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見惚れる

 かなりの量の菓子を腹に詰め込んで少し苦しい。

 少し恨みがましい目でネネを見るが、珍しくはしゃいでいたしあまり責める気にもなれないな。


 朝一番に来たので席は空いていたが、そろそろ人も来だして男の俺には少し居心地が悪い。


「うっぷ……。俺はメレクを誘って迷宮に潜るが、ネネ、連れて行くのを頼んだぞ」

「うっ……腹が……わ、分かった」


 金はカルアに渡したので、俺はもう出るか。ミエナの方に目を向けると、彼女は立ち上がりながらも名残惜しそうにクルルを見ていた。


「ランドロス……私も女の子組について行きたい。汗臭い男ふたりと一緒に迷宮は嫌だよ」

「……多分メレクもロリコンふたりと迷宮は嫌だと思ってるだろうからワガママを言うな」


 ネネは食べ過ぎでダウンしているのでそのまま出ようとすると、クルルも立ち上がってついてくる。


「ギルドには私も戻るから、一緒にいこっか」

「ああ、そう言えばそうだったか」


 ネネと買い物にいく三人を置いて店から出て、ふたりと歩く。


 ……そろそろギルドの仕事も落ち着いてきただろうが……クルルはどうするつもりなのだろうか。


 クルルは俺の視線に気がついたのか、俺にクスリと笑いかける。


「どうしたの? ランドロス、私の方ばっかり見て。前見てないと転けちゃうよ?」

「…….いや、別に大したことじゃないが」


 灰色の髪が朝の風に揺らされる。クルルは悪戯げに笑みを浮かべて、意地悪をするようにちょんっと俺の頰を指先で突く。


「もしかして、見惚れちゃった?」


 年相応の表情と、少女らしい可愛いワンピース。

 考えことをしながら見惚れてしまっていたのは間違いない事実で、図星を突かれたことで焦って否定しそうになるが……羞恥に耐えて、小さく頷く。


「ああ……見惚れていた」


 俺のそんな返事は想定外だったのか、一瞬だけキョトンとした表情を浮かべてから、歩いていた脚を止めて手をパタパタと動かして慌てる。


「な、にゃ……い、いや、冗談、冗談で言ったんだよ?」

「そうなのか。俺は真面目に答えたけどな」


 クルルは顔を紅潮させて慌てながら「あっ」と口を開く。


「ふ、服、新しいのなんだ。よく気がついたね、ランドロス」

「……いや、服がいつものとは違うのには気がついていたけど、そうじゃなくて」

「じゃ、じゃあ、その……アレかな。えっと……」

「クルルに見惚れていた」


 立ち止まっているクルルに合わせて立ち止まると、少し後ろにいたクルルがトンっ、トンっと地面を蹴って駆けて、俺の背中をトンと押す。


「そ、そういうの、ズルいからなしっ! 禁止っ!」

「……見るのぐらいいいだろ」

「み、見るのはいいけど、そういうことを言うのはダメっ!」

「自分から言っといて」


 クルルは俺の背中をぽすぽすと叩きながら、顔を隠すように俺の背に顔をくっつける。


「……ら、ランドロスも、かっこいいよ」

「お、おう……あ、ありがとう?」

「は、恥ずかしいでしょ? だから、ダメだよ?」

「……ああ、それで急に褒めたのか。勘違いするところだった」


 まぁそんなわけないよなと思っているとクルルは小声で恥いるように言う。


「かっこいいと思ってるのは、ほんとだよ」

「……禁止な。そういうの」

「わ、私が言うのはいいのっ!」

「横暴な……」


 と、話していると少し前を歩いていたミエナが振り返って言う。


「私も、マスターに見惚れてたよ」

「えっ、あ、うん。ありがとう。ミエナも美人で素敵だよ」


 ミエナは一瞬褒められたことに照れたような表情を浮かべてから、ぶんぶんと首を横に振る。


「違うのっ! そういうのじゃなくて、私が褒めても顔を真っ赤にして照れてほしいのっ!」

「えっ、照れてるよ。面と向かって褒められたら気恥ずかしいし」

「違うのっ! 私も禁止ってされたいの!」

「じゃ、じゃあ……禁止ね」

「そうじゃない。そうじゃないの……!」


 諦めろミエナ。これが恋人とそうでないものの違いだ。クルルはミエナが何を求めているのか分からない様子で首を傾げる。


 ミエナに対して優越感を抱いてふふんと笑うと、ミエナは悔しそうに俺を睨む。

 敗者の嫉妬が心地いい。ミエナがどれだけ悔しがろうと、クルルは俺の恋人で婚約者なんだ。ふはは。


「……ランドロス、もうマスターグッズあげないから」

「えっ、それは困る」

「えっ、マスターグッズって。あの大きい写真とか、人形とか、まだ取り引きしてたの?」

「…………あ、ギルドだな」

「私がいるのにまだ写真集めてるの? ランドロス? あの、ランドロス?」


 クルルから逃げるようにしてギルドに入り、椅子に座って眠たそうに朝食を食べているメレクの元に行く。


「メレク、迷宮に行こう」

「……ああ、そのつもりだったが、どうしたんだ、そんなに急いで」

「……マスターに怒られそうなんだ」

「…………それは素直に怒られた方がいいと思うぞ。後で怒られるのよりいいと思うが」

「あのな、メレク、俺は今怒られるのが嫌なんだ」

「……刹那に生きてるな。飯食ってるから、後でな。怒られてこい」


 そんな……と思っていると追いついてきたマスターがくいっと俺の服を摘まむ。

 俺は逃げようとするが、無理矢理逃げてはマスターが転けるかもしれないと思って仕方なく諦める。


「あのね、ランドロス怒らないからこっちにきて」

「……はい」


 ギルドの端の方に移動して、呆れたような表情のマスターに問い詰められる。


「……一時、ランドロスがミエナみたいに集めてたことは知ってるよ。壁一面に貼ったりしてたのも」

「……はい」

「いや、別に怒ってはないよ? ……でも、私本人がいるのに、そういうの必要ないんじゃないかと思って……」

「いや、なんて言うか……それとこれは違うというか、コレクション欲のようなものがあったり、あと本人だとずっと見つめるってのが出来ないし……」


 俺がそう言うと、マスターは首をこてりと傾げる。


「別に、ずっと見ててもいいよ? ……集めるのはいいけど」


 ……いいのだろうか。ねっとりとした視線でふとももを見続けたりして。……いや、昨夜も似たようなことをしたけど。


 マスターと話をしている間にメレクが食べ終わり、ミエナと二人でこっちにやってくる。


 行くか、迷宮。マスターに頭を撫でられてやる気を出してから、三人で迷宮の扉を潜った。

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