手の身体は慣性に従って動くだろ」
「まぁ、そりゃそうだな」
「だから、相手の斬撃に突っ込んでいって、斬られながら斬るんだよ。体勢的にこっちの身体を切っている状態なら防御も出来ないし、回避も間に合わないだろ」
メレクは俺の言葉を聞いて呆気に取られたように首を捻る。
「それ、死なないか?」
「治癒魔法や回復薬をすぐに飲まないと死ぬな」
「ええ……。初代みたいな治癒魔法使いか何かなのか?」
「いやただの剣士のおっさんだな」
「……めちゃくちゃを言うな。そいつ」
階段の終わりが見えたので話を打ち切り、一番対応力と偵察能力の高い俺が数メートル先行して登る。
迷宮の80階層は少し異様に思えた。
遠くまで見回せる開けた空間の中、均一的に並んだ同じ種類の植物。
そのどれもが見たことのある……否、食べたことがあるものだった。
「麦、稲、芋……かな? 遠くには野菜が見えるし、うわぁ……これは、すごいね」
その階は畑だった。
遠くに金属質な鉄の猪のようなものがいくつも見えるが、こちらを襲ってくるような様子はなく、どうやらその猪が畑の手入れをしているようだ。
「……カラクリだな。あれは。どういう仕組みかは分からないが」
「迷宮の中に畑って、これ、そのまま……カルアが作ろうとしていたものと同じだな」
畑の中真っ直ぐに伸びている道を三人で歩くと、遠くに階段が見える。魔物の一体も見当たらなければ、畑と食糧しかない。
……気持ち悪い。と、感じる。
時間的にはおそらく昼飯時だが、なんとなく帰る気は起きない。階段の近くに来ると野菜が収穫された後が見て取れた。
「……ランド、空、さっきと太陽っぽい照明の位置が変わってる」
「……野菜、匂いは問題なく食えそうだな」
二人の言葉に頷く。
……今までの階層と打って変わって、魔物はおらずただ安全で豊かなだけの空間だ。
「……次の階に行くか」
「うん」
「ああ……気が抜けそうだ」
また三人で歩いて登ると、今度は強い獣の匂いがする。
警戒を強めて中に入ると、今度は牛やら羊やらの動物が放牧された空間だった。また真っ直ぐに道が伸びていて、今度は動物が道に入ってこないようにか道に沿って柵までしてある。
「畑の次は牧場かな。安全そうだけど」
「エルフが来る可能性があるから、魔物を配置していないのかもな。いや、別の人種かもしれないが」
メレクがそう言ってから俺は気がつく。
「柵の中に足跡があるな。……あと引きずられた跡もある。中の家畜を取って運んだのか?」
「……勝手に実る畑もあって、勝手に育つ家畜もいる。……理想的かもな」
「カルアが目指しているものだな」
迷宮の中なのに不気味だと感じたが、否、むしろこちらの方が本筋に近いのかもしれない。
……誰かが呼んだ「天より下るノアの塔」という名前が正しいのであれば、入り口はより上の階なのだろう。
あるいは管理者の近くに置いておきたいものと、離しておきたいものか。
また牧場の中を真っ直ぐに歩いていると階段を見つけてそれを登る。
完全になくなっていた警戒心を無理矢理に引き締めて82階にまで登ると、そこには街があった。
……は? と、メレクが呆気に取られたような声を上げる。
迷宮国と同じような建物……否、迷宮国のものよりも均一性が取れていて美しい街並みをしていた。
俺の生まれた国よりも遥かに迷宮国は優れた街並みを誇っていたが、それ以上に美しく機能的なように見える。
一瞬外国に来たように思ったが、振り返ると確かに階段があって、迷宮内であることは間違いなさそうだった。
「…….ランド、私、夢でも見てるのかな?」
「……いや、分からない。これ、なんだ? 街、だよな」
「街だろ。……人もいるな」
意味が分からない。エルフの村があることは分かっていたが、まさかここまで規模が大きいとは思っていなかった。
呆気に取られていると、少し離れたところにいた有翼人の男が俺達を見て怒ったように口を開く。
「貴方達、何で異種族同士で固まっているんですか!」
「は、はあ? 何を言って……ここ、迷宮内だよな?」
「迷宮? 何を言っているんですか? 異種族で集まることは法律で固く禁じられていますよ。即刻、離れて……」
訳の分からないことを口走っている男は俺の目を見て固まる。
「赤い目? ……なのに、ツノがない」
「えっ、何? どうしたの?」
ミエナが困惑したようにそう言った瞬間、男は叫ぶ。
「ッ! 混血者だ! 混血者がいる! 警察を呼んでくれ!」
「何? なんでこの人、突然叫んで……って、ええっ!?」
男の声に反応したのか多くの人が集まってくる。その中には魔族らしい姿の物もいるが、そいつらに反応する様子はなく、俺達だけが注目されている。
訳の分からない状況だが、何故か責められていることだけは分かる。
メレクが対話を試みようと一歩前に出ると人の輪が一歩後ろに下がる。武器を構えている人もおらず、むしろメレクの背負っている大剣に怯えているように見えた。
「ッ、なんだよ、これ」
メレクがそう溢したのと同時に人の輪が割れて、同じ服を着た男がたくさん現れる。
そいつらはジリジリと俺達の方に寄ってきて……メレクが叫ぶ。
「ランドロス! ミエナ! とりあえず逃げるぞ!」
「おいっ! 待て! 混血者っ!」
俺が困惑しているとメレクに手を引っ張られて階段を駆け下りる。意味が分からないが、友好的ではないことだけは分かった。
同じ服を着た男達もゾロゾロと走って降りてきて、俺は異空間倉庫から適当な板を大量に取り出して階段を塞ぐようにしてから、短剣とドアノブの魔道具を取り出し、急いで扉を出してメレクとミエナと共に扉の中に飛び込んだ。




