迷宮の管理者予想
カルアは可愛い。
枕がないので俺の腕に頭を乗せて、白い髪が俺の首筋を擽る。きゅっと身を寄せられて、柔らかくすり寄られる。
「ランドロスさんはどれぐらいお金がほしいですか? ……技術を教えるの、冷やかしの人がこない程度にしようと思っていたんですけど、優秀そうな人を取り込む形にしていったら、時間はかかりますけどお金はたくさん手に入りますよ?」
「……俺としては、カルアとの時間が作れるのがいい」
「ん、んぅ……全く、可愛いことを言う人です。頭を撫でてあげます」
カルアの手が優しく俺の頭を撫でる。
その手つきは一人一人違う。シャルは母のものに似ていて、まるで俺の頭が簡単に崩れてしまうものと勘違いしているように柔らかく撫でる。
クルルは俺の頭を整えるようにして撫でる。俺の心の傷を知っているからだろう。
カルアはふざけてわしゃわしゃと撫でるときも優しく撫でるときも、二人に比べてどこか乱暴で下手で雑だ。
……そう簡単に壊れてしまう弱い自分ではなく、俺の強さを分かっているような撫で方だ。
男として見られている。カルアは……何も言っていないし、何も伝えようとしていないのに、そう理解させられる。
触れ合っていれば、相手が自分のことを強く異性と認識していることを思えば、苛立ちにも似た堪えがたい欲求が湧き上がる。
「……カルア、迷宮の管理者に会いにいくのはいつにするんだ?」
「出来る限り早いうちがいいですけど……そうですね。一番早くて明後日ですね」
「了解」
この苦しみも明後日までだ。
そのあとは早々危険なことはしないだろうし、あとは普通に今まで通りに我慢をしたらいいだけである。
「……なので、本当に焦ってます」
「明後日まで耐えたら誘惑もやめてくれるってことだよな」
「……やめませんよ。ランドロスさんに時期をお任せしてたらヘタレすぎていつまで経っても何もしてもらえなさそうです」
「……寝室分けよう」
「そっちの方が侵入したとき、ふたりきりにはなりやすいですね」
……やめよう。この話はやめよう。
結局のところ気を強く持って我慢し続けるしか道はない。
それに、今重要なのは……その迷宮の管理者についてだ。
「……迷宮の管理者とは、何者なんだ?」
「露骨に話を変えにきましたね。……そうですね。私の予想ですが……というか、まぁ私の予想が外れるはずがないので、信じてもらっても構わないんですけど。……この世界の創造主とでも言うべき人ですね」
「……神様?」
「いえ、まぁ考えようによってはそうだと思いますが、そんな万能な人ではないでしょうね」
創造主なのに万能ではない? 俺の疑問に答えるようにカルアは言う。
「ランドロスさんは絵って上手ですか?」
「いや、多分、あまり得意ではないな」
「そういうことです。手段を持っているのと上手に出来るのはまた別のことです。完璧ではない創造主。……あるいはどこかからの移住者。と、呼ぶのが正解でしょう」
「……移住者?」
俺の問いにカルアが答える。
「簡単に言いますと、逆なんです。迷宮内に生えている植物は迷宮の外にあったのを中に植えているのではなく、迷宮内の植物を迷宮と外に植えているわけです」
「……じゃあ、迷宮内の植物はどこから?」
「迷宮を建てた人がいたところじゃないですか。別大陸……いや、あるいはもっと違うところか。……迷宮の管理者は昔この世界に降り立って、それで人がこの大陸に移住したんですよ」
世界の成り立ちについて、カルアはまるで世間話をするように気軽な雰囲気で話す。
「迷宮内に色々な生物がいて、色々な環境があるのは、生物を保全するためでしょうね。……多分、管理者は故郷を作りたいんじゃないでしょうか。……だから、偽物の歴史や文化を用意した。私やイユリさん、あるいはシルガさんが迷宮に贔屓されているのは、人の技術の成長に一役買うからでしょう」
「……それなら、自分で教えて回った方が手っ取り早いだろ」
「……会いたくないんですよ。多分。正確には親しくなりたくない。最低でも数千年は生きているくせして子供っぽいとは思いますが……親しくなった人が死ぬのが悲しいとか、そんな理由でしょうね」
創造主なのに、そんなに子供っぽい理由……。と思ったが、100歳を超えているミエナがむしろ赤ちゃんに回帰していることを思うとそれほど不思議でもないか。
……いや、不思議な気がするが。
「文化の歴史に対して戦乱の歴史はとても雑でしたね。単にたまたま文献の残りが少なかっただけかもしれないと思いましたが、多分管理者個人の知識の幅でしょう。戦争というものにはあまり詳しくはなかったのかと。……植物や芸術などが好きで、戦いや実務的な技術にはあまり詳しくない。明らかに迷宮に不都合なことがあろうと追い返すだけ……多分、女性ですね。管理者の方は」
「……てっきりヨボヨボの爺さんかと」
「不老不死っぽいですから、多分見た目は若いと思いますよ。女の子でしたら、やっぱり若くて綺麗な自分の方がいいでしょうし」
若い女性か……予想と違うな。カルアの話を聞く限りはあまり危なそうな人物には思えないが……。
そう思っていると、カルアは首を横に振る。
「……シルガさんに力を与える人です。あれはおそらく、一度世界を滅ぼしてから、一回やり直そうとしたのだと思うので……油断はなりませんよ」
「……それ、めちゃくちゃ危険じゃないか?」
「いえ、会うのはそんなに危なくはないんですよ。多分、実際に会った人を攻撃出来るほどの気の強さはないというか……本当に世界を滅ぼしたがっているのなら自分でやれば確実ですからね。人任せにして人のせいにしないと、出来なかったんでしょうね」
……迷宮の管理者の人物像がよく分からなくなってきたな。
……数千歳の気弱な若い女性。世界を滅ぼすほど残虐無慈悲であるが、それと同時に迷宮の中をめちゃくちゃにされても追い返すだけで済ませる。
会う分には問題ないが、場合によっては死ぬ。
「……訳が分からないな」
「いや、むしろ多少共感出来ませんか? ランドロスさんも世界はどうでもいいのに、周りの人が死ぬのは嫌でしょう。そういう、普通の人だというだけなんです」
……そういうものなのだろうか。……難しく考えすぎて眠くなってきた。明日もあるのだし、そろそろ眠るべきか……。




